子供しかいない楽園

黒白 黎

子供しかいない楽園

 遠い遠い海の果てに一つの島があった。そこは子供たちだけ住む不思議で奇妙な国があった。その国には子供しかおらず、大人の姿はどこにもありませんでした。大人はどこへ消えてしまったのか、その真相を知る人は誰もいませんでした。ただ、その国に訪れた大人が一人だけいました。彼の名はイレブン。ネット掲示板のオカルトにつられてきた好奇心の男であった。


 この国に訪れるには三つの条件があり、それを満たさないと入ることはおろか見つける事さえできないという。

 ひとつ、ここのことを知った人は、他人に漏らしてはいけない。うっかり口が滑ったり知り合いや家族でさえもそのことを打ち明けてはいけない。

 ふたつ、この国には子供達しかいないが、自分が大人であることを打ち明けてはいけない。たとえ、大人の体であったとしても子供に化けて入ってはいけない。もし見た目の変化があったら、事前に国の役所に伝える事

 みっつ、この国で働くこと。この国では動物のお世話をしなくてはならない。動物からクレームがあっても文句を言ったり叱ったりしてはいけない。この国の動物たちはこの国でしか生きられないし、連れ出してはいけない。


 これらの条件をひとつでも破ったら、その人は記憶を失い、どこかの国でしばらくさ迷うことになるでしょう。たとえ、記憶が戻ったとしてもここのことは覚えていないどころか、この国に対して興味は一切わかなくなるでしょう。


 この記事を投稿したのは、かつてこの国で働いていた子供だという。仮に洋一(よういち)君と例えよう。洋一君は気づいたらこの国で働いていたという。生まれや親のことは一切覚えていないという。洋一君の両親と思わしき人物と出会ったのはこの記事を投稿後、巡り合えたというが、その後掲示板に戻ってくることはなかったようだ。

 洋一君はこの国で何をしていたのか具体的にまでとはいかないが、動物たちの世話をしていたという。食事を与えたり作ったり、話し相手になったり、一緒に遊んだりと様々なことをやったそうだ。一番工夫しないといけないのは言葉選びだという。動物たちは相手の心を読むことができるみたいで、つい思っていることと口にしていることと違っていることがバレてしまい、この国の長から罰を受けたという。罰は口を閉じる事。不思議なことに一か月ほど声が出なかったそうだ。この国は病院があるものの、長からの罰は病院の医者や薬でも治すことはできないそうだ。他にも同じような罰を受けた子もいたが、中には夜、眠れなくなる。走ることができなくなる。腹下りがしばらく続く。といった様々な罰を下されたという。


 これが嫌で逃げ出した子もいるが、この国での仕事の放棄はこの国の人たちを裏切ることになる。結果、その子は神隠しにでもあったかのように消え、いつの間にかその子のことは誰も覚えていなかったという。洋一君はメモに残す形で辛うじて覚え続けることはできたそうだが、友達のことさえ忘れさせるとはこの国の宗教的ななにかなのだろうか。


 その後、洋一君は思春期が訪れるまで働き続けたという。思春期が来た子供たちは大人へと第一歩なため、この国では働けなくなるという。そのため、その傾向でたと思われた時点で引退という形でこの国から追いやられるのである。先ほど書いたとおりに記憶が消されて外の世界に放り出されるという話だ。


 この国の長はどういった人物なのだろうか。長については書かれていなかった。おそらく、書くつもりでいたのだろうが、書く前に親と再会したという書き込みを最後に途絶えている辺り、この国は恐ろしいほど催眠的ななにかにかけさせているようだ。

 この国について調べよう見つけようとした人たちもいたが、どういうわけか途中報告しただけで書き終えてしまっている。ここを見つけたという人に会うことはできなかったが、この人たちが最後に残した座標を調べて、ようやくこの国を見つけることができた。


 なるほど…奇妙な島だ。

 地図ではこの海域には島なんてない。それどころか海のど真ん中だ。海の底は計り知れないし、なによりも火山帯はここにはない。そして何よりもこの島は、霧のなか突然現れたということだ。なんの拍子もない。突然出てきたのだ。最初は幻か夢なのかと思ったほどだったが、こうして形として捉え、触ることさえできるというと心底、疑うほうがおかしいと思わざる得ない。


