第55話 夜這い

 キャロが帰還してから早くも五日が過ぎた。


 あれから、毎日俺たちは迷宮に挑んでは、無理をしない範囲で探索を行っている。

 キキョウも大分動きを取り戻してきたので、それなりに効率の良い狩りができていた。


 だというのに、現在、俺たちの間には重苦しい雰囲気が流れている。


 キキョウは刀を構え、モンスターの襲撃を警戒しているし、俺はそんな彼女に話しかけるきっかけがなかった。


 現在いるのは一階の見通しの良い場所なので、そこまで厳重な警戒をせずとも平気なのだが、彼女はまるで一人で行動しているかのように周囲に注意を払っている。


 原因はおそらく、先日のキャロの来訪だろう。


 俺がボス部屋まで向かっている最中、キキョウとキャロが言い争ったのは雰囲気で察している。そのことをキャロに問いただしても、彼女は「必要なことだったから」といい「私は恨まれても仕方ないし、止める気はないから」と悩む様子を見せた。


 多分、キキョウは今回キャロが帰還したように、いずれ俺もこの地を去ることを考えている。

 一人きりでユグドラシル迷宮に取り残されることを想定して、現在の立ち回りをしているのだ。


 彼女を置いてこの場を離れる。そんな想像をすると胸が痛んだ。


 俺はキキョウと過ごしたこれまでの時間を思い出す。

 初対面こそ印象は最悪だったが、キキョウは人一倍情に厚く、俺と肩を並べて死線を潜り抜けてくれた。


 そんな大切な相棒とも呼べる存在を、一人残して俺はこの場を去るのか?

 そう考えると、後ろめたさを覚える。


 とはいえ、このままここに残ることが正解とも思えない。故郷にはトーリやメアリーにキャロ。それに両親や妹を残してきている。


 皆俺のことを心配してくれていて、帰還することを心の底から信じてくれているので、この期待を裏切るわけにはいかない。


 結局、答えを出せない。俺が思考の回廊に迷い込んでいると……。


「……ライアス?」


「な、何?」


 気が付けばキキョウが俺の顔を覗き込んでいた。


「そろそろ戻らないかと聞いているのです」


「そ、そうだな……。戻ろうか」


 銀色の瞳が輝く。彼女は一瞬怪訝な表情を浮かべるも、特にこちらの様子を気にすることなく帰路へと向かっている。


 寂しそうに尻尾を揺らす彼女を見て、やはり俺は掛けるべき言葉が浮かばないのだった。




 夜が更け目が覚める。意識を呼び起こした俺は、迷宮から戻った後、食事と酒を呑みそのまま眠ってしまったことを思い出した。

 明日はキャロが近況報告にくる予定なので休みとなっていた。


 ——ゴソゴソ――


 俺が目覚めたのはどうやらこの音のせいらしい。近付いてくる聞きなれない物音に警戒したのだ。


「キキョウ?」


 顔を上げると目があった夜闇の中、銀色の瞳が鈍く光る。


「ライアス、起こしてしまったようですね」


 至近距離で彼女は艶やかな笑みを浮かべた。

 忍び寄ろうと思えば、音を立てずに接近することもできるだろう。キキョウらしからぬ動きに俺が疑問を浮かべていると……。


「き、キキョウ?」


 キキョウが抱き着いてきた。毛布越しに彼女の柔らかい身体の感触がして、俺の心臓の鼓動が激しく脈打った。


「ライアス、もうすぐお別れになるのですね」


 キキョウは耳元で寂しそうな声を漏らした。


「べ、別に、まだ別れると決まったわけじゃないだろ」


 焦りながらも、俺は彼女に反論をするのだが、まさか力で押しのけるわけにもいかず混乱しているのだが……。


「いいえ、決まっているのですよ。あの日、彼女がそう言葉にしていましたから」


 初めてキキョウが言葉にした、あの日の会話の内容に、俺は驚いた。


「私は、これから、永い時をこの地で一人で過ごさなければなりません。ですから……慰めていただけないでしょうか?」


 キキョウは起き上がると、装束を止めている紐を外した。

 衣が落ちる音が聞こえ、裸になった彼女が姿を見せる。傷一つない白い肌に付け根から生えた尻尾。鍛えられているはずなのだが、柔らかな曲線は残っており、その美しい身体から俺は目をはなせなくなった。


「もう、これ以上私は耐えられないのです。父に見放され、強くなり、ユグドラシルに転移し、貴方と出会い、更に強くなった。ですが、私の強さは誰か認めてくれる人がいてこそ……、私自身はまったく強くないのです。孤独を生きるにはこのユグドラシルは辛い場所。せめて、貴方の温もりが……私は欲しい」


 瞳を潤ませ顔を近付けてくる。避けようと思えば避けられないことはなかったが、俺は彼女の唇を受け入れていた。


「んっ……ふぅ」


 キキョウが唇を重ね、官能的な声を上げる。口づけをしながら、彼女は俺の衣服に手を掛け脱がせようとしてくる。


 冷たい手が肌に触れ、キキョウの震えが伝わってくると……。


「ラ、ライアス?」


 俺は両手で彼女の手を握ると、唇を離し戸惑った表情を浮かべる彼女を見た。


「どうか、ライアスのお好きなようにしてください」


 キキョウが俺の手を導き、自分の胸元へと滑り込ませる。柔らかい胸の感触を感じると、俺は――










 あけましておめでとうございます。

 元旦から私は一体何を書いているのでしょう?


 刊行作業と並行してこの作品を更新していますが、ストックゼロで他の締め切りも迫ってきているので、そろそろ更新が止まる可能性があります。

 折角いいところなので、どんどん書きたいのですが……。


 この物語の面白いのはここから先なので、是非見捨てずに読んで頂けると嬉しいです。


 それでは、今年も宜しくお願いいたします。

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