最終話 もう見なかったことにしない

「賭けも終わってこれで皆との縁が切れるな」


 気持ち嬉しそうにお兄様が言う。

 わたしの顔を窺ってから


「ファニー、縁を終わらせたくなかったら、私はこれからもあなたと縁を持ち続けたいって言わないと。ただ待っているだけでは、縁なんて簡単に終わってしまうんだ」


 お兄様がわたしの頭を撫でる。


「お前はいつもその場で縁を終わらせようとするから心配だった。確かに偽りの身ではバレると大変だったりするからな。けれど、もうその制約は彼らにはないだろう?」


 トムお兄様に微笑まれ、ミリアにも背中を叩かれる。


 わたしは見ないフリをするのが得意だ。自分に合わないもの、めんどくさそうなこと全部スルーしてきた。自分の中の気持ちさえ見ないフリもしてきた。でも巻き込まれて皆様と話すようになって、わたしはいろんなものを捨ててきたつもりで、何かから捨てられてきたことに気づいた。

 踏み込むと、怖いこともある。傷つくこともある。でも、素敵なことも山ほどあるのだ。少し話しただけなら合わないと思っても、もっとしっかり向き合えば新しい何かに気づくこともあるし、合わないなら合わないという発見もある。そんな予測できない大切な何かを、わたしはひとまとめに要らない物としてきた。これはとてももったいないことをしてきたと思う。いっぱいあった宝物のようなことを、わたしは知ったかぶりをして手に入れずにきたのだ。





 午後の夜会への準備を始める前の時間に、皆様ひとりひとりに時間を取ってもらった。わたしがファニーだと伝えるつもりだ。呆れられてしまうかもしれないけれど、できたら本当のわたしと今度は縁を繋ぎたい。


 花垣のほぼ中央にある噴水には人が全くいなかった。

 そのベンチに腰掛けて、人を待つ。

 最初に約束を取り付けた人は殿下だ。



 殿下に謝る。


「嘘をついていました。ごめんなさい。わたしがファニーなんです」


「やっという気になったんだね」


「わかってらしたんですか?」


「君、穴がありすぎだからね」


 殿下に笑われる。


「……本当の婚約者の件ですが、殿下とは婚約できません」


 ふーと殿下は息を吐いた。


「そうか、残念だ」


 領地あっての申し込みではあったが、人から請われるのは、胸がざわざわするもので、なんとはなしに嬉しい気持ちを味わった。それから殿下の考えにやっぱり王族ってすごいなーと思うことがあり、そんな方に婚約を考えてみてくれと言われたのは、わたしにとって大きなことだった。


 精霊王の指輪はお城の宝物庫におさめられたそうだ。王太子様の王位継承権は剥奪されずにすんだ。殿下は早いとこ臣下に下りたいそうだ。令嬢のあの様子では、賭けの勝者以外の家宝は取り返せなかっただろうから、みんなの家宝を取り返すことができて本当に感謝していると言われた。はは、わたしは口を出しただけで、取り返したのは皆様だけど。わたしも今回のことで得たことは大きいから感謝していると告げた。


 領地に戻るのか聞かれたので、これからも王都に仕事に来ることを伝えた。少し考えて仕事を頼むことがあるかもしれないというから、喜んでと答えた。婚約者の件を断ったことで殿下とこれからも会うのは難しいだろうと思っていただけに、思わぬ誤算で嬉しかった。わたしは殿下の未来を見据える力を尊敬している。





 タデウス様にも謝る。

 やはり知っていたと言われた。

 それに昨晩、お父様である宰相様から詳細を聞いたようだ。

 バレて口止めされていたことで、辛かっただろうとねぎらってもらった。

 今までの禄を取り返してやると約束してくださる。


 取り返した手紙は貴族会議の場で公開したそうだ。その上での協議の結果、現当主の罪にはならないし、手紙は破棄されることになったんだって。本物のオッソーお姉様のことを聞かれたので、外国でたくましく暮らしていることを話した。タデウス様は外国に興味をもたれたようだ。


