トリックの解説

結騎 了

#365日ショートショート 312

「氷を使ったトリックなんて簡単ですよ。氷が溶けた拍子に、上に置いてあった物が落ちる。つまりこれだけです。その物が刃物だろうと、そこに首を吊るロープが結んであろうと、結局は同じことです」

 場は紛糾した。「そんなわけがないだろう」「いい加減なことを言うな」。軋んだパイプ椅子の音が部屋中に響く。誰もが呆れて背を伸ばしてしまったのだろう。あるいは、怒りのあまり思わず立ち上がったか。

 ミステリ研究会の、この度のお題はこうだった。『氷を使ったトリックを可能な限り列挙せよ』。特別顧問である文学部の教授の前で、それぞれが捻り出したトリックを思いついただけ発表する。トップバッターのA氏が15件、続くB氏は23件を並べ立てた。黙ってそれを聞いていた教授の前に立ったのは、今度はC氏であった。オーディエンスの前で、堂々と冒頭の台詞を発したのである。

 怒号を意に介さず、C氏は自信満々に続ける。

「いえいえ。皆さんが言っていることが的外れです。トリックはつまるところさっきのひとつのみです。例外は一切ありません」

 しかし、当然のごとく野次は鳴りやまない。皆、ミステリには一家言持ちなのだ。「氷を使って死亡推定時刻をズラす方法だってあるだろう」「凶器そのものが氷製で、溶かして隠滅だって可能だ」「毒物を混入させた氷を作り、それをウイスキーグラスに入れて出したっていい」。

 ……やがて喧騒が落ち着いた頃、C氏は一呼吸置いてから告げた。

「ありがとうございます。たった今しがた、挙がったトリックは計32件でした。私がトップですね」

 教授は深く頷いた。

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トリックの解説 結騎 了 @slinky_dog_s11

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