第23話

「取引?」


 魔族は訝しむような表情を見せる。


 その反応は好意的ではなかったが、少なくとも俺の中では最もよい返事だったことは明らかだ。


「お前ら、俺を討伐しに来たのではないのか?」

「保険として洞窟の前には騎士団がいるが、取引を飲めば今回は何もなかったということで解散出来るが?」

「……信用ならんな」


 魔族は警戒を崩さない。


 王都の近くにいるもんだから血の気の多いバカ魔族かと思ったが、むしろ冷静な印象を与えてくる。


 ますますこんな場所にいる理由が分からんな。


「俺の視点だと小さな人間が二人、迷い込んでこだようにしか見えんが」

「そりゃ主観過ぎるだろ。なぁカヤ」

「ええ、そうねジェイド」


 カナは軽く魔法を唱える。


 俺らはちゃんと戦えるんだぞという意思表示だ。


 そんで偽名は保険。


 本名バレると面倒ごとが起きる可能性があるからだ。


「いわば俺達は交渉人としてうってつけなんだ。殺す気はないという意思表示だとでも思ってくれ」

「……話だけなら聞こう」

「いいのか?話だけで」

「……後の判断は俺が決める。まずは内容を話せ。全てはそれからだ」

「はいよ」


 向かい合う形で椅子に座るまでは成功したな。


「互いに武器は構えたままだけど」


 さて、次はいよいよ舌戦なわけだが


「正直、俺よりカナが対応した方が良さそうなんだが」

「少し考えたいことがあるの。話はシェイドが進めて」

「了解」


 俺は大きく深呼吸をした。


 いつもカナに頼ってばかりじゃ仲間とは言えない。


 俺も、俺に出来る全てを捻り出そうではないか。


「何故俺達がここにいるのかと聞かれたら、当然魔族がいるという情報を手にしたからだ。王都の近くに魔族がいる、とてもじゃないが放置しておけない案件だ」

「なら何故今すぐ俺を殺さない。やはり偶然迷い込んだのか?」

「まさか」


 言い訳をするなら慎重にだ。


「だから交渉だって言ってるだろう?俺達は魔族と話し合いがしたいと思っているんだ」

「……信じられんな。俺が言うのもなんだが、魔族が人間と語り合うのは言葉より拳だ。俺が俺でなければ、お前らは既に死に、その魔族も殺される。それが魔族と人間のあるべき姿だろう?」

「……その通りだな」


 なんだこの魔族?


 まさか本当に話が通じるなんて思ってもいなかった。


 魔族の知能は人間とさして変わらないレベルだが、基本的に人間を見下している。


 話の合間合間で脅したり、上から目線の態度にキレると思っていたのだが、コイツはどこか冷静だ。


 人間臭いというか、魔族らしくないというか……


「確かに魔族に話が通じると思っていなかったのは事実だが、現に目の前にいる魔族とこうして会話出来ている。お前が例外かどうかはさておき、実際に存在したのだから俺達の判断は間違いではなかったわけだ」

「……いいだろう」


 信じたというわけではない。


 だが、交渉に値する人物と判断されたことだけは確かだ。


 気分が変わらない内に、交渉しよう。


「こちらの要求は一つ、魔王の呪いに関する情報だ。心当たりはあるか?」

「……どうだかな。それでそちらは何を差し出す?命か?」

「見逃してやる……なんて馬鹿みたいなことは言わないさ」


 対価は必要だ。


 ここで相手に反感を買う行為は避けたいし、何より呪いに関する情報は喉から手が出るほど欲しい。


 ならば、それ相応のものを差し出す必要がある。


「前提として互いの安全の確保の保障をつけよう」

「それは俺としても願ったり叶ったりだ。だが口約束は信じられんな」

「俺達が人質として途中まで合流しよう」

「……いいだろう」


そう、この人質は俺達の価値が高いからこそ成り立つものだ。


魔族一匹と、将来魔族に匹敵するような子供。


どちらが有益かと問われれば、間違いなく人間の方だ。


それを魔族も察した、この時点で奴の頭の良さは中々のものだ。


そして最後にそれなりの価値あるものを提供すれば、呪いに関する情報が手に入るかもしれない。


さて、対価として渡すものとしてはやはり


「やはり……」


……困ったな。


「カナ」

「何?」

「どうしよう」

「知らないわよ」


 まさか本当に魔族がいると思ってなかったし、交渉するなんて夢にも思わなかったしで交換材料がない。


 俺の手元にある物といえばハイポーションがあるが、正直渡したくない。


 てかそんなもん出せばむしろ危険な気がする。


 じゃあ他に何があるかと言えば、勇者の情報とか?


