第11話 水平線
遠くでまた、鳶の鳴く声がした。
「高橋はどこの大学いくの?東大とかも目指せるんでしょ?」
由夏と圭吾は海を見ながら会話を続けていた。
圭吾は首を横に振った。
「目指せるけど、目指してない。」
「さすが…」
また調子乗ったようなことを…でも事実か、と由夏は思った。
「留学するつもり。」
圭吾が言った。
「え、そうなの?すごい!」
「なにが凄いんだよ。」
圭吾はまた少し笑った。
「映画の仕事がしたいんだ。」
「ハリウッド?」
「いきなりハリウッドには行かないよ。むこうの大学にいって、演劇学とか映画史とか映像の勉強する。」
圭吾は水平線のむこうを想像しているような目をした。
「映画監督ってこと?」
「監督はおもしろそうだよな。だけど、脚本にも音響にも、少し役者にも興味があるからまだ決めてない。」
「へえ、演技に興味あるんだ。今日高橋のこといろいろ知った気がしてたけど、さすがに意外。」
由夏はなぜだか少し悔しい気がした。
「留学かぁ…。外国行くんだ。」
意外なところもあったが、東大と言われるよりもずっと腑に落ちた感じがした。
「俺の金髪の理由の一つ。」
「また、う…」
「また、嘘」と言おうとして、思いとどまった。金髪にしている理由はいくつかあると言っていたし、圭吾の読めない行動からすると“海外に行くから金髪にした”も本当のことなんだろうと思った。
なんとなく由夏も水平線の先を見た。
そのまま、二人は少しの間黙って海を眺めていた。
由夏は今日の数十分と、この数ヶ月、そして想像の中の二年間の圭吾のことを考えていた。
自分を見ている人がいることなど想像したこともないし、それが圭吾だなんて文字通り夢にも思うはずがなかった。
「高橋。」
「ん?」
「私今、すごく久しぶりに“走りたい”って思ってる。」
由夏は穏やかな笑顔で言った。圭吾もどことなく嬉しそうな穏やかな表情をしている。
自分が抱えていたプレッシャーを初めて言葉にできたのは、圭吾も同じだった。
「それは良かった。」
「今日ここまで走ったみたいに、どこまでも走りたいくらいの気分。」
「アメリカまで?」
「あはは。うん、海も越えられそうかも。」
「そろそろ戻るか。」
由夏と圭吾が浜辺にいる間、結局
「うん、そうだね。ていうか、よく考えたらさー」
由夏が言った。
「こんな風に授業抜け出したら、推薦ダメになるんじゃない?」
冷静になった由夏が苦笑いを浮かべて圭吾を見た。圭吾を責めるような
「まあそん時は、俺が勉強見てやるから安心しなよ。頑張れ藤澤。」
「うーん…安心…なのかな?」
由夏はまた、小首を傾げた。
体育の授業が終わる頃に合わせて二人が戻ると、森本先生ではない教諭の指導で体育の授業を続けていたクラスメイトが騒然とした。
どうやら森本先生はまだ二人の捜索を続けているらしかったが、学校からケータイに連絡を入れて二人が戻って来たことが伝えられた。
当然二人はお咎めなしというわけにはいかなかったが、普段の授業態度が真面目なことと圭吾はやはり成績が良い点で、由夏は部活動を真面目に行なっていることで親を巻き込むような厳しい処罰は免れた。受験生ということもあり、反省文の提出のみで許される事となった。もちろん二人は揃って森本先生をはじめ、今回のことに関わりのあった教諭への謝罪をきちんと行なった。
それからひと月程度は「高橋と藤澤は付き合っている」だとか「愛の逃避行」「高橋は見た目通り遊んでる」などと生徒の間で噂になっていたが、すぐに夏休みに入ったこともあり噂は自然に消滅していた。
ただ、由夏と圭吾の関係は少しだけ変わっていた。
「おつかれ。」
「おつかれ。」
圭吾の帰る時間に交わす挨拶は相変わらずだ。
「藤澤、最近調子いいんだろ?」
「うんまあ、おかげさまで。」
由夏が以前には考えられなかったようなやわらかい表情で答える。
「じゃあちょっと見学していっていい?」
「無理!帰るんでしょ?おつかれ!」
由夏は焦ったような早口でフェンスの向こうの圭吾を帰らせようとする。
「なんだよ、あれ以来一回も走ってるとこ見れてねえんだけど。」
「だって、見られてるって思ったらさすがに照れる…。」
由夏の頬がほんの少し赤くなる。
「集中してたら気になんないって。」
「気になるって。だいたい高橋が見てたらまた変な噂がたつでしょー!」
結局圭吾は見学せずに帰っていった。
あれから圭吾が立ち止まって由夏の走りを見ることはなくなった。
由夏の部活は夏休みを半分残して終わりを迎えた。
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