新しい季節
びびび、びっくりしたーー……!! 橋宮先輩に頬触られたんですが!?!? 何が起こったんだ……???? やばい、また触られたら心拍数でバレる。大声出したのはとっさの判断なんだけど、うるっさかったよなたぶん……。なんか二人ともしゅんとしちゃって、だから触れられることが嫌ではないのだということを表したくて、冷えピタを替えてほしいとお願いをすると、先輩は手際よく替えてくれた。その瞳が少し寂しそうで、なんでだろうとか思う。先輩の指、冷たくて気持ちいい。何か言わなきゃと思ってそう伝えると、「……そうか」といつもの渋い声で言ってくれた。
そのうち、いつの間にかうとうとと眠ってしまっていたようで、起きると先輩はもういなかった。SNSで感謝を伝えると、「いいよ別に」と返事が来た。携帯をぎゅっと抱きしめた。なんだか女の子っぽいことをしてるなと思うけど、別にいい。先輩に触れられた頬に触れた。また触れてほしい。今度はちゃんと。でもそんな偶然、そう簡単に起こらないよな……。恋人ならまだしも。でもそうなる可能性は低いし。
枕に顔を埋める。はぁ、先輩……。好きだ。性格も顔も仕草も何もかも。最近なんか先輩の顔を見るだけでどうにかなりそうで、こんな恋愛体質だったのだと自分に驚いている。明日も会えたらいいな。
その次の日、ケーキを買った。先輩と一緒に食べようと思って連絡を入れる。
「今から家行っていいですか? ケーキ買ったんで一緒に食べようかなって」
「いいぞ。チョコレート味ある?」
「もちろんありますよ。チョコレートモンブラン」
「やった」
家に行くと、先輩は涼しそうな格好をしていた。そういえばもうすぐ夏が来る。ふわりと彼の汗の香りがした。ちょっとどきまぎしながらケーキの箱を開ける。
「お皿あります?」
「用意してるよ」
差し出された皿に、チョコレートモンブランと、チーズケーキを乗せる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
食卓に向かい合ってスプーンを動かす。
「美味しい」
「好きですね、そこのモンブラン」
「好きだな。加賀谷もチーズケーキよく食べてるよな」
「好きなんですもん」
ふふっと笑い合う。こういう瞬間を愛おしいと感じる。先輩とずっとこうしていたい。願うならば永遠に。
「先輩……もし恋人ができたら、毎日会うんですか」
「うーん……そうかもしれん」
「なら、ほとんど僕みたいなものですね」
「はは、そうだな」
「もし恋人ができたら、僕とはもう会ってくれなくなりますか」
「そんなこと」
彼は眉をひそめた。
「なら……先輩に恋人、できてほしくないな、僕」
「会うよ。会うし……恋人なんてできやしないさ」
先輩は笑った。僕は笑い返した。なんだかもどかしくて、その理由を僕は分かっていて、この気持ちを先輩も、もし感じていたなら。……いや、そんなわけない。……分からない。どうなのだろう。先輩にとって、僕は一体なに。知りたい。
「先輩はどうして、僕に毎日会ってくれるんですか」
「それは……会いたいから」
「それって」
先輩が横を向いた。
「恋人なんていらないさ。君がいてくれれば」
「……なら、僕が先輩の恋人になるなんてどうですか」
断られると思った。先輩は黙った。これで踏ん切りがつく。でも。
「……悪くない話だな」
「……え」
「もしそうなれば、毎日飽きないだろうな」
「……いいんですか、本当に」
「そっちこそ、いいのかそれで」
「……いいに決まってます」
思わず涙が溢れた。ずっとこうなることを望んでいたのだと思った。先輩が慌ててハンカチを差し出してきたので涙を拭った。
「加賀谷、俺のことをそんなに」
「無理だって思ってたんですよ、こうなれるなんて思ってなくて」
ぐずぐずと鼻をすする僕の隣に座って肩を抱かれた。知らぬ間に、彼の肩に顔を埋めて泣いていた。戸惑う彼の唇が近くにあった。
「……先輩、キスしていいですか」
「……それで泣きやむんなら」
「それはどうでしょうか」
彼に触れる。彼の綺麗な瞳が間近にある。これから開く新しい季節の予感がした。
三日月夜 はる @mahunna
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