第5話「喧嘩と恋の行方」飛騨高山編 ⑤

○安治川組事務所

            

京本に殴られた銀次の体が吹っ飛ぶ。室内には大勢の男たちがいて、奥の机に睨みをきかせた組長の安治川が座っている。

            

京本「オラ、立てや」

            

フラつきながら立った銀次を、今度は佐山が殴りつける。床に倒れた銀次に、ゆっくりと平城が近づく。


            

平城「銀次、金はどうした?」

銀次「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

平城「はあ?てめえ、舐めとんのか?」

            

銀次を足蹴りにする平城。体を折り曲げ喚く銀次。

そこに天道が入ってくる。部屋にいた男達が、一斉に身構える。

            

佐山「なんじゃい、お前は?」

            

天道、男達をかきわけ銀次の体を抱き起こし「こいつの連れや」と言う。安治川が鋭い目つきで天道を見る。

            

京本「ほお、ならこいつが何でこんな目にあってんのか知っとるな」

天道「全然知らん」

佐山「ボケ、こいつは賭場で四百万の借金があるんじゃ」

天道「四百‥万?」

佐山「それ、お前が返す言うんかい?」

            

天道、ソファに銀次を座らせ「ホンマか?」と聞く。力無く頷く銀次。

            

天道「アホ、ならお前が悪いやんけ」

            

銀次の頭を小突く天道。立ち上がると、奥に座る安治川に言う。

            

天道「そちら親分さんですか?借りた金は返すもんや。けど、ちいと待ってもらうわけにはいきませんかいのう。きっちり返させますんで」

            

平城、懐から拳銃を取り出し、天道の頭に向ける。

            

平城「何眠たいこと言ってんのや。今ここで返せ言うとるんが聞こえんか?」

銀次「待ってくれ。この男は関係ない」   

            

駆け寄ろうとする銀次を「てめえは黙っとけ」と京本が蹴り倒す。

            

天道「(平城に)俺は親分さんと話してるんや。チャカ(拳銃)下ろさんかい」

平城「威勢がいいのもここまでや。死にたいんか?」

            

平城、天道に向けた拳銃の引き金に手をかける。

        

安治川「待て」

            

椅子から立ち上がる安治川、天道を見据える。

            

安治川「アンタ、堅気じゃないな。誰や?」

天道「俺ですか?俺は、風間天道、言います」

安治川「かざま‥てんどう‥ん?‥天道!‥風間天道!!」

            

安治川の顔色が変わる。

            

天道「挨拶遅れましたな。すんません」

安治川「ま、まさか‥」

            

安治川、一瞬絶句するが、平城に向かって怒鳴りつける。

            

安治川「は、はよチャカ下ろせ」

平城「??」

            

安治川、平城に近づき「このどアホ」と言って平手打ちする。さらに京本と佐山にもビンタを喰らわし、天道に向かって深く頭を下げる。

            

安治川「若いもんが失礼しました。どうかご勘弁を」

平城「どないしたん、オヤジ」

安治川「お前ら知らんのか?この方は風天組の親分さんや」

平城「えっ、あのたった十数名で関東を制圧したと言う、ふ、風天組‥」

京本「そ、その親分さん‥!!」

声も出せずに引きつっている佐山。

            

平城、あわてて拳銃を懐にしまい「すみませんでした」と言って土下座する。すぐに佐山と京本、そして部屋にいる全員が天道にひれ伏す。

唖然として天道を見つめる銀次。

            

安治川「天道さん、金はもういいです。今回はひとつ良しなに‥」

天道「それはアカン。こいつが金を借りたのは事実。ただ、ちょっとだけ待ってあげてほしいんですわ」

安治川「そりゃもう、天道さんがそう言いなさるなら」

天道「(小声で)分割払いでも?」

安治川「も、勿論ですとも‥」

天道「すまんのぉ、親分さん。ほな、今日はこいつ、連れて帰りますよ」

安治川「わかりました。この三人、即刻、エンコ(指)詰めさせますんで」

            

土下座したまま、顔を上げられない平城、京本、佐山。

天道、銀次に肩をかし立たせると「そんなん、もういいですわ」と言いながら部屋から出て行こうとするが、急に「おっ、そうや」と言って振り向く。

ビクッとする三人。

            

天道「お前ら、二度と煙草のポイ捨てすな。こんな綺麗な町、汚したらアカン」


平城、京本、佐山、天道の言葉の意味が分からない。


天道「煙草のポイ捨て厳禁!破ったらエンコ詰め‥や!」

            

三人、一瞬とまどうが「わかりました」と口をそろえる。

天道ニヤリと笑い「じゃましましたな」と言って、銀次と部屋を出ていく。


○一番街に通じる路地

            

天道と顔の腫れた銀次が歩いて来る。

            

銀次「すみません。助かりました」

天道「まあ、ええってことよ。で、どないするん?」

銀次「四百万‥すぐには返せな‥」

天道「金ちゃうよ。いずみさんや」

銀次「?」


天道、銀次の顔を覗き込む。


天道「オマエ、惚れてるんやろ?」

銀次「‥‥」

天道「あれ?惚れとるんちゃうの?」

銀次「惚れてるって言うか‥」

天道「おーそうか。なら俺がもらうで」


銀次、足を止める。天道も立ち止まり、振り向いて言葉を続ける。

           

天道「俺は惚れた。いずみさんを幸せにしてやりたい思う」

           

何か言いかけた銀次を制し、天道が続ける。

           

天道「けどな、竜太はアカン。俺はあいつのヒーローにはなれん。それができる

のは銀ちゃんさん、アンタだけや」


○小料理屋『いずみ』

            

店内に、不安げな表情のいずみと竜太。そこに天道と銀次が入って来る。

            

竜太「銀ちゃん!」

銀次に駆け寄る竜太。

            

いずみ「無事だったのね。心配したわ」

            

天道、カウンターに倒れこむように座わると、竜太に向かって言う。


天道「いやー、銀ちゃん強いで。あっと言う間にヤクザがボコボコや」

竜太「さすが銀ちゃんや」

            

銀次、バツの悪そうな表情で離れた席に腰を下ろす。

            

いずみ「さっ、お店を開けましょうか‥竜ちゃん、買い出し行ってきてね」

竜太「わかった!」

            

竜太が店から出て行くと、銀次がいずみに頭を下げる。

            

銀次「すまん。俺、借金がある‥」

いずみ「そうなの」

銀次「安治川組に四百万‥」

            

いずみの表情をチラッと盗み見る天道。

            

いずみ「そんな大金‥どうするの?」

天道「(小声でいずみに)分割払いOKやて」

            

うつむいている銀次。しばしの沈黙‥

            

いずみ「私にまかせて」

            

ハッとして顔を上げる銀次。天道も驚き、いずみを見つめる。

            

いずみ「私が働いて何とかするわ。だからそんな情けない顔しないで。いつものアンタらしくないよ」

            

天道、顔を伏せ「こりゃ勝てんわ」とつぶやく。

銀次は、無言で立ち上がり店を出て行こうとする。

           

いずみ「どこ行くの?」


銀次、いずみに向かって「うるせぇ」と吐き捨て、店を出ていく。

            

天道「何やねん、あの言い草」

いずみ「女の私に言われて、立つ瀬なかったんでしょ。根は悪い人じゃないの」

天道「惚れとるんやね、ママ」

いずみ、「さあ、どうかしら」と言って笑いながらエプロンをつける。

            

天道「なら、俺はどうですか?」

いずみ「えっ?」

天道「俺と銀ちゃんさんだったら、どっちがええですか?」

           

真剣な眼差しの天道に、一瞬たじろぐいずみ。絡み合う二人の視線‥

           

いずみ「天道さん、今日もウチで飲んでいかれます?」

天道「えっ?‥そ、そりゃ、飲むつもりでしたけど‥」

いずみ「(にっこり微笑んで)じゃ、天道さんの方が好きよ」

天道「アカン‥玉砕や」


○一番街

          

八百屋のビニール袋を手に、竜太が走ってくる。

          

八千代「竜ちゃん!」

          

その声に振り向くと八千代が手を振ってる。竜太、八千代のもとに駆け寄って。

          

竜太「父親参観に銀ちゃんが来てくれるんだぞ」

八千代「銀ちゃん?‥誰それ?」

竜太「銀ちゃんは銀ちゃんだよ」

八千代「‥よく分からないけど、良かったね」

竜太「おう!」

          

竜太、思いついたように、ビニール袋の中から野菜をかきわけリンゴを取り出し、八千代に手渡す。

          

竜太「八百屋のおじちゃんに、おまけでもらったんだ。八千代にやる」

八千代「えっ?いいの」

竜太「おまえ、リンゴ好きじゃん」

八千代「ありがとう」

          

竜太、ちょっと照れた表情をするが「じゃな」と言って走り出す。八千代、手にしたりんごを頰にあて、竜太の背を見つめる。


○夜 小料理屋『いずみ』

          

袴田と天道が盛り上がっている。

          

袴田「そうか、ママに振られよったか」

天道「振られたんちゃいます」

袴田「ホンマか?ママ」

いずみ「振ってなんかいませんよ」 

天道「ほらぁ〜、聞きましたぁ?」

袴田「しぶといな、天道ちゃん」

天道「先輩、今日は俺がもちますから、ガンガンいきましょ」

           

その時店の扉が開き、そこに銀次が立っている。髪をさっぱりと短く切り、地味なスーツを着ている。唖然とする天道と袴田、そしていずみ。

           

いずみ「ど‥どうしたの、銀ちゃん」

銀次「中学の時のダチが白川郷でホテル経営してるんよ。今、面接行って来た。明日からそこで働く」

いずみ「銀ちゃん‥」

銀次「金は俺が返すから心配するな。じゃあ、朝早いから寝るわ」

          

店奥の部屋に向かおうとする銀次。そのスーツの袖をいずみが掴む。

           

いずみ「お弁当、作っておこうか?」

銀次「‥た、頼むわ」

           

照れたように言う銀次。名残惜しそうにスーツの袖を離すいずみ‥

           

天道「先輩‥俺、振られたようですわ」


天道の肩に手を回して、袴田が言う。           

袴田「天道ちゃん、今日は俺がもつわ。ガンガンいってくれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る