停止

並木子

泊まり、水たまりのような部屋は冷たく、爪痕は残さず

すべてが止まってしまえばいい


時計の針も、張りつめた日々も、ひび割れた行くあてを見失った私も





「   」

目の前の誰かの口元が動いている。ウゴウゴと、こちらに向かって今まさに動いているのだけれど、けれども私は耳の奥深くを刺激し続けている心地のいい知らない曲にもたれかかりたい気持ちを優先してしまいたい。

ご め ん な さ い

心の中でそう一回唱えて、もう一度目の前へと視線を戻してみるが、今度は目と目がバチっとあってしまって妙に気まずい。と同時に萎えた気持ちと鬱になりそうな感覚に吐き気をおぼえた。ああ、やっぱり、ごめんなさい。


「あ、すみません、わたし今音楽聴いてて」


半ば絶望的にイヤフォンをはずす私


「あああ、やっぱり!いや、すいませんね なんかお邪魔しちゃって」


まんべんの笑みになる見知らぬ誰か


「ていうかなにか用事ありました?」


イヤフォンのバッテリーランプが切れて


「いやあ、あのなんかすごい可愛いなあって思って」


気持ちの悪い笑顔にツバを吐きたくなった。


「いくつなの?」と顔をのぞきこまれた気がするけれど、てきとうに二十歳とこたえて改札前で抱き合う知らない男女へと届かぬ睨みをきかせながら、その付近をふらつくながらスマホの男がそこに突っ込めばいいのにと妄想した。心がおどる。


バイト終わりだからだろうか、身体がめちゃくちゃ疲れているし

それでもってこの目の前のオッサンはおそらく私と居たいのであろう、そんな気持ちに取り憑かれているのだとしたら

いっそのこと利用させていただこうか。


「ねえ!どっか行きたい!」


彼のカバンの紐を引っ張って、下北沢の空をテキトーに指差す。

指先がキンと冷えてコートの裾は揺れる。

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停止 並木子 @kuri_0k0wa

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