第20話 ダンジョン攻略開始⑦:人間性を捧げよ



 一方、【Pref:OSAKA】地上にて。

 緊急招聘された探索者たちは、一進一退を繰り返しながらもダンジョンワームを丁寧に排除していた。浸透計数の上昇が鈍化したのが何よりの証拠である。一時的な地上の混乱は、徐々に回復の兆しを見せていた。


 特筆すべきこととしては、C級~D級探索者たちが、ここ一番の働きを見せていた。

 ダンジョンワームの大群を相手に、遅滞作戦および陽動作戦に出てくれたのだ。要するに囮役である。囮となって大量のワームを惹きつけて、A級~B級探索者にバトンタッチして、大規模攻撃でこれを殲滅するという作戦に出たのである。

 このおかげで、ワームの大群による地上の制圧を遅れさせることに成功している。当初の絶望的な予測と比べると、浸透係数は希望が持てる数値にまで回復した。

 陽動したワームたちの局所的殲滅。これがなければ、とっくにこの【Pref:OSAKA】は陥落していた。


 とはいえ、である。

 それでもなお、状況は徐々に悪化していると言わざるを得なかった。


「……凶暴種ライオット種のワームが確認された?」


「はいそうです、サエキ・スクルド主任。本来この一帯の地下鉄ダンジョンですと、凶暴種は深層三階以下でないと出現しないはずですが……」


「報告ありがとう。それが地表に出てくる事態にまでなっている、ねえ。地下鉄ダンジョンの浸透係数は、思ったより高くなっている可能性があるね」


 凶暴種ライオット種の地上進出。

 この事実は、ターミナルの職員たちに少なからぬ衝撃を与えた。有体に言えばそれは、地上はもう安全ではないことを意味している。このPref地上はもはや、他Pref地下鉄ダンジョン浅層よりも遥かに危険になった。凶暴種ライオット種という名前は伊達ではない。


 Pref:OSAKA放棄というラプラスの判断は、正しかったのだ。

 否、正しいように見える・・・・・・・・・

 いずれにせよ、事態はさらに悪い方向に進んでいる。


 この場において落ち着いていたのは、《英雄》指定を受けている探索者、サエキのみであった。


「……群れの中心の魔物の位置はまだ特定できなさそう?」


 サエキの質問に、部下たちは首を振った。一縷の望みはそこにある。ボスを叩いて群れを瓦解させること。群れを形成する魔物の場合、その群れを率いる強力な個体を撃破すれば、統率を失った大群は弱体化する傾向にある。


 邪気眼使いのサエキならば、群れを突貫することなど造作ない。こと一対一では最強に近い実力を持つ彼女であれば、並大抵の魔物など歯が立たないだろう。


 だが、しかし。


「群れの中心の特定はまだできておりませんが……そもそもサエキ主任は、この場を離れることを許可されていないはずです」


 空気を察したか、職員の一人が嗜めるように口をはさんだ。

 この場を離れたらまずい人間がいる――ターミナル職員たちの精神的支柱であり、かつ最強の守護者である彼女がこの場を離れたら、いざというときに頼れる人間がいなくなってしまう。

 周囲の会話が一瞬止んだ。しんとした空気の中、サエキは一回ため息をついてから苦笑いして答えた。


「物資輸送鉄鋼列車の護衛かな? 大丈夫、私以外の適任が来ればいいんだよね?」


「駄目です。ウルズ主任もヴェルザンディ主任も別場所で手が離せないとのこと」


「じゃあ、私が奥までさっさと突貫して、そして死ねば・・・、バックアップの私が起動してこの支部を守ってくれるはず――」


「それは最終手段です! ラプラス適正があるからといって、クローン精製に何のリスクもないわけではないのですよ!」


「うーん、別にいいと思うんだけどなー……」


 冗談めかしたように言ったサエキだが、その目は笑っていない。

 まるで独り言かのように、彼女は不満をこぼした。


「……正直さ。ターミナルOSAKA支部の護衛と、物資輸送鉄鋼列車の護衛という名目で、私が自由に動けないように縛り付けられているだけだと思うんだけどねー」


「! それは……!」


「あはは、今のはラプラスへの叛意じゃないよ。安心して」


 朗らかな口調と柔らかい表情の裏腹、やはりその目は笑っていない。

 ちょっと煙草を吸ってくるね、とふらりとその場を後にした彼女は、去り際にどこか不穏な発言を残していった。


 ――今回の魔物暴走スタンピードをわざと長引かせているような気がするんだよね。


 と。






 ◇◇◇






 迷宮化した空間は、次元の位相がずれると言われている。

 分かりやすい例を挙げると、たとえば迷宮化したビル内部は、ビルの外観から受ける印象よりも遥かに大きく拡張されることがある。一見ありえない事象。不可思議の力が働いていないと説明できない現象である。言うなれば空間の連続性が保証されていないのだ。

 だから迷宮によっては、入口と出口が位相ずれを起こして、全然違う場所につながることもある。


「待ってネクロ、これをくぐったらまずい、気がする」


 浸透係数が急激に跳ね上がった地下鉄ダンジョン【UMEDA】。

 出入口に近づいた際に、眼前に警告のホログラム・ウィンドウが立ち上がって俺たちは足止めを喰らってしまった。




 そこに書かれている文章は。

 必死にダンジョンワームたちと戦っている俺たちでさえも、足を止めざるを得ない内容で。




「死刑囚への、刑を執行します……?」


 クリアランスレベル-Lv5。人間性を捧げよ。

 文章を読むと同時に、「危険:クリアランス-Lv5以下は立入禁止」の扉が開く音がした。





 ――――――

 

 こういう、序盤のダンジョンのはずなのに「すげー不穏な気配のする強敵」が出てくる展開、めっちゃ好きなんですよね……!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る