㉑ マルス、嫌われすぎだろ


 レベルが上がってHPが全快したおかげで、体に刻まれていた傷がキレイさっぱり跡形もなく消えた。


 いつ見てもすごいよな、これ。こういうところはゲームそのままだったから助かったよ。じゃなきゃ、痛みを覚悟して攻撃するなんてできなかったもんな。回復するのが分かってたからこそ、ヤツに大ダメージを負わせられたんだ。


 っと、そうだ。こいつを回収しておくか。


 俺はノーブルヴァンパイアからドロップしたアイテムを拾い上げた。



【高貴なる吸血鬼の爪】

・ノーブルヴァンパイアの爪。非常に鋭くて硬質。武器の素材。



 これはイベントボスとして登場する個体からしか入手できない貴重な素材だ。俺がヤツを倒したんだから、この戦利品は俺がもらっていいよな。


 さて、どうしようかな? 四人のうちの誰かに装備させる武器にしても良し、売って大儲けするも良しだが。


 ……ん? まてよ。これで俺専用の武器を作って装備すれば、魔王軍の幹部くらいなら倒せるようになるんじゃね?


 それだけでなく、ステータス的に入手困難だったチート級の武具を獲得できるようになるんじゃ……


「エリック!」

「ん? わっとっと!」


 なんてことを考えながら背負い袋に素材を仕舞っていると、横からアメリアが飛びついてきた。たわわに実った2つの果実を腕に押しつけられる。ムニュムニュッと。


 暴力的なまでの気持ちよさに襲われ、赤面して戸惑う。そこへ、四人から次々と言葉を投げかけられた。


「すごいすごい! すごかったよ、エリック!」

「喜びなさい! このあたしが褒めてあげるわ!」

「……見事だった」

「さすがです、エリックさん」

「は、ははっ。言ったろ。ちょちょいのちょいだって」


 こ、こんなに寄ってたかって称賛されたらたたまれないな。


 あまりに照れくさくなったので、俺は話題をそらすことにした。


「それはさておき、幽閉されている女性たちを助けようぜ」




◆ ◇ ◆




 捕まっていた女性たちは皆、ノーブルヴァンパイアに吸血されたせいでHPがだいぶ減っているようだった。なのでオフィーリアが治癒して回った。それで命に別状はないだろう。


「もうダメかと思ってた」

「私、生きてまた彼に会えるのね!」

「救助が早くて助かりました」

「この御恩は一生忘れません!」

「ありがとうございました。あなたがたは英雄です」


 かなり怖い思いをしただろうから、精神的に参ってる人が多いかと思っていたけど、みんな割と元気そうだ。これならトラウマにならず、日常生活に悪影響もでないだろう。よかったよかった。


「さて、お次はこいつだな」


 俺は女性たちの介抱をオフィーリアたちに任せ、鉄格子のそばに置かれていたタルに手をかける。フタを開けて覗いてみると、中身は案の定、マルスだった。引っ張り出して仰向けに寝かせる。


「おーい、大丈夫か?」



 ペチペチ



 頬を軽く叩いてみるが、反応がない。胸が上下しているので呼吸していることは確かだが。



 ペチペチ、ペチペチ



「う~ん、ちっとも起きないな」

「そういう時はこうするのよ」

「ん?」


 いつの間にか、俺の横にシエラが立っていた。彼女は俺を押しのけると―――



 ベチンベチン!



 マルスの頬っぺたを思いっきり往復ビンタした。小気味よい打音が周囲に響き渡る。


「ちょっ、シエラ。それはやりすぎだろ」

「いいのよ。こいつにはこれくらいでちょうどいいわ」


 まあ、シエラの素手での攻撃力はそこまで高くないから問題ないか。……しかし、そうだとしても容赦がなさすぎるな。


「う、う~ん……」


 あ、起きた。


「ここは……? 俺はたしか、ノーブルヴァンパイアに捕まって……っ! ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!」


 どこかハッとしたような顔をしたかと思うと、マルスは急に怯えたような悲鳴を上げながら遠くの壁まで後ずさった。仰向けで少し上体を起こした姿勢のまま、手足を素早く動かして。