 いやでもそれで原作と流れが変わるとまずいな。


 セレンやカナを仲間にしようとしてる時点でどうしようもないことだが。


 そうなるとなんだ?


 俺が未来の魔王になるとでも言えばいいか?


 バカ言ってんじゃねーって殺されるオチだろうな。


 そもそも俺の中にある魔王の残滓というものは、魔王が保険として適当な人間に自身の体の一部を埋め込んだもの。


そして相手がたまたまシェイドだったというだけの話なのだ。


 シェイドが弱いくせに無駄にしぶとい理由は、魔王の残滓により無理矢理生命力を上げられていたからという伏線もあったりする。


 だからと言って頭が吹き飛べば普通に死に、魔王は別に保険を作るだろう。


 そんな慎重さが垣間見える魔王としては、自身のバックアップがバレることを恐れ、残滓があるかどうかは魔王以外には分からない仕様になっている。


 俺が魔王の残滓を持っているか否かは魔王、もしくは聖剣で突かれでもしない限り判別しようがないのだ。


 つまり、証拠もないのに魔王になると言ったところで警戒心を上げる最悪な一手となる。


「うん、詰んだな」


 俺は心の中で白旗を上げた。


 原作知識は強力だが、その分あまりに突拍子なさすぎる。


大富豪でジョーカーだけを握って反則負けしたような気分だ。


「どうした。まさかこれは交渉ではなく時間稼ぎだったとでも言うのか?」

「そうではな」

「いえ、その通りよ」


 横からとんでもない爆弾発言をするカナ。


「おい」

「いいから。任せて」


 カナは俺の一歩前に出る。


「俺を嵌めたのか?」

「いいえ、先に嵌めようとしたのはあなたの方よ」

「……何のことだ?」

「そもそもおかしいのよ。交渉をしないのなら私達を殺せばいい。するのならさっさと用件に入ればいいのに、あなたはわざと疑う様子を見せた」

「言いがかりも甚だしいな」


魔族の言う通りだ。


カナにしては珍しく言い掛かりのような物言いだ。


一体何を狙ってるんだ?


「私達が最初に来た時にあなたは動揺した。魔物を操れる魔族なら、侵入者がいたら気付けるものじゃないかしら?」

「魔物は簡単な命令しか聞けないんだ。襲えだとか、逃げろだとか。だから」

「あら、警戒してた割には簡単に情報を吐くのでね。それじゃあ図星を突かれてると言ってるようなものよ?」

「……」


 強い。


 さすがカナである。


 やっぱり最初からカナが話してた方がよかったのではないのだろうか?


「口が回るようだが、自分の死期を早めていることに気付いているのか?」

「脅してるつもり?それとも、逃げているのかしら?元人間さん」

「……は?」

「何……故……」


 明らかな動揺を見せる魔族。


 もちろん俺もだ。


「意味が」

「分からん」


俺と魔族の声が被る。


「あなた達、もしかして打ち合わせしてた?」

「「そんなわけないだろ」」

「説得力皆無ね」

「冗談言ってる場合じゃないぞカヤ。理由を説明しろ」

「別に説得する程の根拠はないわよ。カマかけたら引っかかっただけだもの」

「おい」


 文句を言いたくなるが、むしろ誉めねばならぬことに気付く。


 カナの行動により、俺達は魔王の呪いと同等までの情報を手に入れたのだから。


「何があった」

「説明する必要があるのか?」

「一応だが、俺達はそれなりに力ある立場だ。お前の証言が正しければ、少なくとも魔族だからという理由で殺されることはなくなる」

「……笑えない冗談だ」


 魔族……いや、この場合は元人間か?


