第10話 愛知の旅9
出発して八時間半。
時刻は十四時五十六分。
桜達は豊田のどこか坂道を走っていた。
「坂道に入ってから原付のエンジン音が凄いことになっているわね」
「部長の体重が「ああん?」
侑李の言葉を遮るように桜の声が聞こえてきた。侑李は苦笑を浮かべる。
「冗談ですよ。今回はキャンプ道具が重いですからね」
「やっぱりテントは一つでよかったよ。蒼井ちゃんの家にあったテントは大きくてええヤツあったじゃん? 三人一緒に寝れたと思うんだよね」
「バカなことを男女で同じテントってありえませんから」
「ふふ、これだから……美少女二人に囲まれて寝れると言うご褒美を拒否するとは本当に男か疑問に疑うレベルやん」
「やんって……と言うか自分で美少女って言うんですね」
「本当のことなんだから仕方ないじゃない」
「まぁ、部長は美少女……残念美少女として有名ですからね」
「あん? なんで美少女の前に残念って付くわけ?」
「これは俺が名付けた訳ではなくて……俺の友人から聞いた話なんで」
「その友人とやらを今度部室に連れてくるように」
「分かりました。今度連れてきますよ……あ、看板が」
侑李がどんぐりのマスコットが描かれた看板を見つけて声を上げた。
「本当だ。あと少しやん」
「ふ、やんがマイブームになっているんですか?」
「行ってみるにゃん」
「今度はにゃんですか?」
「ええ、にゃんです」
「敬語?」
「にゃんです」
「?」
「にゃん」
「? 言語を失いましたか? けど、美少女がにゃんと言っているのは可愛いのですかね? 需要がありそう? 後でボイスを取っておきますか?」
「まったく大空君は商魂が逞しいにゃん」
「いいですね。今回の旅の縛りは語尾をにゃんにしますか?」
「えーいや、嫌だよ。面倒臭いわ」
「え、もうやめてしまうんですか?」
「あ、大空君の縛りを決めた」
「? なんで、勝手に俺の縛りを決めちゃうんですか?」
「それは私が部長で偉いからよ。部長命令。部長命令」
「最悪なタイミングの部長命令ですね。やるかやらないか、別にして一応聞いておきましょうか」
「じゃあ発表します。ダカダカ……ダン! 大空君の旅行中の縛りは語尾に『ごわす』を付けること」
「んー普通に嫌ですね」
「あ、ごわすが付いていないわよ?」
「え、もう始まっているんですか? 拒否権なし?」
「だから、ごわすが付いていないわよ」
「冗談はやめてください。パワハラですよ」
「むーノリが悪いにゃん」
「え、その語尾は続けるんですか? たぶん、動画受けすると思いますよ。けど、縛りのような罰ゲーム系は何かで負けた時にやらないとなんか盛り上がりませんよ?」
「確かに……面白くないか。せっかくやるなら動画を撮りたいわね。私と大空君で何か賭けてゲームする?」
「え、何か乗り気ですか? 俺はカメラの前に出ている訳ではないので……罰ゲームとかやっても」
「前みたいにサングラスを付けて出てこればいいじゃない」
「サングラスを付けてなら構わないのですが。本当に乗り気なんですか?」
「うん。やる気よ。やる気。動画のミニゲーム的な展開として面白くない? 新規の視聴者を手に入れるかも知れないわよ」
「新規の視聴者ですか……ミニゲーム的な展開か」
「激辛焼きそばの早食いでもする?」
「いや、激辛焼きそばを食べる時点ですでに罰ゲームのような?」
「ふふ、確かに。じゃあ、大食いバトルとかも……すでに罰ゲームか。んーん」
侑李と桜が難しい表情を浮かべて、少し黙った。すると涼花か口を開く。
「あ、あの」
「ん? どうしましたか?」
涼花の言葉に反応した侑李が問いかけた。
「トランプとかどうですか?」
「ん? トランプ持ってきてくれたんですか?」
「夜に皆でやろうと思っていたんです。あとウノもあります」
「おーさすが蒼井ちゃん。確かにキャンプと言えば……皆でトランプよね」
楽し気な桜の声が聞こえてきた。
「ちょっと子供ぽいかなと思って、話し辛かったんですが」
「そんなことないよ。私や大空君はそう言うの抜けがち」
「そうですか?」
「動画としても普通にババ抜きやポーカー……二人でやるならインディアンポーカーがいいかも。罰ゲームがあったら駆け引きにも白熱しそう」
「ん? ちょっと待ってください」
何かに気付いたのか侑李が口を挟む。
「何よ。突然」
「いや、駆け引きものはちょっと難しいのでは?」
「なんでよ?」
「だって、俺ってサングラスしているんですよね? 目元を隠した俺が駆け引きで有利になってしまうのでは?」
「確かにポーカーで目元が見られないのは、なかなか……かなり不利ね」
「す、すみません」
涼花が申し訳なさそうに謝った。
桜と侑李が慌てた様子で声を掛ける。
「そんな、蒼井ちゃんが謝らなくていいのよ」
「そ、そうです。蒼井さんが謝ることはないですよ」
「トランプは夜にやりましょう?」
「そうですね。一度やってみるのはいいですね。いろいろ試した結果やれることもあるかも知れませんし」
「確かに……侑李君、珍しくいい事を言ったわ」
「珍しくですか?」
「え? 私に動画投稿をしようと言った時以来よ?」
「え? そんなに前ですか? ほとんど会って間もなくではないですか? つまりは二回目? こんなに一緒に居るのにですか? 結構ショックなんですが」
「ふふ、冗談にゃん」
「……」
「とりあえず、とりあえずは風呂に入りながらそのミニゲームの内容を考えるにゃん」
桜は小さく笑った。視線の先には大きな建物が見えてきていた。
桜達はどんぐりの湯に入っていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます