第十三章 『あの日見た夕陽、人々、時間は、常に私と共にいま流れる』



気づくと……俺は展望ルームの中央でひざまずいていた。

外の夕陽も消えていて、先ほど同じく月明りだけがこの室内を照らしている。

両手には、ゼロ先輩があの時身に着けていたテンガロンハットが握られていた。

俺はそれを抱きしめる……。


≪着弾します≫


 突然、天地がひっくり返るほどの衝撃がタワーに走る!

「ぐぁ!?」

 衝撃で展望ルーム内の残りの窓が一瞬にして割れ、俺も吹き飛ばされた。

「う……うう……」

 衝撃はその一瞬で収まった。 どうやらマイクロ波レーザーがこのタワーに着弾したらしい。

≪『エターナル』からのマイクロ波レーザー照射、中断しました。 タワー崩壊の危険があります。 タワー内部に残留しているものは直ちにタワー外部へ避難してください。 繰り返します――≫

どうやらシステムが危険度ゼロに戻ったらしい。

「くそ……早く戻らないと!」

 俺は立ち上がってエレベータへと乗り込み、管制室を目指して上昇する。


≪――繰り返します。 タワー崩壊の危険があり――≫

≪……≫

 アナウンスが途切れた?

 ということは、自己破壊プログラムが完了したということか……。 これで街を覆う電磁波が消失した。

 俺は腕時計を見る。

 時刻は午前六時四十分……。

 作戦部隊は衛星を操作して今度こそ街そのものをレーザーで破壊する準備に取り掛かるはず。

 一刻の猶予もない!


 時間にして五分弱の上昇だったが、体感的にはそれよりも長く感じたエレベータの上昇がようやく止まり、管制室前に到着した。

 俺はエレベータから飛び出すように出て、暗がりの廊下を疾走して管制室に入った!


「レイ!」

 管制室の中は瓦礫の山と化していた……!

 元々機材が多くあったのと、千メートルというレーザーの直撃地点からも近い位置にあるのもあり、直撃時の管制室の中の衝撃は凄まじかっただろう。

「レイ! どこだ!? 返事しろ!」

 

俺は耳を澄ましてレイの気配を探す。 すると――瓦礫の中から、うめき声が聞こえた。

「レイ!?」

 俺は瓦礫をどける。

「う、うう……竜、さん……」

「レイ! 大丈夫か!?」

 俺は瓦礫の中からレイを引きずり出して平らな床に寝かせる。


「レイ! レイ!」

「大丈夫……でも、はは……足が……歩けそうにないや……」

 どうやら足を怪我したらしい。

「レイ……逃げるぞ!」

「竜さんだけ逃げて……私はここに残る……」

「何を言ってる! ほら、掴まれ!」

 レイは俺の体を突き飛ばす。

「レイ!?」


「私にはもう……何もない……あの日から、私は死んでるんだ。 お姉ちゃんと一緒に……。 だから竜さん……逃げて。 これじゃああの日と一緒だよ。 今度は逃げ遅れたら助からない。 だから生きて、それが一番……建設的……」

 頭の中に、あの日の記憶が蘇る……。


「私には何もない? あの日から死んでる? 寝言は寝て言えバーカ!」

「……」

「俺も同じだった! 俺も、あの日から生きることを否定した! いつ死んでも良いって思いながら生きてきた! でも、ようやくわかったんだ! 俺たちは犠牲の中で唯一生き延びた者! ああそうさ! 俺たちは生き残った! なぜ生き残った!? 死ぬためか!? 違う! 生きるために生き残ったんだ! 誰かが生きてほしいと願ってくれたから生きられた! それを忘れるな! 死んでいった者たちの分まで、俺たちは生きなくてはならない! 生きることをあきらめるな! そして、見ていくんだ! 俺たちが歩いてきた道! 俺たちがこれから歩いていく道!」

 俺はゼロのテンガロンハットをレイの首にかけてやる。 ゼロがそうしていたように。

「姉ちゃんからの形見だ」

「お姉ちゃん……」

「レイ、お前は俺が守る。 一生!」

「私は……もう……」

「そして、俺のことはお前が守ってくれ! ……て、何言ってんだ俺。 いや、守らなくていい! 見ていてくれるだけでいい!」

「竜さん……?」

「だからレイ! これからずっと一緒だ……! 俺と一緒に、生きてくれ!」

 

レイは俺の肩に腕を回す。 そのままレイの体を持ち上げて担ぎ上げる。


「なら……守って……! 私を、今度は絶対助けてみなさい! それができたら生きてやろうじゃない!」

「任せろ!」

俺はレイを担いで管制室を出て、階段を駆け上がった!


最上階まで行き、外へ出る!


