少女二人の真っ赤な青い春
Aoi人
それは甘すぎたアールグレイ
高校二年生の放課後。いつもと代わり映えのない、当たり前に過ぎ去るはずだった日常の午後5時。私の幼馴染みは、私の初めての恋人になりました。
「
聞き馴染んだ声が教室の前の方にあるドアから聞こえてくる。私の幼馴染みである
「奥さんが呼んでますよ~美紀さん」
囃し立てるクラスメイトを慣れた手つきであしらってから、鞄を持って夢実のところまで小走りで行く。
「よっ。今日はどこ寄ってく?」
「そうだね…あっ、この前駅前にできた喫茶店なんてどう?お洒落な雰囲気で凄く気になってるんだ」
「いいね。じゃ、行こっか」
鞄の位置を直してから、ゆっくりと歩き始める。
「うん!」
元気よく笑顔で返事をして、夢実も私に並んで歩き始める。
いつもの放課後。代わり映えはないけれど幸せで、私にとっての宝物の時間。ずっとは続かないんだろうけれど、それでもずっと続いてほしいって思ってしまう。そんな自分勝手なわがままなが心から離れていかない。もし夢実が私のわがままを知ってしまったら、私から離れていっちゃったりするのかな。
不意に頭に浮かんだ不安を隠しながら、夢実を横目でチラ見する。眩しすぎる横顔に、答えは写っていなかった。
学校から歩いて15分ほどの位置に、目新しい建物が建っていた。レトロな雰囲気で、住み慣れた町でもここだけヨーロッパにいるような気分にさせられる。
「噂には聞いていたけど、実際来てみると凄いね。圧巻させられちゃう」
「へへ~ん、でっしょー。私の目に狂いはないんだから!」
ドヤッ!という効果音が聞こえてきそうなほどに見事なドヤ顔を見せつけられる。普段なら反抗するところだが、今回に関しては言い訳の一つすら思い浮かばないから下唇を噛むことしかできない。
「ほらほら、そんな険しい顔なんかしてないで早く入ろ」
夢実が差し出した左手を反抗の意を込めて乱暴に取る。
「いてて」
非力な私では大したダメージを与えることはできず、夢実はほんの少し苦笑するだけだった。
(…帰ったら筋トレでもしよう。)
そう心に誓ってから、夢実に手を引かれて店内へと入っていった。
お店に入るとすぐ、二十歳前後であろう女性の店員さんが私たちの元に小走りでやって来た。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
「はい」
「では、こちらの席でお待ちください」
お店の奥の方にある二人用の席にまで案内される。シンプルな木製の椅子とテーブルは、このお店の雰囲気に合っていてとてもお洒落に見えた。
「ご注文お決まりになりましたらお声かけください」
軽くお辞儀をしてから、店員さんは厨房の方へと戻っていった。
「おお、内装も凄くお洒落でいいねぇ…」
夢実が感心したかのようにうんうんと頷く。詳しいことなんてそんなに知りもしないのによくそんな堂々とかっこつけられるなと呆れながら、私も店内を軽く見回してみる。
少し狭い店内は少し暗めの電球で照らされており、後ろに流れているジャズも相まって凄く落ち着ける雰囲気を
「ここのメニュー凄い美味しそうだよ!私はガトーショコラとコーヒーのセットにしたけど、美紀はどうする?」
いつの間にかメニュー表を一通り読み終わった夢実からメニュー表を受け取り、軽く目を通してみる。食べ物類も豊富で、軽食からデザートまでいろいろな種類がある。飲み物はコーヒーと紅茶だけで、種類は特に明記されていない。
「うーん、じゃあ私はチーズケーキと紅茶のセットで」
「分かった。じゃあ注文するね。すみませーん!」
注文は夢実に任せっきりにして、もう一度店内を軽く見回してみる。
お洒落でレトロな雰囲気の流れる店内は、座っているだけでも心が落ち着いていくようだった。うっすらとする木の香りも、私の心に癒やしを与えてくれる。
「えへへ、楽しみだね」
「ああ、そうだな」
穏やかな時間が二人を包み込んで、適度な心地よさに体が溶けそうになる。いや、もう既に少し溶けていたかもしれない。
