第24話
「それは……本当なのか?」
「ああ」
「だがそれはあまりにも……」
人が魔族となった。
その情報を聞いたアイギスの顔は深刻な色に染まる。
「俺も未だに半信半疑だ。もしかしたら奴が自分のことを元人間と勘違いしただけの可能性は十分ある。いや、むしろそちらの可能性の方が幾分も高い」
「そう……だな。だが、僅かに可能性が生まれたこともまた事実だ」
アイギスは頭を悩ませる。
その心中は俺以上に乱れているだろう。
理由は当然、アイギスは魔族を殺し過ぎたからだ。
「私は正義の為に剣を振るう。それが例え魔物だろうと、魔族だろうと、人間だろうと変わりはない。それでも出来ることなら……」
「……悪いな。本当ならアイギスにこんなことを知らせたくはなかったんだが」
「いや、むしろ感謝する。この情報はこちらで慎重に扱わせてもらう」
「頼んだ」
これらの情報は伝えるべきだが、広めるべきではない。
魔族という敵の情報を知らせることは人類の義務ではあり、もし仮に人間が魔族になることが事実なら打開策を生み出せるかもしれない。
だが、人々に
『実は魔族って元人間かも』
なんて言ってしまえば士気は一気に下がるだろう。
自分達の相手は人間だったのか、もしかしたら自身が魔族となり殺されるのではないか。
情報は時に力となり、毒にもなる。
だから俺は託した。
最も信用できる相手に。
「それにしても」
アイギスの強張った空気が霧散する。
「いきなり会いたいと言うから、てっきりデートのお誘いかと思ったのだが」
「それならもっと上手い誘い文句を考えるよ。一緒に稽古でもどうだってな」
「ホイホイと私は連れて行かれるのだろうな」
クスッと笑い声を上げる。
「なぁシェイド。やはり騎士に来ないか?」
「結構。アイギスの下で働くのは楽しそうだが、俺にも色々とやりたいことはあるんだ」
「……そうか」
「別にこうして定期的に顔見せるからいいだろ?」
「全く、やはり君は乙女心というものをこれっぽっちも理解していないな」
「そりゃ悪かったな」
こうして暫く雑談をした後、俺とアイギスは別れた。
去り際の彼女の表情に曇りが見えたが、きっと自身で解決するのだろう。
俺が助ける必要なんてない。
いや、むしろ俺すらも救おうとするのが彼女だ。
「強いな」
俺は自分のことでいつも精一杯なのに。
なんだか自分が惨めに感じると共に、そんな存在と友人である自分が誇らしく思えた。
「……そろそろ帰るか。もう一人の偉人に会いに行かなきゃだしな」
最近のカナは帰りが遅くなると少し不機嫌になる傾向があるからな。
そろそろ俺以外の友達でも作るべきだと思うんだけどな。
例えばだけど
「っと」
「あ、ごめんなさ……シェイド!!」
「なんで俺の名前を……な!!ルナ!!」
嘘だろ!!
あまりの衝撃に俺の頭は真っ白になる。
「ど……して……ここに……」
「べ、別に街を歩くくらい普通でしょ。もしかしたらオースに会えるかもとか考えてるわけじゃないから」
「そ、そうか」
そういえばオースとルナは青年期編がスタートするまでは離れ離れになるんだったな。
最早ただの村人でなくなったオース。
対してルナは可愛いと言う点を除き、特質すべきものがない一般人。
そんなルナはオースの横に立つ為に、様々な方法で強くなり二年後に再開するといった流れだ。
その為ルナは既に鍛え始めていると思っていたが、未だにプラプラと街を歩いている様子に俺は違和感を覚えた。
「そういえばだけど」
「な、なんだ」
俺の思考を遮るようにルナは声をあげる。
「あなた、本人にシェイド?」
「……は?」
「なんか喋り方といい、雰囲気といい、どこか違うような……」
「あ、いや、これは!!」
まずい!!
完全に設定を忘れていた!!
「オ、オイラの雰囲気が変わったって、それほ、惚れたって認識でいいのかな?」
「うわ」
あからさまに嫌な顔をするルナ。
「やっぱりなんでもない。あんたキモいは」
「キ、キモい!!やっぱりオースに入れ知恵されたんだね!!オ、オイラが懲らしめてやる!!」
「……」
あれ?