「もう、領地で暮らして王都には来ないのか?」


「いえ、陛下からファニーであることを隠して働く許可を頂いたので、大手を振って働けます!」


「そうか、だったら、紹介所に頼むから、また仕事を手伝ってほしい」


「指名はありがたいので、ぜひよろしくお願いします!」


 そう言うと、タデウス様は右手を出した。

 わたしも手を出して握手をする。ギュッと強くされて少し驚いたが、なんだかタデウス様と仲良くなれたようで嬉しかった。


 タデウス様は頭がいい。言葉を端折られると冷たく思えたこともあるけれど、彼は頭がいいからって、理解が遅いことを馬鹿にしたりしない。理解したいと思っているうちは歩み寄ってもくれる。いろんな可能性を考えて、その中で適した物を選んでいるのに、そこら辺を全然言わないから伝わりにくいけど、優しさを惜しみなく使う人。わたしも優しい心遣いができる人になりたいな。






 テオドール様に謝った。


「今更だな」


「わかってらしたんですか?」


「最初から怪しいとは思っていたが、まあ、だんだんな」


 それじゃあやっぱり面談中の告白は、わたしに言ってくれたことなんだ。

 カーッ、顔が熱くなる。心を落ち着けてから告げた。


「テオドール様、わたし、お慕いする方ができました。ごめんなさい」


 ふっと笑ったような息の漏れた音がした。


 見上げると、優しい瞳。

 わたしの頭を撫でる。


「そいつはいい男か?」


「……はい」


「オレよりか?」


「わたしには」


「それなら、しょうがねーな」


 鼻を摘まれる。


「幸せでいろ」


「はい」


 鼻から手が離れる。


「ん、どした?」


「テオドール様のしてくれたことや、思ってくださったこと、嬉しかったから、初めて女性として扱ってもらえて自信が出てきて、とっても嬉しかったから、ずっと宝物にします。ありがとうございました」


 取り返した魔石は無効化して壊したそうだ。その無効化の術を作るのに苦労していたそうだが、わたしの言ったことがヒントになり作れたんだとありがとうと言われた。


「もう、王都には来ないのか?」


「いえ、許可をいただいたので、リリアンの名でこれからも働きます!」


「そっか。魔術のことはオレに聞け」


「本当ですか?」


「ああ、いいぞ」


 お兄ちゃんの笑顔だ。セクシーだったり、少年のようだったり、いろんな顔をお持ちだ。こうしてまた縁が続くことを嬉しく思う。







「嘘をついていました。ごめんなさい。わたしがファニーなんです」


「……バレてないと思ってたの?」


「わ、わかってたんですか?」


「そりゃあね」


 ラモン様にもバレていた。


「それにしても晴々とした顔しているね、気持ちが……決まったって顔だね」


 気持ちが決まった?

 ほっぺを左右に引っ張られる。


「にゃにするんですか」


「激励だよ」


 黄金色の瞳がゆらゆらと揺れて、とても綺麗だった。


 教本の初版本はお城の宝物庫の中に厳重に封印をしておくことになったそうだ。だから緑の乙女が脅かされることはないから心配しないでと言われた。昨日、侯爵と対峙したことは皆様に話したが、彼が教本を見ただろうことは伝えなかった。こちらがそれを知っていると騒いだら藪蛇で暴露されそうだと思えたから。それに暴露するときは、何か取引を言ってくるんじゃないかと思っている。だからそのとき悩めばいいかと思って。皆様を悩ませるのは今は忍びないから。


「領地に帰るの?」


「帰りもしますが、許可をいただいたのでこれからもリリアンとして働きます!」


「そっか……そう言えばあのハンカチの刺繍リリーがしたの?」


「あ、はい」


「上手だね」


 決してうまくはないが、ラモン様も優しいなぁ。


「教会でバザーやるんだよね。売上金は孤児院にまわすんだけど、ただの袋やハンカチだと売れないから刺繍してくれないかな?」


「わたしの刺繍でいいんですか?」


「うん、あの刺繍、独特なやり方だよね。初めて見た」


 あれ? そんな突飛なことしてないと思うんだけど……。


「わたしでできることなら是非!」


「それじゃあ、これからもよろしく」


「はい、こちらこそ」


 フィッツがいた孤児院やイザベルたちがいた孤児院。慰問はまだハードルが高いけれど、バザーに協力するところから始めるのはいいかもしれない! 

