風邪をひく
加賀谷に初めて会った日のことはよく覚えている。共通科目の授業で隣同士になった時、教科書を忘れたらしくそわそわしていた彼に自分のものを差し出したのだ。瞳がかち合った時、心の中で何かが かちり と音を立てて動き出した感覚があった。この気持ちはなんだろうかと思った。彼のアーモンドアイとひたむきな視線に胸の中が掻き乱された。内心の動揺を隠しながら、そしらぬ顔で俺は頁をめくったり、二人とも見やすいように教科書を動かしたりした。少し身を乗り出して教科書を覗き込む横顔を少し見ると、思いがけず長い睫毛に光が宿っているのを見て、先程の気持ちを了解した。これは恋だ。間違いない。下宿先でまた会った時、運命じゃなかろうかと思った。もちろん口には出さない。自分のこういう、外見に合わないロマンチストなところをなんとなく恥ずかしいと感じていて、だからことさらポーカーフェイスを貫いていたようなところがある。
「最近働き始めた遊園地があるんですけど、そこのタダ券持ってるんで、よかったら一緒に行きませんか?」
彼のおずおずとした提案に僕は頷いた。同じ遊園地で働いていると分かった時は驚いたと同時に、さすがにストーカーに思われてるんじゃないかと心配した。そう言えば、彼は「分かってますよ」と笑った。二人で行った遊園地はひどく楽しかった。
加賀谷が風邪をひいたらしく、飯とスポーツドリンクを入れたレジ袋を片手に部屋に行けば、冷えピタを貼った彼が出てきて「あ"り"がと"う"ござい"ま"す"」とガラガラ声で言っていた。俺はなんやかやと飯を作ったり、看病したりして長々と彼の部屋にいた。熱を計ると38度あった。
「先輩……感染っちゃうんで帰ってください……」
「いや、大丈夫。お粥できたけど食べるか?」
「……ありがとうございます、食べます」
ベッドに腰かけ、すっかり憔悴した顔でお粥をすする加賀谷を見ながら、氷枕を替える。美味しい、といいながら米に息を吹きかける彼の頬に触れる。すると思いがけず身を引かれた。
「でっ……! えぁ……!?!?」
「熱いかなと思って」
「熱いに決まってますよ! そそそんな急に触らないでください!!」
「ごめん」
「い、いえ、こちらこそ……大きい声出してすみません」
なんとなく二人ともしょんぼりしてしまった。純粋に熱さを確かめるために触れたのだが、もしかしたら無意識下の欲望もあったのかもしれない。最悪だ。申し訳無いことをした。こんなに驚かせる予定ではなかった。
「あ、あの、先輩……触れていいので冷えピタ替えてもらっていいですか……」
上目遣いである。天然もののそれにくらりとなりながら、俺は彼の額から冷えピタを外して、新しいのと取り替えた。彼は風邪のために赤い顔をしながら、「ありがとうございます。……先輩の指、冷たくて気持ちいいです」と言った。普通の温度だと思うが、熱をひいているため相対的に冷たく感じるらしい。俺の指でよければ熱い箇所にあててもいいけれど、さっきの手前、抵抗がある。
「……そうか」
とだけ言っておいた。彼がうとうとし始めたので、そっと部屋を出て、合鍵で鍵を締めた。早く元気になりますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます