第37話 罪深き男のダイジェスト

「久しぶりに帰ってこられたな」


 多くの兵、聖騎士が出払い静かになった王城を歩く。

 鞘に納めているのは聖剣ではなく普通の鉄剣、考え直したのかマスターは持たせてくれなかった。


 本の背表紙に『聖剣は置いていけ』と書いてあったのだ。

 言葉にして伝えてくれなかった理由は分からんが、まあいいだろう。私が聖剣を持っていても不自然ではあるし説明が面倒だからな。


 ミーシャ王女は何処に居られるのか……ああ、あの衛兵に声をかけてみよう。


「そこの者、少しいいか?」


 巡回中に突然後ろから声をかけられた衛兵の男は剣を抜き振り返る。


「曲者──って、ああ、非番の聖騎士様ですか。すみませんね、気が立っていて」


 聖の魔力を噴出していると、それだけで聖騎士の証明になり得る。

 今の私は正装をしていないが、王城でそんな魔力を発している者など聖騎士以外いないので疑う余地はなかったのだろう。


「よい、むしろ今くらいの警戒を常に維持していてくれ。それで、聞きたいことがあるのだが……」

「どうぞ、俺に応えられることなら」

「ありがたい。では、ミーシャ王女の居場所を教えてほしい」

「ミーシャ王女の? ああ、確かいつも通りバルコニーにおられますよ」


 ミーシャ王女のお気に入りの場所だ。

 月日が経っても変わらず……か。


「そうか、感謝する」


 時間は限られているので衛兵に礼をすると移動を開始する。

 バルコニーは王都全てが見渡せる場所。

 

 失礼をしているという自覚を押し殺して足を運ぶと、手すりに身を預けて風に揺らぐミーシャ王女がおられた。


 背後に立ち、お声がけしようとした口を開くのと同時、


「ルーシーさん、ですね」

「!」


 清涼なお声がスッと耳に届く。

 ふんわりと揺れる淡いピンク色のドレスを抑えながら、ミーシャ王女は振り向く。


 その優しい表情に見惚れつつ、私はズドンと片膝をつこうとした。


「よいですよ。気を楽にしてください」

「はぁ」


 ピンクの髪を靡かせてミーシャ王女は近づいてくる。

 人族の至宝とも評される御仁は、月日が経ってより美しさ愛らしさを増している。


「それで、要件は何でしょうか? もしかして堂々と私を殺しに来たのですか?」

「──! そんな、滅相もございません! 貴方への預かり物をますっ、いえ、シド殿より承っておりまして……」


 こう言うとミーシャ王女はくりくりした目をさらに大きく見開いてスカートの裾をキュッと握る。


「……はい、受け取らせていただきます」


「では──」


 鎧の内側から本を取り出し、上下を逆さに整えてから両手で持って差し出す。


 愛おしそうに受け取られたミーシャ王女は、「拝見させていただきます」と言って1ページ1ページ丁寧に捲っていく。

 噛み締めるように視線を動かしては、1ページごとに表情を変え、10ページほど読まれた時には喜怒哀楽全てを赤裸々に表現されていた。

 

「もう……泣かないと決めていたのに」


 はらはらと宝石のように綺麗な涙を溢れさせるミーシャ王女。

 ハンカチすら用意できていなかった私がどうしたものかと慌てふためいていると、ミーシャ王女は純白の手袋でガシガシと拭い始めた。


「ミーシャ王女!?」

「え、何ですか?」

「あ、い、いえ……なんでもございません」


 はした──ではなくて、貴方のお好きなようなさってください。


「それで、私は拝見させていただいてないのですが、不躾でなければお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