 わたしは両親のことを思い出して向き合う練習を始めた。今までは思い出すと辛くて涙が止まらなくなるから上辺だけさらっとしか思わないようにしていた。でも泣くことも、哀しいと思うことも大事なことだと思い出した。いっぱい泣くと苦しいけれど、お母様の匂いとか、お父さまに抱っこをしてもらって耳に口を寄せて内緒話をするのが好きだったとか、思い出せた。もう会えないのは哀しいけれど、嬉しかったこと大好きだったことがわたしの中に残っていく。思い出に微笑めるようになったら、いつかリプリーの孤児院にも行けるようになるはずだ。今は、そうなるための一歩から。

 ラモン様は変わったところがおありだけど、とても真っ直ぐな方だ。クールなふりをしているけれど、仲間思いで、とても熱い人。

 やっぱり、見かけだけじゃ、人ってわからないよね!






「マテュー様」


「はい、何でしょう、ファニー様」


 その笑顔をみると、心がつまづいた。

 わたしは勇気を出してみようと思う。

 これからも会いたいというだけなのに、それが何故だかものすごく躊躇してしまう。

 ん? と覗き込まれる。


「あ、あの。……あんな目にあったのに、令嬢を訴えられなかったんですね」


 いや、それも聞きたかったことではあるんだけど。わたしの意気地なし。


「ああ、あなたを傷つけようとしたことは今も許せませんよ。ただ、あなたは許しているようだったから」


 自分が攻撃されたことじゃなくて、わたしのことを思ってくれるんだ……。


「……彼女が自分と重なって。わたしも今回のことがなかったら、いつまでも向き合わなかったかもしれないから……」


 マテュー様が一拍おいてから言った。


「やみおちって何ですか?」


 あ。


「……死ぬ方が幸せなくらい心が病むという意味かなと思って話していました」


「なるほど」


 足を止める。

 気がついてマテュー様も足を止めて、わたしを振り返った。


「わたし、前世の記憶があるんです」


 このことは誰にもいうつもりはなかったんだけど、マテュー様には言わなくちゃと思った。

 マテュー様がぽかんとしている。


「亡くなったイザベルと多分、同胞で、こことは違う世界で生きた記憶が」


 頭がおかしくなったと思われる? 


「だけど乙女ゲーのこととかは本当に知らなくて。ええと。乙女ゲー自体は知っているんですけど、イザベルの指すゲームを知らないって意味なんですけど」


 マテュー様を見上げる。


「変なこと言ってますよね?」


「いいえ。ちっとも変ではないですよ?」


 いつもの笑顔で、ほっと息を吐き出す。


「変わった料理は、その前の記憶からですか?」


「あ、はい、そうです」


「兄君はご存知なのですか?」


「いえ、このことを話したのはマテュー様が初めてです」


 マテュー様が顔を背ける。

 え? と焦ったが、マテュー様の耳たぶが赤くなっているのが見えた。

 咳払いをされる。


「初めて打ち明けてくれたのが、俺で、……嬉しいです」


 !


 今だ! 今、告げよう。今日の目的を果たすのだ。これからも会いたいって言うんだ。だってわたし、こんなにマテュー様のことで頭がいっぱいなんだもの。いくら王都に働きにきたって、会う約束をしていなかったら会うのは難しい。約束を取り付けるのは今しかない!


「わたし、あの、マテュー様をお慕いしているので、これからも、じゃなくて!」


 間違えた! これからも会いたいって言うはずだったのに!


「ええと、違くて!」


 嘘、なんでこーなる?

 マテュー様が盛大なぽかん顔だよ。


「それが言いたかったんじゃなくて。お慕いしているのは違わないんですけど。言いたかったのは、これからもマテュー様と……」


 ガバッと抱きしめられる。


「あなたは心臓に悪い」


 マテュー様に抱きしめられている。初めてではないが、ドキドキが加速する。


「俺が夜会の始まる前に言ったこと、覚えていますか?」


 夜会の前?

