最終話、浮瀬くんは死なない
待ち人を待つ。
今も昔も来世でも、
変わらずその場所で、貴方を待つ。
約束を、守るために生きている。
「皆進学できてよかったー!」
三月、卒業式の前日に友人たちと集まって笑い合った。よく進学出来たねなんて、冗談交じりに小突き合う。明日になればさようならする仲間たちも、永遠の別れではないのに少しの切なさが混ざり合っていた。
「にしても浮瀬のやつ、ちゃんと説明もせず行くなんて酷いよな」
「どこ行ったんだっけ」
「イギリスだよ」
「はー」
感心した莉愛に仙堂が、イギリスには何があったんだっけと話し始める。果南は横目で私を見たが首を振り笑みを返した。イギリスに行った事にしたのは、それが事実であったから。
正しくは百五十年も前の話だが、どこに行ったのかと問われる時に、イギリスだってと返す方が私の中で自然な気がしたからだ。
「にしてもお前ら凄いな。国公立大学なんて」
「果南は教育学部で千歳がまさかの英文学部だとは!」
「頑張りました」
「あれだけ英語苦手だったのに」
「まあでも、千歳の両親外資系だし、何となく納得」
「浮瀬に会うためじゃねぇの?」
「そうかもしれないね」
他愛もない話をしたのち駅前で解散する。今日は歩いて帰ろうと思ったのは桜の木に桜付いたつぼみが色づいていたからだ。再来週くらいには咲くだろうか。またこの街は観光客で溢れ返るんだろうなと、一人思いながら歩く。
世界は、随分と鮮明だった。
浮瀬くんが死んでから半年近く経ち、私はこの半年を必死に勉強し続けていた。悲しみに圧し潰されぬよう、寂しさに足を取られぬよう、本来の学生がやらなくてはならなかった事を怠っていた分巻き返すように勉強した。おかげで成績はぐんぐん伸び、第一志望は安定して受かるだろうと言われていた。
しかしふと、それでもいいのかと思ったのは多分、私の中で彼が生きているからだろう。
彼が翻訳してくれた本を読みながら、イギリスに行ってみたい。漠然と思った。両親はすぐ、旅行で行く?と言ってきたが、私は自分の力でその地に立ちたいと考えた。
よく考えたら私は彼が見た異国の地を知らない。テレビやメディアで何度も目にしたが、実際にその地に立つのはまた別である。彼がよく話していた異国の地での生活はまだ、私の脳が憶えている。ならば憶えている間に足を運んでみたかった。
そう思った瞬間、私は志望していた学部を変えた。必死に英語を勉強して英文学部に入れたのは寝る間も惜しむほどの勉強量のおかげである。英文学部には留学制度があるため、上手くいけば今年の夏にはイギリスにいるだろう。
「ああでも秋には戻らないと」
足は自然と神社に向かっていた。段差の真ん中、黒猫がいた。
にゃあとこちらを見て鳴く姿に、初めて浮瀬くんと会った日を思い出す。あの日もここで、黒猫を見た。
あの子ではないのは分かっているが、もしかしたらあの子の子孫かもしれない。猫は私に近づいてきた。しゃがめば膝の上に乗ってくる。人懐っこい猫に、ふと気づいた事があった。
「人間じゃない場合もあるかもしれない」
最後の約束を思い出す。私は同じ種族であるという条件を口にしなかった。
「やらかしたなあ、分からないじゃん言ってる事」
今更気づいたやらかしに、撫でていた手を止め私は祈る。
「もう遅いかもだけど、必ず同じ種族で意思疎通が図れる状態でありますように。あ、欲を言えば年齢はそこまで離れていない状態で」
君が死んでから沢山出てくる言葉は後悔に似ている。人は失ってから初めてその重さに気づく。言い切ってから思い返し、あれを忘れたとか、これをすれば良かったとか、あの時思いつかなかった事ばかりが出てくるのだ。
おかげで彼が死んでから、私は何度もこうやって条件を足していっている。けれどあの時感じた不思議な感覚はないから、多分、呪えてはいないのだろう。
「にゃんこ可愛いね」
「にゃあ」
「お返事してくれるの?」
「にゃあ」
「可愛い……浮瀬くんが猫でもそれはそれでありかな」
私はあと何十年生きるだろうか。その間に君に会う事は可能だろうか。会えたら嬉しいけれど、今から生まれ変わられても歳の差がありすぎて困るから来世にしてほしい。
さすがに十八、九年離れていたらこれまでの関係性など保てないだろう。恋人同士なんてもっての外、下手をすれば私が捕まる。
なら今世は諦めて来世に期待するしかないだろう。元よりそのつもりだったから少しの寂しさが残るだけだ。ただもう一度会えたなら、今世で私が貴方のいない世界で何をしたのか思い出話をするだろう。
百年経てば、この恋も忘れるだろうか。千年経てば、何もかもをやり直せるだろうか。
私は今でも変わらず貴方が好きで、今世も来世も貴方と再会するのをずっと待ち続けている。全てを忘れてしまってもこの場所で、貴方を待ち続けるだろう。
叶うなら、今度は私が先に見つけてやるのだ。遅かったねなんて笑いながら、猫でも撫でて文句を言ってやりたい。
何度も何度も、待たせたから。
今日も変わらず貴方を想い、思い出す事さえ出来ないほど当たり前に、貴方は私の脳内を支配している。そのうち思い出すようになるだろうか。多分無理だろう。だっていつ何をしていても、ふとした瞬間に貴方が出てくるのだから。
あれが好きそうだ、一緒に見たい、そういえばこれ食べてたな。この半年はそんな事を考えるばかりで、きっと今世の私は死ぬまでずっと、貴方との思い出で生きていくのだろう。
先の事なんて分からない。けれど、それでもこれだけは言える。
「あのね、浮瀬くん」
冷たい春の風が吹く。陽気な光が降り注いだ。
伝えたい事が沢山ある。伝えなきゃいけない言葉が降り積もる。
貴方は死んだ。この世界にはもういない。けれど、これから先も貴方は死ねない。
だって。
「私の記憶から浮瀬くんは死なないね」
浮瀬くんは死なない 優衣羽 @yuiha701
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