 どちらにせよ、彼が俺の提案に乗り気でないことは察した。


「例え俺が元人間だとして、それでお前の助けを乞い殺害の対象から外れたとして、俺は人類に認められると思うか?」

「それは……」

「俺には無理だ。すぐ横に何をしでかすか分からん存在を置くなんて。俺には、絶対に、無理だ」


 言い切る。


 それは深い拒絶の言葉だった。


「それでいいのか?」

「それしかないんだ」

「……そうか」


 俺はそれ以上何かを伝えることは出来なかった。


「……はぁ。行け。ここには魔族が来る手筈になっている。あいつらに見つかれば、互いに死人を増やすだけだ。俺は無益な殺傷は好きじゃない」

「いつか嬉々として殺しているでしょうけど」

「……そうだ。だから俺を仲間なんて思わない方がいい」


 どこか哀愁漂う台詞だった。


「いつか殺し合う日が来ても、悔いのないように俺はしたい」

「……」

「行きましょう。これ以上は本当に危ないわ」

「……ああ」


 俺とカナは無防備に背を向けた。


 それでも彼がこちらを追いかけようとする素振りは見せない。


「……なぁ、最後にいいか」

「なんだ。悪いが俺は魔族になる。詳しいことは何も持ち合わせていないが、情報を渡す気はない」

「いや、それはいいんだ」


 何で魔族になったのかとか、魔王の呪いについてだとか、そういうことは知らないし答えてくれないだろう。


 でも、俺はなんだか言っておくべきだと思った。


「名前はデロス。その魔族を頼れ」

「デロス?」

「あぁ。その名前を知らないってことは、本当に元人間なんだな」

「待て、意味を……いや、俺達の関係はこれ以上深めるべきじゃない」

「そうだな」


 俺はヒラヒラと手を振る。


「もう会わないといいな」

「そうだな」


 こうして俺達は何の障害もなく洞窟を抜け出した。


「はぁ〜。帰ったらアイギスに報告だな」

「私も行きたいわ。彼女、反応が面白くて好きなのよね」

「セレンといいお前といい、アイギスはそんなオモチャみたいに扱っていい存在じゃないんだからな」

「そう言いながらシェイドも楽しそうじゃない」

「まぁ……アイギスは面白いしな」

「結局同じこと言ってるじゃない」


 俺達は軽い談笑を交わしながら帰った。


 俺とカナの付き合いはそこそこ長い。


 それでも……いやだからこそ、会話が長く続くことは中々ない。


 話が佳境を迎え、珍しくカナを盛大に笑わせたところで話が途切れた。


 流れた沈黙は、俺達に現実を叩きつける。


「私達が持ってる魔石の中にも、人間はいたのかしら」

「……さぁな。判別する方法があるなら是非無くして欲しい。俺は今まで見た魔族も、これから見る魔族も人間とは思いたくない」

「ええ……そうね。私も同じよ」

「この事実をオースにだけは伝えちゃダメだ。それだけは、確信できる」


 俺は自分のことを性格が悪いだなんだと言っていたが、初めてそのことに感謝する時が来た気がする。


 俺はこれからも魔族に殺すことを躊躇わない。


 そうしなければ死ぬのは俺や、家族達だからだ。


 だから殺す。


 皆殺しにする。


 人間と魔族は相入れないのだから。


 でも……でもほんの少しだけ


「キッツイなぁ〜」


 心が苦しかった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 カナの推理


 今までの魔族と明らかに違う→怪しい


 時間稼ぎしている気がする→仲間がいる


 仲間がいるのに魔物を操れない→操り方を知らない


 死にたくないし、殺したくない様子を察知する→魔族らしくない→元人間?


 的なプロセスを得て、盛大にカマをかけました。


 カナとしても半信半疑で、むしろ本当の目的を見つけ出そうとした結果、偶然ヒットしました。


 ステータスに運の要素があればカナは異常に高いです。


 ちなみにシェイドはカスです。

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