第54話 キャロの報告

          ★


「はっ?」


「えっ?」


 湯気が立ち昇り、煙の向こうに裸体が曝されている。

 男の視線を惹き付けてやまない、女性ならば誰もが憧れる完璧なプロポーションをキャロは目撃する。


「キャロ……どうして?」


 身体を隠すこともせず、突如現れたかキャロに困惑した表情を向けるのは、ライアスの仲間の一人、メアリーだ。


 彼女は朝の治療院での仕事を終えると、汗を流すためにシャワーを浴びていた。


「どうしてって、ユグドラシル迷宮から戻ってきたからよ」


 その瞬間、メアリーの表情が引き締まる。ライアス捜索に出ていたキャロが戻ってきたということで、聞きたいことが一杯あったからだ。


「ライアス君は! 一緒に戻ってきたのですか!!」


「わっ、ちょっと、濡れちゃうでしょ!」


 突然迫ってきたメアリーを、キャロは非難した。


「あっ、申し訳ありません」


 両手でキャロの肩を抱くとマントが濡れてしまった。


「とりあえず、その話はトーリも交えてしたいから、まずは着替えてちょうだい」


 キャロはそう言うと出て行く。


「ライアス君……」


 メアリーは目に涙を溜めるとそっと呟いた。






「ライアスは無事よ。問題なく生きているわ」


「やっぱり、あいつがくたばるわけないんだよ!」


「よ、良かったぁ~~」


 キャロが結果を報告した瞬間、トーリとメアリーは嬉しそうな表情を浮かべる。


「それで、ライアスはどうしてる? 随分早く戻ってきたけど、もしかしてそんな遠くなかったとか?」


 集めて欲しい魔石の数はあらかじめキャロに指示されていた。ライアスの下まで転移するのに必要な魔力を算出したのだが、思っていたよりも魔石を使っていないのだろうとトーリは判断した。


「予定では、二人で旅をしながら帰還するはずでしたよね? どうしてキャロだけ戻ってきたんですか?」


 それ程近いのなら、往復の魔石を費やさずとも戻ってこれたのではないか、メアリーも首を傾げた。


「それがさぁ、私が転移した先はユグドラシル迷宮だったんだけど、話を聞く限り外界から完全に隔離されていたのよね」


 それゆえ、徒歩での帰還を諦めたのだとキャロは説明する。


「と、とにかく、あいつが生きていたのは朗報だ。何度だって魔石を集めてやるさ」


 無事再開とはいかなかったので微妙にスッキリしないトーリだが、ライアスが生きていること自体は良い報告なので、気合を入れ直した。


「ううう、いいなぁ。キャロばかりライアス君に逢えて。わ、私のこと何か言ってませんでした?」


 一方、メアリーはと言うと想う相手の情報が少しでも欲しいとばかりに、キャロに更に詳細を求める。


 一通り、ライアスの様子について二人に伝えた後、キャロはふと思いつくと、


「そうだ、もう魔石は集めなくていいわよ」


「は? なんでだよ?」


「もしかして、戻れないからって見捨てるのですか?」


 突然、そんなことを告げたため、トーリとメアリーは鋭い目でキャロを睨んだ。


 この魔法を使うには魔石が必要だ。集めなくて良いというのは使うつもりがないのだと、二人はキャロの言葉の意味を汲み取った。


「違うわよ、ライアスが融通してくれたから」


 そう言ってリュックをテーブルに乗せ、中身を出す。そこには大量の魔石があった。


「こんなにたくさん……どうやって?」


 最初に転移した以上の量の魔石があるのは間違いない。


「それがさ、ユグドラシル迷宮の傍に変なモノリスがあってね。そこで魔石やら回復石やらを入手できるみたいなのよ」


「本当かよ?」


 疑わし気な視線をトーリはキャロへと向けた。


「事実よ。じゃなきゃこうして戻ってこられるわけないじゃない」


 まったく同数の魔石なら疑う余地はあるかもしれないが、増えているのだ。キャロがこういう時に冗談を言うタイプではないと知っているので、受け入れる方がはやいだろう。


「それと、この『火属性剣』はトーリへの土産で、『巫女装束』はメアリーにだってさ」


 キャロが帰る前にライアスは二人への贈り物を用意した。どちらも実用品なので重宝するだろう。


「ライアス……あの野郎、俺たちに気を遣いやがって……」


「ライアス君」


 トーリは笑いながら剣を受け取り、メアリーは巫女装束を抱きしめる。


「あいつからの伝言よ」


 二人は顔を上げた。


「『今は方法も考え付かないけど、絶対にそっちに戻る。だから、戻ったらまた俺とパーティーを組んでくれ』」


「当然だ! そんなの頼まれるまでもない!」


「ううう、ライアス君」


 二人からライアスに対する想いが漏れた。それぞれ向ける感情は違うが、どちらもライアスのことを大切に思っていることがわかる。


「さて、ここからが本題よ」


 いつまでも湿っぽい空気を流していても仕方ない。これからやらなければならないことは多いのだ。


「ライアス失踪事件は各国の思惑で風化させられている。ここであいつが突然戻ってきたら、面倒ごとを嫌う国の上層部が口封じをする可能性もあるわ。そうならないためにも、私たちが上層部に呼び掛けてライアスを保護する話に持っていく必要があるのよ」


「流石に、そこまではやらないだろう?」


「そうですよ、奇跡的にユグドラシルから帰還した英雄として扱われるのでは?」


「勿論、これは最悪の想定をしているだけ、でも、あいつが戻ってきたら世界中が震撼するのは間違いないわ」


 今はキャロだけしか知らない話だが、一部の人間に広めざるを得ないし、もし救出方法が成功した場合、国同士でライアスの奪い合いが発生する可能性があった。


「実は、ユグドラシル迷宮のモノリスで手に入るアイテムなんだけど――」


 自分も驚かされた情報を、キャロは二人に話して聞かせるのだった。


          ★

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