第13話 空中都市

「付いたぞ、LYCEEリセ……」


 僕は、滅び去った空中都市を見下ろしていた。写真で何度も見たことがある景色。ReMage内のバーチャルルアーでも行ったことがあるから、細かな地形もわかる。

 遺跡の奥には尖った三角形の山が屹立している。ワイナピチュ山。あそこから見下ろすマチュピチュ遺跡も壮観だという。

 僕が今立っている「見張り小屋」と呼ばれる地点からあの山頂まで、ReMageの中でならジャンプひとつで到達できるだろう。現実では遺跡の中を通り抜けて、細い山道を登らなければいけない。

 そういう意味では仮想トラベルの方が遥かに楽しいしラクだ。けど……。


「君が味わいたかったのって、こういう事だったのかな?」


 自分の筋肉を駆使して天空都市を歩く行為には、不思議な充足感があった。

 苦労も含めて旅だ、とかCGでは再現できないリアリティだとか、そういう話ではない。なにか説明の出来ないけど、清々しい感覚だった。


「まってろLYCEE、今データをインプットするからな」


 結局、彼女はここでライブすることはできなかった。その償いというわけではないけど、僕の五感を刺激した空気そのものを上方を数値にしてAIに注ぎ込む。このBOT-MANに、僕はLYCEEという名を与えていた。

 読み方は彼女と同じだけど、フランス語の「学校」という意味も込めている。姫堂美沙は享年18歳だったと、彼女の兄から知らされた。リセの設定年齢と同じだ。彼女が歌姫として活動した5年間は、本来ならば学校に通い様々なことを学ぶはずだった5年間だ。

 けどそれは叶わず、彼女は電子世界を遊び場とするしかなかった。だから僕は、彼女の分身であるAIにあらゆることを学ばせるつもりだった。


 もう一年近く日本に戻っていない。

 お金はあるし、世界中どこからでもRemageにはアクセスできる。世界中を歩き、彼女が見たがっていたであろう景色を味わい、そのデータをLYCEEにインプットする、そんな終わりのない旅を続けている。


「まさか僕が、現実世界をこんなに歩き回るようになるなんてなぁ」


 心は今でもReMageにある。それは変わらない。けど、何より大切なリセのために何だってすると決めた。それに、「こっちの世界を大切にしろ」と彼女にも言われた。

 だから僕はこうして歩いている。ヴェルサイユ、ピラミッド、グランドキャニオンを見てきた。南米大陸に来たのだから、次はウユニ塩湖を訪れてみようか。

 正直、楽な旅ではない。元引きこもりに世界放浪の度は過酷すぎた。何度も体調を崩し、何度も予定を変更し、ようやくここまで来たのだ。そしてきっと、この旅に終わりはない。


「でもまぁ、しかたない。今度は僕が、雨夜星リセを連れていく番だからね」


 彼女が憧れた空中都市を見下ろしながら、僕はつぶやいた。


-完-

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仮想の世界にて、キミにサヨナラを 九十九髪茄子 @99gami_yutorifortress

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