恋する向こうに雨は降る

石動 朔

「君達に恋というものを教えてやろう!」

 昼休み、急に話に割り込んで高らかと言い切った彼に、周りはしん...となる。


「あーそれで昨日の配信でさ」

「あ、はい。調子乗ってすんません」

 一瞬焦ったが、なるほどこれは良い事あったのかな。最初の勢いに俺は椅子ごとたじろいでしまったが。というかまずこいつって現実の恋とか興味あったのか。


 背が高いけどモテるってわけでもない普通の顔をしているし、そもそも俺ら男子校生なんだから女との出会いなんてあるわけ...

「男子校だからって諦める時点で俺らに春が来ることはない...」

 なんか見透かされてるし、絶対こいつ今から語りだすだろ。


 俺はどうでもいいと思い席を立とうとしたが、なぜか複数人から腕を掴まれる。

 めんどくせぇ、、と思いながら、俺は話を聞くことにした。

「男子校で出会いを求める。合コン、ナンパ、ましてや逆ナン?

 そんな低確率なギャンブルなんかじゃない。ジモティーならなおさら、しかも新しい出会いというわけでもない。じゃあどこで俺たちの望む出会いが訪れるのか、、それは塾だ。」

 おいおい結構限定的だな、そこまで絞るか?

「教えて進ぜよう、君達に恋を。俺が塾で経験した、初めて恋に落ちる瞬間と言うものを。」



 一目惚れというのは少々違うが、それに似たような感覚だと思う。

 それは雨の日だった。東京の梅雨と言うのは何年経っても慣れることはない。体や心にじっとりと粘りつくような空気は重力と協力して、俺たち人間を押しつぶすかのように、、


 (前置き長げぇわ、昼休み終わるっての。)


 (すまん...)


 それで予報では夜中に降るって情報だったもんだから、塾の生徒は足早に中に入っていくわけ。俺はいつの時も折り畳み持ってるから大丈夫だったけど。


 中に入ってみると、これはまぁ蒸し暑だったよ。ほとんどの生徒は、もう席についてて空いてたのは一番前の列、俺は多少の後悔はしたけど渋々そこの席に座って辺りを確認した。男子校あるあるだが、塾に友達はあまりいないものだ。

 ...いや俺だけなのかもしれないけどな。


 空席だった隣の席には遅れて一人の女子が座った。

 雨でびっしょりになった髪が真っ直ぐになっていて、制服が透けてる!なんてことはなく、どこの学校にも似ているようなブレザーでしっかり守られていて、いかにも陰キャな女の子だった。


「遅れてすみません...」

 彼女はぼそぼそとそう言い席に着く。常にもじもじとしていて、あまりにもシャワー上がりのような状態に俺は少し席を離したほど、ぽたぽたと水滴が滴れていた。


 しばらく授業は続き、一部の人達が机に突っ伏す時間。

 急に隣の彼女がバックを漁り、戻って姿勢を正したと思ったらまたバックの中を食い気味に見つめて漁る。


 それが止むことはなく、次に彼女が読み上げる文が来るという時、俺は流石に居た堪れなくなり無言で彼女に教科書を見せる。


 彼女は少しの間状況を読み込むために硬直していたらしく、教師に呼ばれるとはっと目醒め、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で何かを言ったようだった。


 自分が確認しなかったことも原因だが、その次である俺はどこを読めばいいか戸惑ってしまい、その慌てている様子を教室のあちらこちらから笑われてしまう。


 隣の彼女はというと、俺のことなんか気にせず言い切ったことに安心してもじもじするのを止めていた。

 


 塾が終わった。どうやら今は雨が弱いらしく一斉に生徒が帰っていく。


 ぎゅうぎゅうだった教室はすっかり空いていて、すごい虚無感を感じた。

 授業を寝ずに聞けたという達成感とこの教室の開放感が妙に合致して、気持ちが良い。

 出口に向かうと一人、元からとはいえ少し小さいように見える背中がそこにいた。


「傘、貸しましょうか?」

 気が付くと俺は彼女に話しかけていた。なんというか、ほっておけなかった自分がいた。


 彼女はびくっと肩を震わせ、おそるおそるこちらを見る。

 話しかけた相手が隣の席の人だと気づくと、ぶんぶんと頭を振った。

 

 訳がわからず俺が戸惑っていると、彼女は慌てて口を開く。

「その、きょうか、、、してく、、、りがと、、ざいます」


 雨が強くなってきて、彼女の声がよく聞こえない。

 しかし何を言っているかはなんとなくわかった。もじもじと彼女がしているので、かがんで俺は次の言葉を待つ。


 すると彼女はかがんだ俺の耳に口を寄せ、今度ははっきりと彼女の声が俺の耳に届いた。

「今日は本当にごめんなさい。これ以上は迷惑かけれません。帰って大丈夫です」

 

 声を聞いた瞬間、俺の中で何かが動いた。それは今までに感じたことのない心臓の鼓動。


 彼女と向かい合わせになる。腰をかがめていたので顔が近くなってしまう。彼女は少し恥ずかしそうに眼を反らし、それでも決心したようにこちらに目を合わせる。


「その...ありがとうございます。元々影薄くて...それなのに、こんな私のことを気にかけてくれる人なんていなくて、、嬉しかった、です。本当にありがとうございました...!」


 前髪から覗いて見上げる目が、玻璃はりのように光る。

 少しだけ、笑った気がした。慣れない表情なのか、自然なつもりがぎこちなくて、その彼女の笑みに俺は...


 恋に、落ちた。


 顔全体が熱を帯びて火照っていくのが自分でもわかった。

 彼女が少し驚いて、申し訳なさそうに顔を覗いてきて、それがもうかわいく見えてしまって、この場が耐えられず



「傘だけ押し付けて逃げたぁ!?」


「う、うん...それで走って帰って速攻布団にダイブして、興奮冷めやまぬまま寝落ちしちゃって、気が付いたら朝だったんだよね。それでも体の熱が冷めなくて、のぼせたようにヘロヘロになっちゃって...そうか、これが恋の病なんだって。」


 予鈴が鳴る。みんなはなるほど、昨日休んだのはそういう理由なのかとか、人の印象は初対面の印象だけで決めちゃだめなんだなとか、好きになっちゃうと全部がかわいく見えちゃうのって本当なんだな...とか言いながら自分の席に帰っていく。


 え?いや、いやいやいや、確かにこいつが恋に落ちたのはわかったけど...



 それ、普通に風邪ひいただけじゃね?



 へっっっくし!と、満足そうに戻っていく彼がくしゃみをしていた。



 

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