残香
この部屋にただ一つの窓を細く開けると、少しヒヤリとする。冷たい風はしかし、真冬のそれとは違い骨を凍えさせはしない。幽かに纏う青い匂いと陽の色は、芽吹く春のそれである。ふじは、寒いのが苦手ではない。古本の残り香がついた半纏は温かいし、何より窓辺の花たちには自然の光と風が沢山あった方がよい。木の枠を軋ませながら隙間を広げていくと、硝子窓ががらごろと唸る。すぐ下の川は、今日も濁って底が見えない。斜め下に目を向けると、なかなか立派な石橋がかかる。複製の庭を落とさないように気をつけながら日に翳していると、その橋を行く初老の女性がふじへ声をかけた。
「素敵な花器ねぇ」
ふじには、それがとても嬉しい。
「そうでしょう。特別なものなのです」
***
この世で唯一敬愛する先生 へ
先生、お手紙をありがとうございました。ふじでございます。先生が発たれてから幾日も経たぬうちに筆をとるなど、少しはしたないでしょうか。でも先生の道程が悪鬼に穢されてなどいまいかと、気に懸かってならないのです。どうかお許しください。
目的地にはお着きになりましたか。そちらはどんな御様子でしょうか。こちらはもう、冬が明けそうな花の香がいたします。
【本文サンプル】Four Fragments For Finale 言端 @koppamyginco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます