第12話 走る
3月。
卒業式を翌日に控えた由夏と圭吾はあの時の浜辺にいた。
授業は半日で終わっているから今日はサボりではない。
「さすがに海は寒いねー。」
「だな。」
3月も中旬になろうというこの時期は日差しの暖かい日も多くなっていたが、海に近づけば潮風が冬を思い出させるような冷たさを残していた。
海は夏のあの日よりもほんの少しだけ波が荒いようだが、相変わらず一定なようで不定のリズムで寄せては返していた。
鳶の声も晴れた空に気持ちよく伸びている。
「藤澤、無事大学受かって良かったな。改めておめでとう。」
「高橋も留学おめでとう。」
あの後、由夏は大会で見事優勝し推薦入試で第一志望の大学に入学が決まった。
圭吾も危なげなく希望の留学先への進学を決めていた。
「なんか全然見慣れない、その髪。」
由夏が圭吾を見て笑った。
圭吾の髪は黒 —正確に言うなら黒に近い濃い茶色— になっていた。
「笑う意味がわかんねー。本来の色だっての。」
「だって、まさか高橋が黒にするなんて思わなかったんだもん。学校中の誰も思ってなかったんじゃない?」
笑いを堪えながら由夏が言った。
「俺だって卒業式くらいは黒で出ますよ。ちなみに入学式のときも黒かったんだけど。」
「金髪のインパクトが強すぎて覚えてない。」
だけど圭吾ならそういうこだわりがありそうだと由夏は思った。
「でも普通逆じゃない?受験までが真面目でそこからハメはずす…じゃない?」
「まあそうだろうけど、俺の金髪は願掛けとか戒めとかそんなだったからな。もう役目が終わった。」
圭吾の言葉に、由夏はあの夏の日を思い出して波を見つめた。
「うん。あの日、言ってたもんね。」
由夏が自分の弱さを吐き出した日、圭吾も同じように弱さを
「あの日、高橋が私を助け出してくれたんだよ。」
由夏は圭吾の方を向いて言った。
「なんだよ改まって。」
「だって本当のことだから。あの日の私には高橋の金の髪が太陽みたいに見えたんだよ。あの日から独りじゃないって思えた。砂埃で霞んでた視界にびゅうって風が吹いたみたいに…あの日から走ることがまたキラキラし始めた。」
由夏は真剣な
「なんだ、そんなこと。」
圭吾の言葉に由夏は少し落胆した。
「高橋にとっては“そんなこと”かもしれないけど…」
「俺が藤澤にもらってたものとは比べものにならないって意味。二年間。」
その二年間があの日の由夏の背中を押した。
「私、きっとまた走るのが嫌になる時期が来たり、いつかはやめるんだろうなって考えてるんだけど…なんかね、もうあの時みたいには苦しくならない気がする。」
「………。」
圭吾は黙って聞いている。
「高橋がいるから。」
「そうだな、俺も多分そう。むこうで凹むこともあるだろうけど。」
「高橋が落ち込んでるところはやっぱりいまだに想像できないんだけど。」
「異国の地で孤独に泣き暮らすかも。」
それを聞いた由夏は、はははと声を出して笑った。
「俺ってこれでも繊細なんですけど?」
「ごめんごめん、でも、もし高橋が苦しかったり凹んだ時は、私が励ましに行くよ。」
「走って?」
「そう、走ってアメリカまで。」
由夏は笑って言った。
「藤澤、海の上って走れないって知ってるか?」
「もー!」
由夏と圭吾はキラキラと光る波を見ながら笑い合った。
fin.
潮風、駆ける、サボタージュ ねじまきねずみ @nejinejineznez
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