 夕陽が……いや違う。

「日の出だ……」

 俺は時刻を確認する。 午前六時五十分。 ミサイル発射までもう時間がない!

 俺は走りながら信号弾を上空に向けて発射する。


 打ち上げられた信号弾の灯りはまだ薄暗い空中廊下やゲオルギウス外壁を照らす。

 これでヘリが気づいて来てくれればいいのだが。


「ヘリパッドは五百メートル上にある! そこまで走ればミッションクリア!」

「ああ! 楽勝だ!」

「元陸上部の実力! 見せてよ!」

「一年も続かなかった元陸上部だけどな!」


 幸い、複雑なコースもない。 円周を囲む空中廊下をただまっすぐ進むだけだ! 

大丈夫! いける!


 しかし……二百メートルほど登った所だろうか……。

「はあ……はあ……!」

「竜さん!? がんばって!」

 やはり、人ひとり担いでのこの勾配の急な坂道廊下を走るのにも限界がある……!

「ぜぇ……ハア……ぐぁッ!?」

 足がもつれてその場に転んでしまう!

「ああ!」

 レイは悲痛な声を上げる。

「大丈夫か! レイ……はあ……はあ……!」

「竜さん、やっぱりあなただけでも逃げて! 私はここに置いて行っていいから!」

「おい! 二度と言うな! ……はあ……はあ……」

 しかし……そうは言っても足が動かない……! くっそ! 俺の足……頼む! 今だけは……頼む!

 その時、俺の目に留まったものがあった。

 転んだ表紙に懐から落ちたのだろう。 俺の電子メモ帳だった……。

 俺はそれを拾おうと手を伸ばすが、画面が起動されて何か文章が書きこまれていることに気づく。 

 最初は自分たちの声を検出して書き込んでいるのかと思ったが、違った……。

電子メモ帳には――。


『大丈夫! 君ならできる!』


 とだけ書かれていた!

「これ……お姉ちゃん……?」

 レイもその書かれた文章を見て驚き辺りを見回した。 しかしどこにもゼロの姿は見えない。

「へへ……ああ、見てろよゼロ……! 行くぞレイ!」

 俺は再びレイを担いで走り出した! 心なしか、さっきよりも体が軽く、そして早く走ることが出来た!

「最後まであきらめるかよぉおお!」


『アタシの分まで生きるんだよ』


「お母さんずっとリュウジのこと見守ってるからね」


『お前は俺の誇りだ! 迷わず突き進め!』


『生きてる人間が一番怖いってこと、証明してみな!』


『私の分まで、世界を見てね!』


『お前にはまだまだ聞き足りないこと沢山あんだ! ここで死んだら容赦しねえぞ!』


『これからどんなにつらい現実が待っていても、どんなに残酷な未来が待っていても、絶対また朝日は昇る! それを信じて突き進むんだ! 大丈夫私が言うんだ! 間違いない! そしたらその話を、また聞かせてヨ!』



「竜さん! 見て! ヘリが来た!」

 遠くからプロペラ音と共にヘリが近づいてくる! ヘリパッドまでもうすぐだ!


≪竜司! 急げ! 作戦部隊には数分間だけ待ってもらってる! だが時間になったら俺たちごとやるつもりだ!≫

 拡声器から佐竹の声が聞こえてきた。

「この声、佐竹さん!? ヘリに乗ってるの!?」

「ああ、またとないゲオルギウス爆撃の瞬間だ! スクープ記事のためには体を張るからなアイツ!」

≪竜司君聞こえる!? 街の歓声が! あなた聞こえてる!?≫

「ハスミ姐さん……!」



そして、俺たちはヘリパッドに着いた。

丁度ヘリもヘリポートに着地したところだった!


「竜司! 早く!」

 佐竹が手を貸してくれる。 俺は先にレイを乗せた。

「足を怪我をしてるんだ! 注意してくれ!」

 そして俺もすぐにヘリへ飛び乗った。


「いいぞ! 出せ!」

 ヘリが上昇を開始する!


――その時、ゲオルギウス、いや……街全体から、もう何回も聞いたあのメロディが流れてくる。


「オールドラングサイン……」


 ――朝日の明るいオレンジに染まった街に、衛星『エターナル』からのレーザー攻撃が

降り注がれる……。


 それはゲオルギウスの頂上に直撃したかと思うと、受電アンテナを叩き割って直下へと

直進し、地面へ激突する。

閃光を放ち巨大な爆発が起きる。


 爆発はどんどん大きくなり、ゲオルギウスを巻き込み。 そして街を飲み込んだ。


 その光景はまるで、地上にもう一つの太陽ができたかのようだった……。

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ゲオルギウスの怪物 異伝C @gene-type-c

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