第6話「そして旅は続く」飛騨高山編 ⑥

○旅館・朝

           

庭先に明るい朝の日差し。雀の鳴き声が聞こえる。


大学生らしきカップルが「お世話になりました」と言って入り口から出てくる。小柄な番頭が「お気をつて」とふたりを見送り、玄関を振り向く。

その視線の先に靴を履く天道の姿。天道、番頭の視線に気づいて。


天道「世話になったのぉ、ありがとな」


番頭、天道の言葉に「ちょっと待ってて下さい」と言うと、帳場に入って行き、手に小さな包みを持って戻って来る。

            

番頭「良かったら‥」

天道「何やコレ?」

番頭「朴葉の味噌せんべいです。いつか高山に来たら、また寄ってください」


天道、包みを受け取ると番頭に「また必ず寄らせてもらうわ」と言って、スーツケースを手にする。


○中橋

            

欄干に佇むいずみ。水面に映る紅葉を眺めている。

そこに天道が歩いて来る。


いずみ、天道に気づく。

立ち止まる天道。

            

いずみ「行ってしまうの?」

天道「予定より長ういたもんで‥」

いずみ「寂しくなるわ」

天道「こっちに来たら、また顔出します」

いずみ「いろいろお世話になりました」

天道「銀ちゃんさんと幸せにな」

            

天道、歩き出そうとするが、思い出したように言う。

            

天道「そうや。いずみさん。例の借金。あれな、返さんでもええみたいや」

いずみ「えっ、どういうことです?」

天道「何や知らんけど、先方がチャラにする言うて来たんですわ」

いずみ「そ、そんな‥」

天道「あっ、けどこれは銀ちゃんには内緒やで」

いずみ「‥」

天道「で、銀ちゃんが働いて四百万貯まったら、それで結婚式あげたらええよ」

いずみ「天道さん‥あなた」

天道「おっと、電車の時間や」

            

あわてて歩き出す天道。   

            

いずみ「天道さん!」


天道振り向いて「ほな、達者でな」と言うと再び歩き出す。その背中を見つめるいずみ。


○東京・風天組事務所

            

携帯が鳴り、腕を三角巾で吊った蝶野が出る。

            

蝶野「若!今、どこにいるんスか」

鮫島「何?若‥か、代われ」


蝶野から携帯を取り上げる鮫島。鮫島も額に包帯を巻いている。


○高山駅・プラットホーム


携帯で話す天道。

天道「今、高山におる。そう言えば亀田組の件、どした?」


○東京・風天組事務所

            

鮫島「安心して下さい。きっちり返り打ちにしときましたから」

            

事務所内にいる幹部達「若らしいぞ」と口にしながら鮫島の周りに集まってくるが、全員包帯をしている。


○高山駅・プラットホーム

            

天道「ほうか‥お、せや。ちょっと頼みがあるんやが」


○東京・風天組事務所

            

鮫島「は、はい。安治川組に?‥はい。わかりました。すぐ、振り込みに行かせます。で、若。東京にはいつ戻るんで‥ん?‥若‥若ー!」

            

鮫島、携帯を耳から離し、蝶野に向かって「切れた」とつぶやく。


○白川郷


大日岳を背景に、合掌造りの民家が並んでいる。


○小さなホテル

            

ホテルのネームが入った半被を着て玄関先のスリッパを揃えている銀次に、若い女性従業員が言う。

            

従業員「終わったら、お風呂掃除ね」

銀次「おぅ、了解」

            

そのやり取りを見ていた背広姿の男が、銀次に声をかける。

            

男「銀次、最初は我慢してな。ゆくゆくは俺の右腕になってくれや」

銀次「まあ、頑張ってみるわ」


そう言って風呂場に向かおうとする銀次に向かって、男が言葉を続ける。

            

男「でも、中学ん時から知っとるが、まさか、お前が真面目に働く気になるとはな。意外やったわ」


銀次、振り向いて

銀次「いや、ヒーローになるのも悪くないかな、思ってな」


○安治川組・事務所

            

京本が事務所に駆け込んでくる。


京本「オヤジ!」

            

安治川が座る机の両脇に、平城と佐山がいる。その後ろの壁に『ポイ捨て厳禁!破ったら指詰め』の張り紙が見える。

            

京本「(通帳を見せながら)風天組から四百万、振り込まれてます」


通帳を見た安治川、遠い目をしてつぶやく。

安治川「天道さん‥不思議なお人よのぅ」


○高山本線・車内

            

座席で窓の外を見ている天道に、向かいの席の小さな女の子が声をかける。

            

少女「おじちゃん、何見てるの?」

天道「ん?」

            

女の子の隣にいる母親らしき女性が、慌ててたしなめる。

            

女性「だめよ、(天道に)どうもすみません」

天道「ええですよ。(女の子に)おじちゃんはね、あの山を見てるんよ。綺綺やな、思うてね」

女の子「あたしも見る」

            

女の子、靴を脱いで座席に座り窓の外を眺める。

            

天道「あの山、何て名前かなぁ」

女の子「カチカチ山!」

天道「おぅ、そうかもな。狸がおるで」

            

女の子と天道、窓外を流れる景色を見ながらしゃべり続ける‥

戸惑い気味の母親らしき女性。


○走る高山本線・全景


紅葉の山並みの中を、電車が小さくなっていく‥。



              飛騨高山編 完


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『風天』-失恋率100%のイケメンヤクザ伝説- 麻美拓海 @kurasawa7129

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