第11話 愛知の旅10
一時間ほどして、どんぐりの湯から桜と涼花の二人が出てきた。
どんぐりの湯とマスコットが刺繍された手ぬぐいを首にかけた桜は息を吐く。
「ふうーいい湯だったわ」
「本当に。いっぱいお風呂の種類があってよかったですね」
白い肌を赤くした涼花が頷き答えた。
「本当にね。景色もよかったし、帰りにもぜひ寄りたいわね」
「そうですね。それで、これからどうしようしますか? 大空君からは少しかかると連絡が来ていましたが」
「まったく。まったくよ。大空君が長湯なのはいつも通りなんだけど。まったく男が女を待たせるなんてねー。まぁ後でアイスを奢ると書いてあったから許すけど。心の広い私じゃなかったら、離婚の危機よ」
「ふふ、離婚の危機ですか?」
「仕方ないから、少し周りを散歩しましょうか? なんか、道の駅のようなところがあるのよね?」
「そうですね」
どんぐりの湯から出た桜と涼花が並んでスタスタと歩きだした。
桜はキョロキョロと周りを見回す。少し顔を綻ばせて呟く。
「のどかね」
「そうですね。豊田とは思えませんね」
「そうよね。一応ここは豊田だったわね……ん? アレは何かしら?」
桜は駐車場を出た辺りで何やら張り紙のされた木の小屋を見つけて、目を細めた。桜と涼花の二人は小屋へと近づいて行く。
「へぇ、これ……温泉スタンド?」
「一回百リットル五十円?」
「百リットルで五十円って安くない? いや相場が分からないから何ともしえないけど……」
「私も相場が分からないので何とも言えませんが……これを使ったら家で温泉が楽しめるのですかね」
「それはいいわね。あ……」
桜が何か思い付いたのか手を叩いた。
「? どうしましたか?」
「今度の文化祭の出し物を温泉にするとかありかな?」
「文化祭ですか?」
「そうそう。毎年、面倒で特に何もしていなかったけどね。文化祭で、温泉とか奇抜じゃない?」
「しかし、学校で裸になるのはかなり抵抗があると言うか」
「む、確かに……ちょっとあるかも。大空君はカッコつけだから、おそらく覗かないけど、他の男子は野獣だからなぁ。特に蒼井ちゃんは可愛いから動画取られてネットに公開されちゃいそう」
「それは美人の桜さんもでしょう?」
「そうね。私、美人だからあり得るわねぇ。そうなると困るわね。足湯とか?」
「足湯。良いかもですね。ただ一つ気になったんですが、どうやって運びます?」
「う、そうね。カブで? いや、さすがに百リットルは無理よね。さて、散歩続けようか……なんかいい匂いしてこない?」
「そうですね。良い匂い」
桜と涼花は温泉スタンドと書かれた小屋から離れていった。
「どんぐり横町に来ました」
桜と涼花はどんぐり横町と言う建物に訪れていた。
すでに撮影許可をもらっていた桜は右手にスマホを持ち撮影している。
「これ、買いました。なんだかわかるかな? べったら餅にも似ているかな? これは五平餅……稲武の名物なんだってクルミ醤油味」
桜はスマホで撮影しながら左手で五平餅を持ち上げて見せた。
「ふーん。醤油の香ばしい匂いが……ではでは、私の腹の虫がなっているからいただきまーす」
桜は五平餅にかぶり付いた。アムアムと食べながら顔を綻ばせる。
「五平餅、うまうま」
「美味しいですか?」
涼花は桜が撮影しているのを忘れているか、それとも撮られることに少し慣れたのか普通に問いかけていた。
「うん。美味しいね。外側は少しカリっと醤油とクルミの焼けた香ばしい味わい口の中に広がるの。だけど、中はお餅がもっちもち……これは出来立てだからかな? これはポイントが高いわ……青ちゃんは買わなくてよかったの?」
「あ、そういえば、撮っているんでしたね。……わ、私は食べたいのは山々ですが。食べると、すぐに太っちゃうんで……あうあう、これはカットして欲しいです」
「カットはしませーん。青ちゃんはほっそりして美人さん。顔が見れない視聴者さんが可哀想だからね。声だけでも入れてあげなくちゃ」
「あうあう」
顔を赤くした涼花が顔を隠した。対して、桜は五平餅にかぶり付いて笑う。
「かわいいー。声しか出てないのに男性視聴者が取られそうで怖いわ」
「待たせしました。いやーいい湯で」
少し濡れた髪をオールバックにした侑李がどんぐり横町内に居た桜と涼花に話しかけた。
桜はムッとした表情を浮かべる。
「遅いわ。離婚よ。離婚」
「離婚? なんの話ですか?」
「まったく早くアイスを奢ってよ」
「はいはい。お待たせしたんで……そこで売っているソフトクリームで良いです?」
「うん。私は抹茶」
「蒼井さんは……ん? どうしたんですか? 俯いて」
「あぁ。さっき、動画を撮っている時にかくかくしかじか」
首を傾げた侑李は桜から事情を聴いていく。事情を聴き……撮影した動画をみた侑李は小さく笑う。
「ふふ、それはカットできないですね」
「んな、大空君まで」
涼花がバッと顔を上げて、侑李へと視線を向けた。
「ハハ、これは蒼井さんには悪いんですが……まぁアイスを奢るんで気を直してください」
「むー……ミックス」
「はい。部長は抹茶、蒼井さんはミックスで良いですね。すぐに買ってきますよ」
「しし、いってらー」
侑李は桜に見送られて、購買にソフトクリームを買いに向かったのであった。
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