 ええと、あのパーティの後の。


「夜会が終わったら聞いて欲しいことがあると」


「はい」


 胸の中で頷く。

 マテュー様は腕を緩めてわたしの肩を持った。わたしをしっかりと立たせてから膝をつく。


「ま、マテュー様」


「お慕いしています。私にあなたを永遠に守らせてください」


 わたしの手をとって手の甲に口をつける。

 マテュー様がわたしを慕っているって言った。わたしを好きだって。賭けでもなくて。


「なぜ、泣くんです?」


 焦ったように、マテュー様が立ち上がる。


「賭けでもなくて、リリアンにでもなくて、演じたファニーにでもなく、ですよね?」


 マテュー様の親指がわたしの涙を拭う。


「賭けでも、リリアンにでも、演じたファニー様にでも。俺にとっては全部、同じあなたでした」


 マテュー様の胸に飛び込む。


「嬉しいです」


 落ち着くのを待ってから、肩を掴んで覗き込まれる。涙が引っ込んだかの確認だろう。


「あなたに触れる許可を」


「今更ですか?」


 今も肩掴んでるし。

 思い出すと赤面するが、結構マテュー様とべたべたに触れ合っている気がする。


「そう言っていただけると、ありがたいです。俺は無骨らしく、そういう配慮が苦手で。必要ないなら助かります」


 マテュー様が一歩近づくのでわたしも一歩下がる。


「あの、マテュー様」


「はい、何でしょう?」


「近い気がするのですが」


「触れていいのですよね?」


「ええ? あの、あのっ」


「何ですか?」


「……お手柔らかにお願いします」


「もう、あなたは」


 うっ。

 額に優しく口が寄せられる。おでこ同士がコツンとあって。

 離れたので目を開けると、すぐそばに青いきれいな瞳があった。吸い込まれそうな青だ。

 マテュー様の顔が近づいてきて。


「お前たち、何をしているのかな?」


 お兄様の隣にはトムお兄様もいる。その後ろには殿下たちも揃っていた。


「そろそろドレスに着替えないとですよ、ファニー」


 トムお兄様に言われてマテュー様と顔を見合わせる。


「マテューも着替えないとだろ。いろいろ聞かせてもらわないとな」


 テオドール様の目つきが怖い。


「規律にうるさそうで、油断ならないやつだ」


 タデウス様が呆れているように言った。


「手が早いんだ、騎士っていうのは」


 殿下がそういえば


「マテューはムッツリ」


 拗ねたようにラモン様が言う。

 ムッツリって……。


 時間が差し迫ってきたから迎えにきてくれたのだろう。

 来た道を引き返す皆様の後に続こうとすると、手を引っ張られる。

 振り向けば、腰を引き寄せられ、素早く口づけが降りてきた。目を瞑りもしなかった!


 今まで静かだった噴水が魂が入ったかのように盛大に吹き上げた。

 驚いてびくりとする。


 マテュー様は嬉しそうに笑った。


「俺は手が早くてムッツリみたいなので、リリアンが気をつけてくださいね」


 なっ。

 ない尻尾がパタパタ振られているのが見える気がした。


 皆様が振り返って早く来いと呼びかけられる。誰にも見られなかったみたいだ。

 驚いたような、嬉しいような、呆れたような、いろんな感情があったんだけど、わたしはなんだか笑ってしまった。

 これからこの大きなワンちゃんみたいな人と、一緒に時を過ごせると思うと胸が高鳴る。何が起こるかなんてわからないけれど、きっと楽しいと思う。



 不安はあった。

 乙女ゲーの世界というのが事実なら、ヒロインありきの何かが起こるかもしれない。

 6年前、わたしが前世を思い出さなかったら、イザベルのいうとおりになっていたかもしれない。わたしは両親の死に耐えきれず、未来に希望を持てず、心が病んだだろう。

 そうしたら、血筋の乙女が絶え、精霊は緑を持つイザベルと出会い、イザベルは正統派ヒロインのままに成長し、これから起こる厄災と対峙したかもしれない。

 その厄災は光と闇の精霊の力が必要となる〝何か〟なんだろう。


 だが、何はともあれ、現・緑の乙女はわたしで、そしてヒロインは不在だ。

 何か起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。それも確証のないこと。

 でも、見ないふりをするのはもうやめた。


 精霊の加護の力は大きすぎて怖いけれど、見ないふりをする方がもっと怖いことだ。

 精霊はわからないけれど、妖精は時々見えることがある。小さな人型で透明の羽をパタパタ動かして飛んでいる。庭園にかけられた魔術かと思っていたが部屋でも見える時があって気づいた。