そんな一時の安らぎを噛み締めて、まったりとしながら注文したものが届くのを待った。
「お待たせしました。ガトーショコラとコーヒーのセットと、チーズケーキと紅茶のセットです」
「ありがとうございます」
夢実は笑顔で届いた品を受け取ったけど、私は届いた瞬間の気付いてしまった。このお店の言う紅茶とはアールグレイだということに。
「わー!美味しそうだね!」
「あー、うん、そうだね…」
正直言って、アールグレイはあまり好みではない。だが、出されたものを手をつけずに残すというのも気が引ける。
(いや、まだここのアールグレイは特別美味しいという可能性も…)
結構離れた位置からでも嫌というほど匂うアールグレイが美味しい可能性は正直ほぼゼロだが、まだ口を付けていないからという一切アテにならない希望のみで紅茶に口をつける。
結果は案の定だった。
明らかに抽出しすぎているアールグレイは到底飲めるような味ではないほどに渋く、匂いも相まって嘔吐はゴールテープを切る寸前だった。
(はぁ。折角雰囲気はいいのに台無しだよ)
がっかりした気分になりつつも、取りあえず飲めるものにしようと思って砂糖をティーカップの中に放り込んでいく。
(そもそも、入れ方くらい調べてからメニューに紅茶を出せよな。まったく、恥ずかしくないのかよここの店長は)
期待していたぶんの怒りが収まらず、頭の中は紅茶への文句で埋め尽くされていた。
「ちょ、美紀!入れすぎ入れすぎ!」
夢実に声をかけられハッとしたときにはもう手遅れになっており、ティーカップの中身はほとんど砂糖のみになっていた。ただ、甘党の私からすれば、さっきよりかはまだ飲めるようにはなっただろう。
「あっはは!まったく、美紀ってときどに凄く抜けてるよね」
目の前の決定的状況をもってしては、私の反論は効力を持たないだろう。ぐぬぬとなりながらも、笑っている夢実を睨むこと以外に私にできることは残されていなかった。
「ははは。はぁ」
ひとしきり笑ってから、夢実はコーヒーを一口だけ飲んだ。そして、今度は少し真剣な顔つきになって、私の目を見て口を開き始める。
「ねぇ、美紀。もしも、もしもだよ?女の子なのに女の子を好きな子がいたら、美紀はどうする?」
「…くだらない話だね」
夢実の顔が一瞬険しくなる。少し恐怖を感じたけれど、私にとっては些細な問題に過ぎない。だから、言葉を紡ぎ続ける。
「正直、好意という感情に性別の話を持ってくることがあまりにもナンセンスだね。どうして人間は生まれ持った身体的特徴一つで複雑な感情に善悪をつけようとするのか、私には到底理解できないよ」
「つまり、どういうことなの?」
難しい言葉で誤魔化さないでとでも言うように夢実は私の目を見つめる。だから、シンプルに一言でまとめることにした。
「愛は愛だってことだよ」
「…余計に分からないよ、もう」
確かに少し哲学じみていたかもしれない。よく説明が下手と言われるのはそれが原因なのだろうか。
「でも、ありがとう。なんとなくだけど、美紀が言いたいこと、分かったような気がする」
「力になれたみたいでよかったよ」
夢実は優しく微笑んだ。その微笑みを見ていると、つい私も頬の筋肉に緩みを感じてしまう。夢実は人の頬の筋肉を退化させる特殊能力でも持っているのだろうかと錯覚してしまいそうだった。
「うん、分かった気がする。だから…美紀に伝えたいことがあるの」
先ほどの説明で乾いた喉を潤そうとして大量の砂糖が溶けたアールグレイを飲もうとしていると、夢実は真剣そうな表情で私を見据えてくる。そして、覚悟を決めたようにして口を開き始めた。
「美紀…いや、
「…はい?」
口に含んだ甘すぎるアールグレイの味を後悔した午後5時半のカフェの店内。私に、初めての恋人ができてしまった。
少女二人の真っ赤な青い春 Aoi人 @myonkyouzyu
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