第9話 変化
兄が異常に優しくなってから、二か月ほど経ちました。
その間、兄は私からの信用を回復させるために宣言した通り色々手を尽くしてくれました。
私の好きなものがないと分かると、家を飛び出してぬいぐるみを買ってきてくれました。
ぬいぐるみなどで喜ぶ歳でもありませんが、誰かからの贈り物なんて久しぶりだったので、ほんの少しだけですが心が温まりました。
当然、その時の私は私のことを邪険に扱っていた兄からのプレゼントなんて…そう思わなくもなかったですが、誰かの優しさ(兄にとってはただの慈悲か気まぐれ、それか私を陥れるプランの一画なのかもしれませんが)に触れられる事が嬉しかったのです。
他にも、自分に比べて明らかに質の悪いベッドで眠っていると分かると直ぐに交換してくれました。
私程度には不要と母親に言われて買い与えてもらえなかった化粧品の類も用意してくれましたし、あの出来事があってから兄から直々に魔法も教えてもらうことも出来ました。
兄は頭で考えていることを言語化することすらも得意なようで、私のような使いようもない屑でも良く理解できました。
あぁ………またそう思ってしまった。
何がと言うと兄から怒られてはいませんが、一つだけ注意されたことがあります。
それは、私が私自身を貶めるような発言や行動をしないことです。
以前、兄の前で.........
「私のようなゴミに………」
と言った時、兄は心を入れ替えて?から私の前で初めてあんな苦々しい顰めたような面を私に見せましました。それは私に対してではなく自分自身に向けられているようで………
「自分の事を下げるようなことを言ってしまうのは、俺や両親がソフィアに酷いことを言ったせいだ。本当にごめん。でもこれから少しずつでもいいからソフィアが自信を持てるようにして見せるから。だからその........ソフィアも頑張ってくれると嬉しいな。あ、別に強制じゃないよ。気が向いたらでいいから」
とこんな風に言われたことがありました。
兄の言った通り、私は兄と両親それと周りの人々のせいでこんな性格になったのだと思う一面も確かにありますし、私が一切改善させる気を起こさず私に散々あんなことをしてきた兄を困らせてやろうとそんな気持ちがその時はありました。
ですが、以前にも思ったように今の
第一、兄は自分の事を俺なんて言いません。私に優しくなる前までは僕でした。それに歩く時の所作、行動すべてが前の兄とは違うものなのです。
顔や体は変わらずともまるで、魂ごと入れ替わったようなそんな感じです。
何かの本に影響されて一人称、所作諸々を変えたということもあり得なくはないですがどちらかと言えば前までの兄は我が道を行くタイプだったように思います。
誰かに影響されるのではなく、誰かに影響を及ぼす側の人間だったはずです。
他にも前までの兄は人を常に威圧、もしくは見下しているようなそんな覇気のようなものを纏っていましたが、今の兄は前までの覇気がなく優しい雰囲気を纏っているのです。
数えればきりがないとまでは言いませんが、可笑しな点はかなりあります。
今の兄に直接聞いたら、教えてくれるのでしょうか?何度かそう思いましたが、こんなことを言ってもし違ったらただの変な人ですから言い出すことが出来ません。
今の兄はきっと聞いても別に怒りもしないでしょうけれど何時か聞ける時が来るのでしょうか........。
いつの間にか兄の中身が変わっているのかという話題に脱線したので話を戻しましょう。
兎に角兄は人が変わったように私に対して優しくなったということです。
その中でも一際、印象に残った出来事があり、私の中で兄と言う存在が変化した出来事がありました。
兄に連れられて、一緒に洋服を買いに行った時の出来事でした。
兄は私に着たいと思った服を選びなさいと言ったので、店中を見て回りましたがどの服も私のような者には似合わないと思い兄に正直にその旨を伝えた時でした。
子爵であるナタリーアウグストがここにタイミングよく来て、私の事をニヤリと見てから兄に向って媚びを売り始めました。
「リアム様。お久しぶりでございます。私を覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ、アウグスト子爵家の娘のナタリーですよね」
「そうです。光栄ですわ。天才と呼ばれる貴方様に名前を覚えておいていただけるなんて」
「いえ、当然のことです」
本来、子爵であるナタリーは伯爵である私にも挨拶をするべきですが、まるで最初からいないように視界から遮った後、あたかも今気づいたようにこう云うのです
「あら、これはこれは、もう一人いらっしゃったのですね。確か名前は......あら、私ったらド忘れしてしまいました。教えてもらってもよろしいでしょうか?」
私を嘲笑うかのようにニヤニヤとそう言うナタリーに対して、私は何も言い返すことが出来ませんでした。まぁ、それを見越してこの人は言っているのでしょうけれど
「そ、ソフィアです」
「あぁ、そうでしたね。あらゆる面において天才であるリアム様が偉大過ぎて少々忘れてしまっていました。物忘れが激しくて申し訳ありません」
暗に私は凡人だから覚える価値などないと言われたものですが、いつものように堪えます。こんなの慣れっこです。
これは、私が生きていく上で身に着けた防衛本能でした。
何も言い返さず、それをただ受け入れる。
自分が堕ちていく感覚がありました。その時です、
「ナタリーアウグスト」
「はい、何でしょうリアム様」
「これ以上、ソフィアを侮辱すればお前の家を今すぐにでも潰す。いいな?」
........え?
私は思わず呆気に取られてしまいました。ナタリーよりもきっと阿呆な顔を晒していたでしょう。
兄が私のために怒った?
「り、リアム様?」
「分かったな?」
「は、はいっ!!了解しましたわ。そ、それでは失礼します」
兄が本気で怒っているのが分かったのか、これ以上怒らせる前にナタリーは店を去って行った。
色々な感情が起こりました。
嬉しい、安心する、でもどうして?この人を信じても良いのか?今更どうして。もっと前に.....。なんであんなことをしたんだ。許していいのか?
正の感情、負の感情両方がごちゃ混ぜになりましたが一番大きかった感情は嬉しいというものだった。
「ソフィア、申し訳ない。まさかナタリーがこの店に来るなんて知らずに」
「…い、いえ。問題ありません。そ、それよりお兄様。私、来てみたい服が決まりました」
「え?そうなの?」
「はい。私が来てみたい服は.........」
「服は?」
「その前に失礼ながらお兄様に質問がございます」
「何かな?」
私は兄から見て、女性が着ていたら好きな服を聞き出しました。
今の兄の事を少しでも知りたいと思った。それからでも判断は遅くない。そう思うようになったのです。
その出来事から魔法を教えてもらうようになり、自分から兄に服を着た感想を貰うということさえしてしまい、それを嬉しいと感じるようになってしまった。
私は何処かきっと、今の兄に幻想を抱いてしまったのかもしれません。
あの時の兄は小さい頃読んだ絵本の王子様のように見えたのです。
悲劇のヒロインである私を助けてくれる王子様。今の兄はきっと別の誰かであり、私に酷いことをしていた兄とは別の人間だとそう勝手に思っているのかもしれません。
私の心が段々と明るくなっているのが自分でも分かり始めた、そんなときでした。
猟奇サスペンスエロゲーヒロインの兄に転生した かにくい @kanikui
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