第12話 愛知の旅11


 出発して十時間。


 時刻は十六時十分。


 桜達はどんぐり横町で買い物とした後、再びカブに跨って走っていた。


 侑李はきょろきょろと周りを見回して呟く。


「うわーなんかもう暗くなり始めていますか」


「大空君がお風呂長かったからだけどねー」


「いやーアレは仕方なかったっス」


「何が仕方なかったのよ。がっつり長湯してくれちゃって」


「いい湯過ぎたんで」


「大空君は本当に長湯よねぇ。湯めぐりを趣味に加えた方がいいのでは?」


「確かに……風呂は好きですね。今度の旅は湯めぐりに行きますか? 近いところだと下呂温泉とか? いや、遠くでも……」


「もう。次の旅の話を始めるの早すぎ。今の旅に集中しないと損よ?」


「……そうですね。反省します」


「そうよ。あと次の旅の行き先は種子島よ?」


「アレ、もう次の旅の行き先が決まっていたんですか?」


「うん。言ってなかったかしら? まぁ私の中では決定していたのよ」


「えっと、大体予想は付いていますが。なぜに種子島?」


「もちろんロケット打ち上げに行くためよ」


「やっぱりですか……」


「人間に生まれたなら人間の進歩の結晶たるロケット打ち上げを一度は見なくちゃ」


「ロケット打ち上げって……そんな大それたもんですかね? ふやけるまで湯めぐりをしていた方がよくないです?」


「確かに温泉はかなり魅力ではあるけど、やっぱりロケット打ち上げを見に行かなくちゃ」


「意見が二つに分かれたのなら、じゃんけんでしたね?」


「ここは部長権限で」


「いや、旅研の約束事ですよね?」


「むー……あ、そうよ。種子島にもお風呂はいっぱいあったわよ? それに鹿児島はお風呂がいっぱいよ?」


「いや。鹿児島の更に種子島まで行かなくても、温泉はいっぱいあるでしょう。それなら、種子島まで行かなくてもロケットの打ち上げを見ることができると聞いたことがありますよ?」


「そ、それはダメよ。確かに西表島や鹿児島本土からでもロケットの打ち上げを見ることはできるかも知れないけど……けど。ロケットの打ち上げは種子島でカウントダウンを聞きながら見ないと意味がないでしょ? 情緒がないのよ」


「情緒ですか。んーん。じゃあ、じゃんけんしなくてはいけないかも知れませんね」


「部長権限を無視するとは……いいわ。じゃんけんね。私は神様に愛されているから負けないわ」


「そうですか。前は俺が勝ちましたが」


「アレは、どこでご飯を食べるかっていう。ライトなヤツだったでしょ? わざわざ、神様にお願いすることでもなかったのよ」


「え、部長は神様と喋れるんですか?」


「そうそう、大空君に天罰を与えることもできるのだ。だから、種子島に行くと言いなさい」


「いや、普通に温泉地……熱海か下呂、草津辺りがよいのでは?」


「くっ、神も恐れぬとは」


「ハハ、神様なんていませんよ」


「くっ、神を信じぬとは」


「ところで、蒼井さん……」


 いきなり侑李から話を振られた涼花は戸惑い、乗っていたカブが揺れる。


「え、あ、はい」


「蒼井さんは次の旅も行きますか? ちなみにまったく予定は決まっていませんが」


「また、いきたいと思っています」


「無理強いはしませんよ? 蒼井さんはまだ仮入部ですし」


「行きたいです。それに入部しようと思っていますよ」


「ほんと!? ありがとう! 蒼井ちゃん!」


 涼花の入部の考えを耳にした桜が歓喜の声を上げ、乗っていたカブをグネグネと左右に揺らした。


 侑李は苦笑しながら口を開く。


「あまり大きな声を上げると……鼓膜が破れるかと思いましたよ」


「それはめんご。めんご」


「めんごって? まぁ、蒼井さん、入部してくれてうれしいです。それでは質問なのですが、蒼井さんは次に旅へと出かけるならどこに行きたいですか?」


「えっと次の旅ですか?」


「はい。部員になって一緒に旅へ行くのなら、蒼井さんの意見を聞いてじゃんけんしないと」


「なるほど……」


 涼花は考えるように言葉を切った。そこで桜が口を挟む。


「蒼井ちゃんは種子島に住んでいたというし。少し里帰りしたくない?」


「んー」


 涼花が考える仕草を見せ、桜の問いかけに答えなかった。


「アレ、地元の友達とも再開できるんじゃ?」


「んー私は……静岡県か山梨県に行きたいですね」


「なんで!?」


「静岡県か山梨県ですか?」


 侑李が首を傾げながら、問いかけた。


「はい。私、富士山を見たいです。見た事なくて」


「なるほど、富士山ですか……一個だけ聞きたいのですがいいですか?」


「どうしました?」


「登ろうとは思っていませんよね?」


「そんなこと、一ミクロンも思っていませんよ。出来たら、富士山が望めるキャンプ場があると聞いているので」


「なるほど。登山がないのなら……まぁ静岡県か山梨県かで、キャンプするのはなかなか作戦を練る必要があるかもですが。じゃあ、帰ったら、三人でじゃんけんしましょう」


「ふふ、そうですね」


「ただ、じゃんけんで負けたからと言って文句言うのはダメですから、そこを了承いただけると……部長もいいですよね?」


 侑李は桜へと話を振った。すると、不満げな桜の声が聞こえてくる。


「うー確率が三分の一になってしまった」


「部長は神様にお願いできるので、確率が下がったところで関係ないでしょ?」


「そ、そうだけど、そうじゃないのよ。そもそも神様が私のバックに居るんだから大空君は諦めたら?」


「何を言っているんですか、神がいるなら挑戦しなくては」


「あぁ、なんと、なんと……罰当たりな」


「俺は目にしたモノしか信じない主義なんで」


「大空君は可哀想」


「え、いきなりの同情?」


「まぁいいわ。神様を味方にしている私が負ける訳がないんだから」


 侑李と桜が取り留めのない会話をしていると、涼花が前を指さして声を上げる。


「桜さん、大空君、アレが今日泊まるキャンプ場の看板では?」


「あ、そうですね。あと十キロ……ギリギリ日暮れ前に到着できるでしょうか」


 侑李も『つむ高原グリーンパーク』と書かれたキャンプ場の看板を目にして、表情を曇らせた。


 桜は拳を突き出して、声を上げる。


「十キロなんてあと少しよ。油断せずに行こう!」


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水曜の旅人 太陽 @kureha1

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