第36話 最後の切り札

 言わずもがなアリアこそがアルフロにおいての人気ナンバーワンであり、ローズなどという脇役はランキングにすら入らないのが常であった。


 だからといって、彼女が誰からも見向きもされなかったといえば当然ながらそんなこともなく、半年に一回の人気投票では雀の涙程度だがポツリポツリと票は入っていたのだ。


「クッッソ! 次こそはもっと上にッ」


 パソコンに向かい、魔王アリアの顔面を殴りつけ、唾を吐き散らしながらどうしようもなく唇を噛み締めたのは今となっては遠い日の思い出である。



♧♧♧♧♧♧



 漆黒の剣同士が衝突し黒の火花が散る。

 飛び散った火花が混ざり合い、憎悪のような瘴気を辺りに撒く。


 両の魔戦士が雌雄を決するため亜音速で高速戦闘を繰り広げる中、アリアは自ら邪魔者である魔物狩りに買って出た。


 シドに加勢しないのは魔王としての余裕かそれとも──いや、彼女の瞳をそばで見る者がいたとしたらそうは思わないだろう。


 愛する彼の本気勝負。

 これに水を差さまいという気配りであると容易に察することが出来るに違いない。


「……あの日から変わっちゃったよね」


 円舞を踊りながら星々のぶつかり合いを眺め、心の水底に沈殿したカケラのような違和感に耳を傾ける。


 シドは変わった。


 アリアの超域魔法を受け止めてから、少しだけ柔軟になったのだ。

 これが良いことなのか悪いことなのかは分からない。

 

 おかげで構ってくれる回数は増えたし、そっちの意味では嬉しい──が、やや彼の中に隙が生まれたようにも思える。

 もっと苛烈で寡黙で冷静で冷酷で悠然と皆を引っ張るような男であり、たとえどんな理由があったとしても色街に自らが出向くような真似はしないはずだ。


 休暇の件もそう。


 本当は何をしていたのかなんて、教えてもらっていないから分からない。


 そう、分からないことが増えたのだ。

 柔軟という言い方はややオブラートに包みすぎているのかもしれない。


「──っ、厄介ね」


 彼に思いを馳せている余裕がなくなってきている。


 魔物を捌くので精一杯。

 地上でアリアが巨大で強大な魔物共と戯れている中、天井付近での剣の極地ともいえる戦いはエスカレートしていく。


「唸れ! ホーリー・ウェイブ!!」


 光の剣を、魔剣で放つ。

 白と黒が混ざり合った剣圧をシドは顔色ひとつ変えず斬り払い前に出る。

 

 常に先手を取っているのはレイスの方だというのに、尽くをシドは凌ぎ切り退くことをしない。


「あり得ない! 僕には見えているというのに!!」


 無駄口を叩いならばそれが仇となり浅く斬られてしまう。

 常に魔物で圧をかけ続けている状況だが、それでも優位に立てない。

 

 焦りが、不安が、恐れが、レイスの剣と口の先をブレさせる。


「攻撃力1082……ホーリー・スラッシュ!!」


 数値にして300の優位。

 これならばイケると確信して放つ剣技もゆらりと流される。


 ステータスの数値上では現在あらゆる面で優っているというのに何故か──勝てない。勝算はほぼ100パーセントだというのに……これこそが自信を覗かせていた理由だというのに。


 ──聖剣さえあれば!


 魔剣のスペックで上回っているならば万一聖剣を手に入れることが出来なくとも勝てると踏んだ。

 だが、この有様ではそうも言っていられない。

 なんとしても適正の高いであろう聖剣を装備したいところだ。


 シド・ウシクの状態は現在『同化80、呪い、裏切り、異世界転生者』とある。

 同化100……は、使えないはずなので聖剣を持ちさえすれば必勝。

 だからなんとしても──


「バカがっ、それは無理なんだろうが!」


 強引に剣を打ち付け合い、距離を取る。

 永遠にも思える静寂。

 その中で眼前の男は平静時のような呼吸を繰り返す。


 ギリっ。


 レイスは強く奥歯を擦り合わせ、敵が想定以上の強敵であることを認める。


 最後の最後で人族に勝利をもたらす、絶対に分かり合うことの出来ない男だが、その実力は実際に確かなものであった。


 ──今までの動きから分かる、こいつはステータスを見えていない。何ならステータスという概念が頭から欠落している節さえある。ならば、が得たチートに対抗策は講じられていないはずだ。


「はぁっ、はぁ、はは。むかつくよ、その余裕そうな顔。ほんとにシドじゃん。でも、だとしても……僕らの勝ちは揺るがないよ」


 荒れ果てた戦場だとしても、ローズと二人で笑えていたならばそれで勝利。

 最後の手札をレイスは切る。


「『支配者の楔』──こい! リム・クリムゾン!!」


 彼女の鎖は今まさにレイスの手元へと繋がれた。


 満を持して召喚し、煙が晴れるとそこにいたのは白髪の少女と──あと双子、加えて女騎士と王女。

 

 なんかいろいろ着いてきたのであった。

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