第34話 暁王宮の一日
同じく六年後の成都。
王宮の庭で、
鞠を手にして、少女に向かって軽くそれを蹴り上げたのは
すらりとした長身と
耀春は、すっかり大人の
少し離れた庭の隅では、
そこから少し離れた場所では、大きな白い狼が二人を
耀春に対して全く遠慮のない様子の耀耀を見て、季煌が心配気な視線を隣の小媛に送った。
「おい、大丈夫なのか。
そんな季煌に、小媛が平然とした声音で答えた。
「良いんじゃないの。その帝妃様が、耀耀を連れて来なさいって、自ら
その時、並外れた身の丈の大男が庭に入って来た。
金髪で
「外出の準備が出来ました。着替えをなさったら直ぐに出発できます。」
その声を聞いて、耀春が鞠を手元に納めた。
「分かりました。直ぐに着替えて来ますね。耀耀、今日は写生に連れていってあげます。こんな天気の良い日の写生は、本当に気持ちが良いものですよ。」
耀春にそう言われた耀耀は、嬉しそうに
動き易い
「では、出発しましょうか。」
共をする面々を見回した女官の一人が、おずおずと耀春に問いかけた。
「今日も護衛は、シドニウス様だけで宜しいのですか?」
耀春は笑ってそれに応えた。
「この方以上の護衛がいますか?例え百人の賊が襲って来ても、シドニウス殿ならば、一瞬で打ち払うでしょう。それに
出発した一行の先頭にはシドニウスが立ち、一番後方では露摸がその白い毛並みを輝かせながら、周囲に
「どちらに出掛けるのですか?」
そう尋ねる耀耀に、耀春は前方に見える小山を指差した。
「あの小山の向こうに草原があって、そこに
耀春の言葉を聞いて、後ろから歩いていた季煌が、期待するように顔を挙げた。
それを見た小媛が、季煌の脇腹を
「あんたが期待してどうするの。帝妃様は、耀耀に教えて下さると
「そう言うな…。耀春、いや帝妃様から画法を教えて頂くなど二年ぶりなんだぞ。しかも帝妃様の絵は、最近になって益々洗練されて来ている。新しい画法を目の前で見てみたいと思うのは当然ではないか。お前だって、そう思っているんだろう。」
すると、耀春がぽんと手を打った。
「そうそう…。今日はお弁当もあるのですよ。シドニウス殿が、私の父様の店に取りに行って下さいました。きっと
耀春がそう言うと、耀耀は期待に眼を輝かせてシドニウスを見た。
シドニウスは大きな笑みを浮かべて、背負った
「今日の潘誕殿は、物凄く張り切っておられましたよ。
やがて一行は、小山の坂道に辿り着いた。
「
それを聞いた耀耀が、びっくりしたようにシドニウスを見た。
「大丈夫。怖くなどありません。以前は、私もシドニウス殿の肩によく載せて頂きました。とても高くて、風景が違って見えるのに感動しました。最近は載せて頂くことも無くなってしまいましたが…」
耀春の言葉に、シドニウスは困った表情になった。
「帝妃様になられたお人を肩に載せるなど…。そのような不敬なことは出来ません。」
シドニウスの肩に座った耀耀の歓声を聞きながら、一行は小山を越えて目的地である草原に
そこには見渡す限りの
女官達が画帳と絵具を取り出し、耀春と耀耀に絵筆を差し出した。
露摸が、その二人を見守るように腰を下ろした。
「最初に絵の構成を決めましょうね。耀耀は、一本の秋桜と群れ咲く秋桜、どちらを描きたいですか?」
「一杯に咲き誇る秋桜を描きたいです。」
「それでは、絵に深みを出す為に、紙の上方四分の一は空けましょう。
そう言いながら手本の絵を描いて行く耀春の手元を、季煌と小媛が真剣な眼で覗き込んで来た。
一刻ほど絵を描き続けた後、耀春が筆を止めた。
「そろそろお腹が空いて来ましたね。お楽しみのお弁当にしましょうか。」
シドニウスが、
弁当箱の中身を
その匂いを嗅ぎつけけた露摸が、
その頃、王宮の庭の
