第21話 ダンジョン攻略開始⑧:轟くその名は、リントヴルム
りいごん、りいごん、と鳴り響く鐘の音色。
宿命の決闘、あるいは世界の終わりを想起させるような荘厳な響き。
絶対の運命を告げる黙示録。
重い鐘の音の調べが、世界を塗り変えんとばかりに周囲に鳴り広がる。
――呼応して、薄暗い迷宮全体が震えて崩れた。
終わりの始まり。
そんな嫌な予感が胸に広がり、俺たちを激しく動揺させた。
言い伝えで聞いたことがある。
あまりにも強力な魔物と対峙したときの焦燥感。理解できる範囲の限界を超えるような、途方もなく強力で凶悪な存在を知覚したときに、生存本能が警鐘を鳴らす時の絶望感。
「……迷宮の、守護者」
思わず呟く。
これだけの存在感を身にまとうことができる個体は限られている。否応がなく思い知らされる。間違いなくかのものは、この迷宮の主である――。
「わかった、これ、
隣でめめめんがぽつりと呟いた。目の前の光景に心奪われているのか、あるいはあまりの事態に浮足立っているのか、その言葉は誰にでもなく自分に言い聞かせるようなものだった。
「古英語の "Wyrm"。口から猛毒や炎を吐く蛇。脊椎骨を持たず、神経堤細胞の発達の特徴から、円口類とも言われている――」
「待って待って、え? ちょっと半分も理解が」
「逃げよう、ネクロ! 相手は
その名を聞いたとき、俺の脳裏に電流が走った。
リンドブルム。この俺でも聞いたことがある魔物だ。
しなやかな体躯を操り、雄々しさや容赦なさの象徴としてスカンディナヴィア地方に言い伝えられる存在。
流星や雷光を発するもの。その名はレンオアム。その名は
古き竜。lind-orm。
最上位の
轟くその名は、リントヴルム――。
「やっべえアイツゲロ吐いてる! ワームのゲロだ! ワームの大群がドバドバって!」
「ちょっとネクロうるさい!」
鋭い注意が飛んでくるがそれどころではない。俺は絶句した。いや本当にワームのゲロを吐いてるのだ。
ヌタウナギのようなぬるっとした平らな顔、そこにある吸盤のような丸い口、そこから、えろえろえろ、と妙に生々しい音を立ててワームを吐いている。絵面が最悪である。本当にゲロみたいにえずいて吐いている。そこはせめて竜らしくブレスのように吐き出せよ、と思ったがそういう問題でもない。
ぼちょぼちょぼちょとワームが地面に落ちる音も妙に粘っこい。何から何まで最悪だった。
リンドブルム。
眼前に君臨したる、偉大なる伝説の竜。
その伝説の名にふさわしい脅威、ではあるのだが。
「え、待てよ、つまりあいつ、このまま放っておいたらずっとワームを吐き続けるのかよ!?」
「た、多分……」
多分というより、ほぼ確定だろう。
あのリンドブルムには目も鼻もついていない。外界を知覚するような感覚器官を何一つも持っていない。あの竜はただワームを吐き続けるだけの存在である。
だがそれ故に厄介である。
単純な物量がすべてを押しつぶし、そして飲み込む。
延々と吐き出されるワームの大群、それこそがリンドブルムの単純明快な脅威。
「……どうすりゃいいんだよ」
策に窮して出口を見る。
同時に、眼前に警告を告げるポップアップウィンドウが無数に乱立する。
そう、この警告が曲者なのだ。これには何度も見覚えがある。
これは、自分のもつ
(何故かは知らないが、リンドブルムが現れた瞬間、出入口のクリアランスが異常に跳ね上がった。誤作動だろうか?)
自分のクリアランスを超えたエリアには足を踏み入れることができない。
それをすると最後、脳に埋め込まれているチップが発熱して死ぬことになる。治安を維持するための仕組みだが、今となってはそれが牙を向いている。
なんとなく腑に落ちないが――警告が上がっている今、無理にこの出入口をくぐるのは得策ではない。
(死刑囚とかよくわからないけど、今の俺たちがこの出口から脱出しようとすれば、もしかしたら死んでしまう可能性がある)
となると、警告文に従う他ないのだが。
クリアランスレベル-Lv5「人間性を捧げよ」
解除条件:
仲間一人を「危険:クリアランス-Lv5以下は立入禁止」と書かれた隔離部屋の中に押し入れること。
隔離部屋中央にある装置が地面から離れている間のみ、出入口は解放される。
(この迷宮から脱出するには、仲間をあのよくわからない部屋の中に押し込んで生贄にするしかないのか……?)
あんまりな内容に、俺は言葉を失っていた。
警告文を何度読んでも内容は変わらない。
仲間一人を「危険:クリアランス-Lv5以下は立入禁止」と書かれた隔離部屋の中に押し入れること。
つまり、あの階段を下って、湯の中に沈んでいる部屋に仲間を押し込めと言っているのだ。
「……」
りいごん、りいごん、と鐘が鳴り続ける。
隣にいるめめめんと目が合う。「……どうしよう」と弱音を吐く彼女の目は潤んでいた。
人間性を捧げよ。
捧げなければ、二人が死ぬ。
捧げれば、一人は生き残る。
損得勘定は簡単にできるが、それは、あまりにも残酷な決断でもある。
りいごん、りいごん、と響きわたる鐘の音。
ワームの大群が蠢く音。
「……ごめん、時間が欲しい……ちゃんと、覚悟が決まったら、めめめんが死ぬから」
「……馬鹿、お前」
死ぬべきなのは俺のほう、とは到底口に出せなかった。死にたくない、と素直に思ってしまった。
その瞬間、強い自己嫌悪が胸の中に広がった。
――人間性を捧げよ。
何者かが、悩んでいる俺たちを見て笑っているような気がした。
死骸王のネクロ:《死霊使い》は迷宮攻略を進める RichardRoe@書籍化&企画進行中 @Richard_Roe
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