「船長、見てください。この島です。私が探していたのは」

 この島まで運んできてもらった船長とその娘に歓喜のあまり報告したのだ。しかい、船長から返ってきたのは意外なことだった。

「はて? 島なんてどこにあるのだい。夢か幻でも見ているのかね」

 私はゾッとした。いま、目の前にあるのは確かに島だ。霧で隠れて足場しか見えていないが、確かに地面がある。そこに足を置くことさえできる。夢でも幻でもない。なら、船長たちは何が見えているのだろうか。

「船長、見えないのですか? ここに島もあれば足をつくことさえできます」

 船長は首を傾げて「なにをいっているのだね。船の上で足を踏み踏みしているだけではないかね」

 どうやら船長は船の上で踊っているようにしか見えていないという。船長の娘が船の中から出てきた。そして、船長を疑うようにしてこういうのだ。

「お父さん、本当に島があるよ。見て、私だって島に乗れる」

 島に飛び乗るようにして島に不時着した。その子ははしゃいでいたが、船長は目を大きくあけ「俺の娘をどこへやった!!」と急に肩をわしづかみしてきた。今目の前にその子がいるのに「私はここにいるよ」と言っているのに、船長はまったく見えていないように言うのだ。

 船長の手を叩いて、島に飛び乗り娘さんを抱き上げたながら「ちゃんといますよ」というも、船長は「き、消えちまった…なんなんだ。何が起きているんだ!? け、警察…あっそうか、ここはダメだった。無線、無線で応援を……!」まるで見えていないし聞こえてもいない。

「お父ちゃん…」

 娘が哀しそうな声を上げた。娘が私から離れて船長の元へ駆け戻ろうとしたとき、霧が晴れた。急に風が吹き上げたのだ。飛ばされまいと私は身を構え、娘の手を引っ張った。

「お父ちゃん…!!」

 その子が叫んだ。私が見たときには、船の姿はおろか海すらなかった。深い木々に覆われ、先が真っ暗闇になるほど生い茂る森に変わり果てていた。

 私はこのとき、はじめてこの国に来たことを後悔した。なぜなら、船長と娘を引き離せたうえ、巻き添えにする形でこの子をこの島に招いてしまったのだ。

 そして、なによりも恐ろしいのは、この子が途端に船長のことを忘れてしまったのだ。

「わたし…なにしてたん…?」

 何をしていたのかさえ覚えていないように振舞った。首を傾げるその子に向かって「お父さんが消えちゃったんだ」と伝えると「お父さん…? 誰なのその…人」。私は目を大きく開けた。この子は自分の父である船長のことを忘れてしまったんだ。それよりもその子が素で覚えていないのだ。私がここに来るまでの間、船長と会話したことやその子の親のことを伝えたが、この子は自分がこの国の生まれで、親なんて最初からいなかったというのだ。

「な、なんという…ことだ」

 私はあのオカルト掲示板の通り、子供たちはみな、記憶を奪われてしまったという恐怖を知ったのだ。あの掲示板は夢物語のような都市伝説のようなものじゃない。この国は子供から記憶を奪い、自分たちを養うために子供たちを働かせているのだ。

 私はこのことを忘れないようにメモを取る。もしあの掲示板のことが本当なら、私も記憶が奪われるのは時間の問題だろう。メモを書き続ける。百ページほどあった百均のメモ帳はあっという間に埋まった。忘れてはいけない自分をすべてこのメモに残した。そして、私はこのメモがあることも忘れ、気づいたときには、この国で働いていた。


 それも、子供の姿で病院のベットのシーツを変えていた。不思議とおかしいと思うことはなかった。ペンギンの姿をした院長らしきの人にあいさつをして、シーツをすべて取り換え、看護師の格好をしたアザラシにチェックしてもらい、その日の仕事を終えた。

 自分が何者であるのかを思い出したのはこの国で船長の娘と合ったことで思い出すことができた。だが、それは思い出さない方がよかったのかもしれない。動物の姿をした住民たちは、みんな子供たちとなれ合っていたが、記憶を取り戻した私には相手もせず話してもくれなくなった。まるで見えていないかのように。

