第56話 キャロの迎え

「ん、どうしたの? 二人とも?」


 翌日になり、姿を見せたキャロは俺たちを見るなり怪訝な表情を浮かべた。


「別に、何もないぞ……」


 俺とキキョウの間に気まずい雰囲気が流れている。

 あれから、キキョウとギクシャクしてしまっており、キャロでなくとも俺たちの様子をみたら違和感を覚えるだろう。


「それより、ちゃんと戻ってこられたんだな」


「まあ、私は天才だからね。一度覚えた魔法の制御は完璧だし」


 キャロは特に表情を変えることなく淡々と返事をした。


「それで、向こうの様子はどうだった?」


「一応、事前の交渉は上手くいったわよ。ライアスの身柄は重要人物として保護されるし、秘密に関しても王族や宰相なんかの一部の人間だけにしか知らせない。一定の自由も約束されているわ」


「えっ? そう言うことじゃなくてだな……」


 俺が知りたかったのは、トーリやメアリー、家族が俺の無事を知ってどんな反応をしたかだったのだが、キャロは俺が戻った時の話をしだした。


「今回の件で、世界中の国々にもライアスの失踪が伝わってしまったから、そちらに対する説明は戻ってから二ヶ月、情報を整理し終えたら各国の上層部にのみ連絡することで手を打ってもらったわ」


 キャロはそう言うと、肩を下げ溜息を吐いた。ここまでの交渉に全力で取り組んだからか疲れているようだ。


「あの……、まるで、俺が戻る方法を既に見つけているかのように聞こえるんだけど?」


 俺はゴクリと喉を鳴らすと核心に触れる。


「ああ、それなら安心して、もう方法を確立したから」


 キャロが自信満々にそう告げると、キキョウの肩が震えた。


「それって、この前の時に俺たちに頼んだアイテムが関係してるんだよな?」


 彼女は、狩りの分け前にユグドラシルで手に入る様々なアイテムを要求してきた。その中の一つが今回帰還をするための鍵だったということだろう。


「ライアスにしては鋭いわね。まあ、ちょっと頭を働かせればわかることか」


 ふっと笑うキャロ。俺はキキョウから聞かされるまで思い至りもしなかったのだが、それは言わないでおこう。


「せっかく方法を確立してくれたみたいだけど、俺はまだ戻れない」


「うん? どうして?」


 キャロは指を頬にやると首を傾げた。


「このまま俺たちがユグドラシルからいなくなると、キキョウが一人きりになる。彼女はここ数ケ月俺と迷宮に潜り生死をともにした……仲間だ。俺は仲間を見捨てたくないんだ!」


 キャロが俺のために魔法を覚えて迎えに来てくれたのは嬉しい。だが、精神のバランスを欠いてまで、身体を使ってまで俺を引き留めようとしたキキョウをこのまま放っておくわけにはいかない。


「なるほど、それでそんな空気を出しているのね……まさか?」


 キャロは目を細めると俺とキキョウ、特にキキョウの身体をつぶさに観察する。


 その視線を受けて、キキョウは尻尾で身体を隠し頬を赤く染めた。


「前にも聞いたけど、キキョウ。あなたの願いは何? 故郷に戻ること? ライアスとともにいること?」


「っ!?」


 キャロは冷たい声でキキョウに問いかける。俺だけではなく彼女の言葉を知りたいようだ。


「いまさら、私の願いが何だというのですっ! どう答えたところで、貴女の中で結論は出ているのでしょう!!!」


 キキョウは声を震わせるとキャロを睨みつけた。


「ええ、それは変わらないわ。だからこそ私はキキョウにも聞かないといけないのよ。一番の望みを」


 その真剣な表情に促されたのか、キキョウが口を開く。


「故郷に未練はありませんっ! 私にはライアスが必要なんですっ! こんな場所に一人取り残されるくらいなら、ライアスと一緒にいられないならいっそ……」


 その先は流石に言わなかったが本気なのだろう。やはり、こんな彼女を置いて一人だけ帰還するわけにはいかない。俺は改めてキャロに残ることを告げようとすると……。


「そう、ならあなたも一緒に来るといいわ」


「「はっ?」」


 キャロの口から飛び出した言葉に、俺と彼女は固まるのだった。

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