「ほ、本当だからな!!オイラが絶対にオースを」
「やめて」
「ル、ルナ?」
ルナは唇を噛み締める。
「もう……オースに関わるのはやめて」
「な、なんでだよ。オイラのルナを奪い取ろうとするあいつを許せるわけが」
「もう……諦めてるから」
「……へ?」
諦め……た?
「諦めたって……は?何を言ってる」
「……別にいいでしょ。どうせあんたには関係ないんだし」
「待て!!ル……いや」
果たしてここで俺が干渉して良いのだろうか。
この期間の出来事を俺はあまり知らない。
もしかしたらルナは正規のルートを通っているのかもだし、下手に関わり過ぎてしまえば俺の知る流れから大きく変わってしまう。
そうなれば俺の唯一の能力が使い物にならなくなる。
だからこそ俺はこれ以上彼女を追うのをやめた。
「まぁ大丈夫だろ。ルナは俺なんかと違って強いんだし」
だが何故だろうか。
胸の中の不安が一向に消えないのは。
◇◆◇◆
「やっぱり拷問して吐かせた方が早いと思うのだけど」
「魔族が元人間と分かってもそれなのかよ」
「あら、私は死刑囚には平然と執行出来るタイプの人間よ。それはあなたもでしょ?」
「頷き辛いが、まぁそうだな」
相変わらず俺の部屋で作戦会議をする俺ら。
魔王の情報を集めるか、この前のように魔族を探して聞き出すかを議論している。
前者は安全だが進展があまりない。
後者はリスキーだが確かな実績がある。
「俺としては命を賭けることには反対なんだが」
「そう言ってられる程時間があるわけじゃないのでしょう?」
「そうだな」
セレンの状態は既に末期だ。
最早気力だけで保っていると言っても過言じゃない。
彼女が欲望に忠実な理由は、ある意味でそうせざるを得ない程追い詰められている現れだろう。
かと言って以前のように手ぶらで向かえば俺達は今度こそ死ぬかもしれない。
そうなれば本末転倒の笑いものだ。
「アイギス並みの力の持ち主がいたら良いんだが」
「私は?」
「ん?あ〜、そうだな。リリアがいれば確かに足りるな」
「よかった。じゃあ大丈夫だね」
何故先程まで悩んでいたのか不思議なくらいことがぴょんぴょん拍子に進む。
よく考えると、というかよく考えずともチートキャラが二人もいて負けるはずがないのだ。
「だが魔族の場所はどうやって割り出す?前みたいに予測がついてたりするのか?」
「ええ、一応3カ所程魔族が潜伏していると思わしき場所を特定したわ」
地図を広げて印をつけるカナ。
何故当然のように位置が分かるのかという疑問は全て飲み込む。
理由はカナだからで十分だろ。
それよりも
「随分と離れた場所にあるな」
「東には3日、西に行けば4日、北には7日もかかるわ」
「ま、それが普通なんだけどな。それにしても順番どうするかな」
もし仮に全ての場所に向かったのなら、行きと帰りだけで一ヶ月はかかってしまう。
少年期から青年期の間は2年、つまり24ヶ月の内のいつセレンが死ぬのかも分からない。
そんな貴重な時間を移動だけで使ってしまうのは避けたいところだ。
「信憑性が高い場所は」
「一番は北、二番目は西、最後に東よ」
「驚くほど嫌な答えが返ってきたな」
遠ければ遠いほど可能性が高い。
ギャンブルでもしているかのような気分になる。
この中で向かうなら
「やっぱりひが」
「北がいいと思う」
北?
「どうしてだ?頭ごなしに否定する程じゃないが、一週間は流石に厳しそうじゃないか?」
「でも、最近北の街で怪しい事件が多発しているって情報が騎士団に入ってたから、犯人が魔族だとしたら色々と合点がいくんだよね」
「私も同じ意見ね。そこまで詳しい情報ではなかったけど、北が怪しいという話は巷でも有名よ」
「二人揃って北を推す……か」
この二人にそこまで言われたんじゃ、さすがに行くしかないな。
「行くかカナ、リリア。今度こそセレンを救う鍵を見つけるぞ!!」
「おー」
「ええ」
こうして俺達は魔族を求め、北の大地ノウルへと向かったのだった。
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