 私は船長の娘を連れ戻し、この句から脱出しようとした。だが、それを食い止めたのはこの国の長をしていたブロッコリーの頭をした大人だった。大人はこの国にはいないと思っていたのだが、長であるブロッコリーだけが唯一の大人で、この国の治安を守る大切な役目を担った人でもあった。人間の大人なのに、髪型だけブロッコリーになっているのは記憶を取り戻した後でもさぞ驚いたものだ。

「記憶、戻ったんですね」

 子供に戻っているとはいえ、私と同じぐらいなはずだ。背丈は高く、そして見下ろすその顔はブロッコリーの頭で影を生みだしているため一層恐怖を増した。

「この子は、評判高いうえ、いま連れ出されてしまうと、妖精たちが困惑してしまいます」

 長はこの子は連れ出さないでと遠回しに言っているのだ。私がそれを拒むと、長は船長の娘の手を引っ張り「この子は、とても働き者です。この国では漁に出られる子は限られているので、この子がいなくなると、漁に出られる人がいなくなってしまいます」長はこの子が大事な商品でもあるかのようにギラギラな目つきで言った。

「この子の父親が心配しているのです。ですから、この子を――」

「それはあなたの言い訳ですよね。この子はこの国にいたいそうですが」

「記憶を奪ったのは誰ですか!? この子はまだ六才です。お父さんがいるところに戻りたいはずです!」

 声を荒げると、長は私を見るなり、「それではこうしましょう。あなたを解放する代わりに、この子の代役となる子を連れてきてください」と、この子を手放す代わりに別の子を用意しろというのだ。

 それはできません。と、言いたいが、この子が助かるためと自身が助かるためと思うと、赤の他人を差し出しても悪い気はしなかった。

「…わかりました。この子の代わりを連れてきます」

 長はにっこりと笑み「交渉成立です。では、返しましょう。迎えは結構ですよ、この島が直接送り届けてくれますから」そう言うと、指を鳴らした。

 気づけば、私とこの子は、船長の船の中にいた。船長は無線で連絡しようとしていたが、娘が抱き付いたことから、ハッと我に返りこの子を抱きしめた。一方で、島は消えてなくなっていた。どこを見ても地平線しかなく。上は青く澄んだ空。下は青く、深いこそは暗闇に包まれた海だった。

 戻ってこられたんだ。私が記事に残そうと、メモを取ろうとするとメモには私が書いたであろう下手な字で書きあげられていた。仕方がなく、メモの表紙と裏紙を使って書いていると、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 気づいたときには、私は自室のベットの上で眠っていた。疲れていたのだろうか。私は服を着たままベットの上にいたのだ。しかも、海水浴後のような塩と油でべっとりとしていた。すぐに脱いだ服を洗濯機に入れ、シャワーを浴びた。しかし、臭いがこびりついた布団やシーツは使い物にならず、私は仕方がなく押し入れにあった念のために用意した布団とシーツを取り出し、それをベットの上に引き直した。

 そのとき、微かに思い出した。私は病院でシーツを取り換えていた作業をしていたことに。そして急いで洗濯機を止め、服の中にあったメモ帳を取り出した。災厄なことに表紙の裏を除いたところはすべて濡れてしまっており、かき回したためすでに読むことが困難になってしまっていた。表紙の裏を見て、あの島で何が起きたのか、掲示板に書き残した。覚えていたのはメモ帳に残したたった一ページだけだった。

「”あの子の代わりを用意して、船で×××に残すこと”」

 今思えば、長が忘れまいと頭の中に残していたのかもしれない。朝になるころには、あの島のことや船長と娘のこと、船であの島までいったこと、長と取引したこと。すべて忘れていた。

 思い出すことなく、身代わりとして迷子になっていた子供を誘拐し、あの島に送り届けたのち、私は誘拐犯として警察の身柄に拘束されたのだった。どこに隠したのか、どこに売り飛ばされたのか拷問と尋問にかけられたが、覚えていないために割り出すことは困難で噓発見器でさえも見破られることなく、私は死刑にされた。


 ――この記事が後に絵本として残り、その教訓としてオカルト雑誌にも掲載された十五年後、この島に流れ着いた少年がいた。彼の名はナナシ。名前も生まれもない彼は自らをナナシと呼び、そして大人がいない動物と子供たちだけが住む楽園へと誘われたのだった。

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子供しかいない楽園 黒白 黎 @KurosihiroRei

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