 朝起きて、見えない何かに挨拶をすることを始めた。そして願う。もし何かの拍子にわたしが誰かを傷つけることを願ったとしても、それだけは叶えないで欲しいと。

 朝、ミルクとお水をのお皿を用意して窓辺に置く。どちらもお昼頃には空になっている。

 怖いけど、怖がらない。いや、怖いけど、一緒にいてくれる人がいるから。

 怖がってもいい、自分を忘れるなと言ってくれた人がいる。だからきっと大丈夫だ。




 わたしは心に蓋をして気づかないようにしていたことが山ほどある。哀しみも孤独も羨む気持ちも一緒くたにして、貧乏だからそんなことに心をさく時間はないのだとしてきた。でも奥底では、誰かに助けて欲しいと思っていた。誰かとともにありたいと思っていた。おしゃれしたり、友達とお菓子を食べたり、恋に恋したり、誰かを慕ったり、寄り添いあうのを羨んでいた。そして絶望的に思っていながらもいつかわたしにもそんな日が訪れるのではという希望を捨てきれず、それが一番ナンセンスだと思っていた。恥ずべきことだと。

 皆様と言葉を交わし、行動したことで、〝ごっこ〟だったのに満たされて、わたしは心の中に思ったよりいっぱいすぎる希望があることを知った。そんなわたしを皆様は受け入れてくださったから、〝恥ずべき〟という足かせが溶けていった。


 わたしは何をしたいのか、行ってみたいところはあるか、聞いてくださる方がいた。わたしはしたいこと、行きたいところがあって驚いた。わたしには願いがいっぱいあった。


 この人と一緒なら、きっと、何があったっていつだって乗り越えていける。

 買い食いするんだ。湖や海も行きたい。皆様とお弁当を持ってピクニックとかも楽しそう!

 ギュッと結んだ手に力を入れると、わたしを見て微笑んでくれた。

 わたしはきっとこの人の隣なら、どんなときも、いつだって笑えると思うのだ。



「明日、一緒に市場をまわりませんか?」


「……市場で、よろしいんですか?」


 楽しいのはわたしだけになってしまう。


「リリアンと一緒なら、それがどこでも」


 嬉しいのと恥ずかしい感情が入り混じる。


「ま、マテュー様は何がしたいですか? 行きたいところは?」


 マテュー様がわたしをじっと見た。

 ?


「あなたに触れたいです。あなたとずっと触れていたいです」


 なっ。かーーーーーーーーっと顔が熱くなる。

 マテュー様が繋いだ手をわたしの目の高さまであげる。


「こんなふうに」


 触れるって、手を繋ぐこと!? やだわたしったら、何考えてるの!?

 見透かされそうで、恥ずかしすぎて、慌てて繋いだ手を離そうとするが許してくれない。


 わたしの頬に素早く口づける。

 なっ。

 見上げれば、マテュー様は顔を赤くしながら、温かい笑顔だ。


「こんなふうにも触れたいです」


 かーーーーーーーーーーーーーーーーーっ

 全身が熱くなる。

 顔を寄せ、小さな声でささやく。


「だから、覚悟してくださいね」


 お兄様は言った。縁を終わらせたくなかったら、縁を持ち続けたいと意思表示をしないと、と。


 わたしは顔を寄せたマテュー様の頬に口を寄せる。

 驚いてから真っ赤になったマテュー様に宣言する。


「覚悟してくださいね」


 その声は大きかったのか、前を歩いていた皆様やお兄様が振り返って、わたしたちに首を傾げた。





 <転生貧乏令嬢メイドは見なかった!/完>







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 両親を亡くし、何がなんだかわからないうちに前世を思い出し、彼女は哀しむことを後回しにして、がむしゃらに生きていくことを選びました。

 脇目も振らず与えられた仕事をまっとうしてきたファニーが、賭け騒動に巻き込まれるうちに、閉じ込めていた気持ちに少しずつ気づいていき、見えないからと知らん顔していたことに向き合う覚悟をもてるようにもなりました。

 そんなファニーの恋物語、完結です。

 最初に書こうと思ったのは「家政婦が見た!」の異世界転生者メイド版みたいので、お家騒動をメイドさんが時に口を出したり出さなかったりしながら見守るってのを目指すはずで「転生貧乏令嬢は見なかった!」というタイトルが一番にできたんですが。なんかしっくりこないで、面倒ごとや見ないフリしているうちに、スルースキルを磨いてしまったファニーが誕生していました。

 少しずつですが、これから彼女は見ないことにしていたことに向き合って、自分を確立させていくんだと思います。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

 訪れてくださること、読んでいただいたこと、フォロー、応援に励まされました。

 少しでも楽しんでいただけましたら、幸せに思います。

 最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

 御礼申しあげます。

 seo拝

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