「相変わらず、潘誕殿の料理は見事なものだ。それに盛り付けが素晴らしい。益々腕が上がっているのではないですか?」
料理を口に運びながら、志耀が周囲の延臣を見回した。
「誠にそうですな。いやぁ、この焼き魚は実に絶品ですな。上にかけられた
すると、華真がその料理を見て口を開いた。
「
それを聞いた志耀が、ほぅと驚きの表情を作った。
「
華真が
「どうして一緒に連れて行ってくれなかったのです。
志耀にそう言われた華真は苦笑した。
「店の定休日に、華鳥から招待されたのです。飛仙の父から、久々に会いたいと言われて…。普通の日は大勢の客で混み合っていて、とても店には入れないですからね。
それを聞いた志耀は、
そこで思い出したように、
「潘誕の店と聞いて思い出しました。あの店に中々入れず
それを聞いた志耀が膝を乗り出した。
「ほぅ…。それはまた向う見ずな事を。それでどうなったのです?」
「潘誕殿とシドニウス殿が二人で立ち向かったようです。一瞬で決着したそうですよ。店に押しかけた二十人余りの連中が、あっという間に叩き伏せられて、地面に伸びたそうです。」
それを聞いた志耀が、思わず笑い声を挙げた。
「さもありなん。あの二人にたった二十人で
「その場には、
「
大笑いする一堂の中で、
呂蒙の様子を見た志耀が、首を
「はて、私は何か、呂蒙爺に叱られるような事をしたか?」
呂蒙は、真剣な表情のまま志耀に尋ねた。
「帝が、耀春妃を
「うむ…。一年半ほど前になるか。それがどうかしたのか?」
「どうしたではありません。後継ぎはどうなっているのです。一番大事な事ですぞ。」
呂蒙に詰め寄られた志耀は、神妙な顔になった。
「分かった。努力する…。」
志耀の返答を聞いて、呂蒙は更に声音を強めた。
「また、そのような通り一遍の言葉を…。もっと真剣になって下さい。政務など、ここに居られる姜維殿と華真殿に任せておけば良いのです。帝は、
そう言われた志耀は苦笑した。
「呂蒙爺からそのように言われるのは心臓に悪い。しかし大丈夫だ。」
「何が大丈夫なのです?」
「爺は、
「十年…。そんなに待てと
いつになく真剣な呂蒙の態度に、志耀は降参の姿勢を見せた。
「今日の爺は、随分と
そう言われた呂蒙は、志耀だけでなく、その場の全員に強い眼を向けた。
「努力して下さいませ。今後は陽が落ちて後の執務はおやめください。姜維殿も、華真殿も
そう言われて呂蒙に
その時、
潘誕の店は、今日も朝から忙しい。
「おぅい、
恭舜と亮苑。
この二人は、潘誕が新たに店に雇い入れた者達だった。
そうは言っても、まだ二人共に子供である。
潘誕の店の繁盛を眼にした常連客達が、自分達の身内を競うようにして推薦して来た中から、華鳥が選んだ二人である。
子供とはいえ、かなりませた二人だった。
「亮苑、もたもたするな。今日は年に一度、
恭舜に
「今日は、本当は定休日なんだぞ。帝妃様だけなら、普段通りの料理が良いと必ず
それを聞いた恭舜が不思議そうな顔になった。
「何でお前が、そんな事を知ってるんだ?」
「前に潘誕様が、新作の魚の焼料理を弁当に入れて帝にお届けした時だ。華真様が、その料理が何なのかを説明した途端に、
それを聞いた恭舜は、一旦は納得顔になった。
「今度こそは、華真様に先駆けて新作料理を口にしたいという事か。しかしお前。
恭舜にそう指摘された亮苑が
それを見た恭舜が小さく笑った。
「
そんな二人の後ろから、華鳥が
「二人共、無駄口を叩いてないで
それを聞いた二人は、慌てて立ち上がった。
志耀伝(続:ある転生から始まる三国志後記) 満月光 @koh-mizuki
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