第57話 帰還方法

「わ、私も一緒にって……本気ですか?」


「ええ、勿論よ。そこの無自覚女たらしがやらかしている時点で、私はその可能性を検討していたわ」


 何やら辛辣な言葉を掛け睨まれてしまった。だが、そんなことよりも俺はキャロが口にした内容が気になる。


「だけど……どうやって彼女を連れて行くつもりなんだ?」


 仲間と合流するための転移魔法はキャロ限定でしか使うことができない。その前提があるからこそ、俺もキキョウもユグドラシルから脱出できないでこうしているのだ。


「それに関しては【記録石】を使えば解決するわ」


 そう言うと、彼女は懐から袋を取り出し、そこに入っていた【記録石】を取り出した。


「【記録石】は、記憶させた場所に転移することができる道具です。迷宮内ならばともかく、他で使えないでしょう」


「そうだぞ【階層移動石】や【脱出石】と同様、使える範囲が限られているんじゃないのか?」


 俺はキャロに疑問をぶつけた。


「確かに、ライアスの説明の通り【階層移動石】は本人が足を踏み入れた階層まで転移させるアイテムよね。【脱出石】もその効果からして、通った道筋がはっきりしている必要があるわね。ここは隔離された場所ということだから、あんたたちは迷宮の外でわざわざ【記録石】を使わなかったみたいね」


 それはそうだ。外の地形で特に用があるような場所はないし、釣りなんかで外出するにしても歩いて行けばいい。わざわざ1000pt払って【記録石】を使うのは贅沢すぎる。


「どのアイテムも効果を迷宮内に限定していないということよ」


 キャロは右手を前に出すと俺たちに【記録石】を見せつける。


「確かに、回復石なども使えるのでそうかもしれませんが……」


 キキョウは眉根を歪ませる。


「【記録石】に限って言えば、石が座標を覚えているので、座標を覚えさせれば別に迷宮内でなくても使える。これは間違いないわ」


 彼女は淡々と説明をし始めた。


「この記録石は、王城の一室の座標が記録してある。つまり、これを使えば私たちは即座に王都に帰還することができるってわけ」


「なん……だ……と……?」


 彼女の手許にある【記録石】はキャロが帰還前に要求したアイテムだ。つまり、彼女はこれを使えば帰還が叶うと予測していたことになる。


 だが、それだけでは完全な答えにはならない。俺とキャロはそれで良くても……。


「大事なことを一つ忘れているぞ、キャロ。転移は基本的に一度行った場所にしか行けないはず。そして【記録石】は使用者にしか効果を及ぼさないんだ」


 でなければ、二階層でボスに倒されたキキョウを、わざわざおぶって帰ったりはしない。


 キキョウが取り残されてるのなら、キャロの提案を採用するわけにはいかない。


「あんたたちはアイテムの性能を把握しきれてなかったからね。だからあの時実験しておいたのよ。『必要だからボス部屋までの記録石を使わせて欲しい』って」


 強引な物言いにキキョウが腹を立てていたことを思い出す。


「【記録石】があなたたちが言うように『一度行った場所』にしか適用されないアイテムなら、あの時点でボス部屋前までの道筋を知らない私に使うことはできなかった。でも実際に、私はボス部屋前まで転移することができた。その時点で『行ったことがない場所に行けない』という条件から外れるのよ」


 確かに、あの時点でキャロはボス部屋までのルートを知らなかった。それの実験を行ったと言うことは……。


「つまり……あの時点で今回の帰還方法を考えていたと?」


 ちょっとした俺の一言から考え付き、それを実行する。


「駄目もとで思いついたのよ。あんたから説明を聞いてたし、もしかしてライアスの覚え間違いの可能性もあったからね。だけど、探索をしてボス部屋を視認してしまったら検証もできないし、あのタイミングがベストだったのよ」


「あ、貴女は一体、どこまで計算しているのですか……?」


 キャロの説明に、キキョウは驚くと畏怖した様子でキャロを見た。


「念のため、向こうに戻ってからも何度か実験をしてみたわ。結果、記録するのも使うのも誰でも問題なし。距離が長くても魔力の消費もなし。実際、今回私が転移してきたのは魔法じゃなくて、帰還前に座標を覚え込ませた記録石だもん」


 あっさりと言ってのけるキャロ。俺たちの目を盗んでそんな小細工までやっていたのか……。


「と言うわけで、ライアスを連れて帰るのは確定事項。後の問題は、キキョウがどうしたいかだったわけだけど、今の話を聞く限り、あんたも一緒に来る、で良いのよね?」


 キャロの問いかけに、キキョウは俯いてしまう。


「……どうして、そこまで私のために考えて下さったのですか?」


「そんなの、そこの馬鹿が納得しないからに決まってるじゃない。本当なら、前の時に考え付いていたから、ぶっつけ本番でライアスを連れて帰るだけならできたのよ。もっとも、検証してなかったから、最悪ライアスの身体が真っ二つになるとか、ライアスが石の中に閉じ込められるとか、様々な可能性があったけどね」


「おい……それは大丈夫じゃないぞ」


 冗談交じりにそう告げるキャロ。


「私は……貴女さえいなければ、ライアスを連れて行く人間はいなくなる。そう考え、一時は貴女を排除しようとすら考えたのですよ」


「知ってるわ、あの時の正直肝が冷えたし」


 キキョウの言葉に肩を抱くキャロ。刀の達人であるキキョウの殺気を受けたら俺でも震える。


「だけど、一瞬で思い直したじゃない」


 殺意すら向けられた相手にも同じような態度で接することが出来るのが、キャロの凄いところだ。


「ですが! だったら! 最初に教えて下さればよかったじゃないですか!」


「確かに、俺たちに話しておいてくれたら、俺もキキョウも気まずくならず、あんなこと……」


「んんっ? あんなことって何よ?」


「いや、何でもないぞ」


 俺は言葉を濁した。


「教えなかったのは、別に意地悪するつもりだったとかじゃなくて、本当に確信がなかったからよ。ライアスを連れて帰るまでは勝算が高いと思っていたけど、キキョウを連れ帰ることができるかは未定。下手に希望を持たせておいて『やっぱりできませんでした』とかなると、それこそ最悪だったから」


 希望を与えた上で駄目となると、確かにその時受けるショックは想像もつかない。

 キャロなりの配慮だったようだ。


「では……本当に、私も連れて行っていただけるのですか?」


「故郷に返せないのは申し訳ないけどね」


「いいえ、十分です!」


 キキョウはキャロの手を握り涙を流している。そんな彼女をみたキャロはそわそわとキキョウの耳に触れたそうにしていた。


 俺が頷くと、手を動かしキキョウの頭を撫で始める。伝説の獣人の毛並みを頼んのうしたキャロは満足げだ。


 しばらく時間が経ち、キキョウが我を取り戻し離れる。


「も、申し訳ありません」


 キキョウが恥ずかしそうな顔をする。


「さて、それじゃあ、支度をしたら、あいつらのところに帰るわよ」


 キャロは手を叩くと、俺たちをせかすのだった。

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転移先は【迷宮ユグドラシル】入り口前でした~レアアイテムと交換できる自動販売機があったので無双します~ まるせい(ベルナノレフ) @bellnanorefu

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