「んん〜、シドくん恥ずかしがっちゃうかも……まぁ、いいでしょう!」


 ニヤリと口角を上げて語り始めたミーシャ王女の美しい声音に固唾を飲んで耳を傾ける。


 それはまさに詩のようであり物語のようであり吟遊詩人のようであり────


「ます、シド殿の手記……生々しいですね」


 紡がれたのは彼のお話。


 見聞きしたこと感じたこと考えたこと全て。

 その本は『真実の手記』と言うらしく、嘘を書くと燃えてしまうとのこと。

 だから今語られているのは全てスパイであるシド・ウシクの本音。



 ──初めて会った魔王を恐ろしいと思い絶対に殺さなければならないという意志を強固にする。


 ──魔族側として人族をたくさん殺して心が痛むが、これこそが俺にしかできないことである。耐えるのだ。


 ──反対に人族に殺される魔族を数多く見た、彼らにも家族がいた。何も思うな感じるな。


 ──今日、魔族の大臣を暗殺した、また一つ人族の役に立てて嬉しい。魔王が泣いていた。精神的なダメージを与えられているのなら一石二鳥だ。


 ──魔族どもに疑われたが魔王に庇われた。工作が順調な証拠である。


 ──魔王軍の総司令になったが皆の信頼を勝ち得るには至っていない。精進が必要だ。


 ────


 ──


 途中までは事務報告のようなものだった。

 しかし、ある日を境にやや筆が柔らかくなる。


 ──作戦が失敗し、魔王の超域魔法をこの身に受けた。意識障害あり。身体能力に異常なし。スパイ作戦は続行可能である。


 ──魔王アリアが泣いていた、人間の俺のために泣いていた。どうやら彼女は俺のことが好きらしい。作戦に活用していこうと思う。


 ──国王陛下の許可を得て王国地下に立ち入った。鎖に繋がれた少女がいた。恐ろしい存在だが、可能なら魔王殺しに使うつもりだ。


 ──無理だった。俺には少女を使えない。守るべき人々の一人であり、危険に晒すことはできない。正規の作戦を続行する。


 ──魔王に襲われた。部屋は意外にも少女らしく可愛らしい内装だった。彼女の内面は意外と普通の女性と相違ないのかもしれない。


 ──レイスの挙動がおかしい。叛逆の危険あり。警戒を強め行動する所存。


 ──娼館にプリシラと行き奴隷の聖騎士を買った。俺に出来ないことを担ってもらう予定だ。


 ──最後の戦が始まる。想定を超えてくる可能性があるので、ここまでの総括をしておく。



「え、と。総括……魔王アリアは思慮深く同族思いで性格は庶民的。魔族の気性も人族と何ら違いはないようだ。俺ならば和解の道も切り拓ける可能性がある。無論、第二の選択肢に過ぎない──って、なんか途中かららしくありませんでしたね」


 らしくない──貴方の言う通りだ。

 私でも変化が明確に感じ取れた。

 それは冷徹なスパイに生じた『悪い』変化のようにも思える。


 そして最後の……いかにマスターとはいえ和解までは難しいだろう。魔族と人族の間にある溝は大きいのだ。個人の力だけで成せるものではない。


 だから私は聖騎士として率直な意見を述べねばならない。


「……シド殿が何を感じ」

「昔のシドくんって感じですね」


 言葉を被せられてしまったので両手を前に出して続きを促す。


「彼がスパイとして優秀な理由ですよ、誰よりも優しくて周りが見えているんです。だから人の心に取り入るのが上手い。私も昔はよく彼に振り回されたものです」


 苦くはにかむ貴方は……きっと今も、彼を心の片隅に置いているのですね。


「どれだけ関係を深く関係していようとも容赦無く殺すことができる冷徹な心を持っておりましたが……人なのでやはり例外も発生しますよね」


 ミーシャ王女は最後のページに辿り着き、一通り目を通すと「分かりました」と一言。本を閉じて炎魔法で燃やしてしまった。


「よろしいので?」

「燃やせって書いてありましたので。時限式でも燃えるようになっていましたし」

「……彼は人生の手記でも容赦無く打ち捨てられるのですね」

「そういうひとなのです。私はよく知っているつもりですよ」


 やや突き放すようにミーシャ王女は言うと、私の横に立つ。


へ行きます。護衛をお願いします」

「……御意に」


 ミーシャ王女の心中を推し量ることは無粋だ。

 私に出来るのは、マスターとミーシャ王女の想いを汲み取り──そして最善の『平和』を目指す。これ一点のみ。


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手記はダイジェストです。

長くなるのでそれぞれ短くまとめています。


新作始めました!

よければこちらもいかがでしょうか!


『追放された最強のかませ犬に転生した俺、ヒロインと共に欲望のままにダンジョンを攻略する〜主人公パーティーが仲間集めに苦労しているらしいけど……多分、俺のせいっす』


https://kakuyomu.jp/works/16817330651261320445

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推しの魔王を裏切って破滅させるクソ野郎に転生したので、原作ゲームのシナリオを破壊して運命をねじ伏せることにしました ぱんまつり @eriku

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