 おそらく、セレナーデに引き渡されると勘違いして怖がってるんだろう。あの女、シャレにならない恐ろしさだもんな。うぅ、思い出しただけで身がすくむ。ブルブルッ。


 っと、俺も一緒になって怖がってる場合じゃないな。


「落ち着け、マルス。ここにセレナーデはいない。お前は助かったんだ」


 俺は、ガタガタと身を震わせながら「いやだ、死にたくない!」とわめきちらすマルスのかたわらに移動すると、肩をつかんで揺さぶった。


「……へっ? 助かっ……た?」


 俺が必死に言い聞かせると、恐慌きょうこう状態だったマルスは、ようやく正気を取り戻した。焦点の定まらなかった瞳が俺へフォーカスする。


「じゃあ……ここはどこだ?」

「ヴァンパイアの根城の廃鉱山だよ」

「ノーブルヴァンパイアは……どうなったんだ?」

「俺が倒した」

「マジか……強いんだな、あんた。どこの誰だか分からねぇが、あんがと……よ?」


 ふいに、マルスが怪訝けげんそうに眉根を寄せた。その瞳が細められる。


「お前、どこかで会ったような……あ! テ、テメェはモブ野郎! たしか……そうだ! エリック!」


 マルスは弾かれたように立ち上がった。


「なんでテメェがこんなとこにいやがる!? つーか、ノーブルヴァンパイアを倒しただぁ!? 大ボラ吹いてんじゃねぇぞ、クソ雑魚モブ野郎が!」


 いや、本当なんだがなぁ。


「ウソじゃないわよ」

「あん!? ……お、お前は!」


 俺が後頭部をポリポリきながら困っていると、シエラが代わりに返答した。俺の隣に並んで両手を腰に当て、つつましい胸を反らす。なんだか汚いものでも見るような目をマルスに向けている。


「シエラじゃねぇか!」

「ちょっと、気安く名前を呼ばないでよね。ふんっ」


 そっぽを向いて鼻を鳴らす。


「エリックさん、彼女たちの治癒が終わりました」


 そこに、オフィーリア・リン・アメリアもやってきた。


「お前らまでいんのかよ!」


 マルスは目玉が飛び出しそうなほど大きくまぶたを開いた。


「エリックさん。さらわれた方々も無事に助け出せたことですし、そろそろ戻りましょう」

「みんな、家族や恋人や友達が心配してると思うから、早く会わせてあげようよ」

「(コクリ)」


 オフィーリアとアメリアが提案し、リンが頷く。


「そうだな。目的は達成したし、帰ろっか」


 そうだった。このあとまた歩かなきゃならないんだった。ゲームだと、イベントボスを倒したらすぐに場面がエルキナの都市内に切り替わるんだけど、現実化したこの世界では移動が省略されないんだもんな。


 みんなを無事に送り届けるまでがイベントってことだ。まだ気が抜けないな。


「おい、お前ら! なんでそんなにエリックなんぞと親しげなんだ!?」


 もう一仕事だ、頑張ろう。そう思って肩を回していると、マルスが四人を指さしながらわめいた。


「俺を差し置いて、よりによってどうしてクソ雑魚と!」

「あ~、うっさいわねぇ。耳障りな大声を出さないでよ。頭が痛くなるわ」

「エリックさん。参りましょう」

「行こう」

「ん? あ、ちょっと!」


 オフィーリアとリンに服の袖をつかまれ、俺はくるりと体の向きを変えさせられた。


「おいこら、無視してんじゃねぇ! 待ちやがれ! おい! 待てっつってんだろうがぁ!」


 うわぁ、誰一人としてマルスに取り合わないや。唯一、アメリアだけは気の毒そうな視線を送っていたが、それだけだ。会話しようとする素振りはない。


 完全にスルーされてる。本当に、こいつは何をやらかしたんだ? シエラやリンならともかく、思いやりのあるオフィーリアにも黙殺されるって相当ヤバいぞ。


 などと心の中で考えていると、


「く、くそがっ! 覚えてやがれ! 俺にそんなふざけた態度をとったこと、これまでの仕打ちも合わせて、いつか必ず後悔させてやるからな!」


 わなわなと震えていたマルスが、そんな捨てゼリフとともに荷物をまとめて走りだした。


「あ、おい! お前も一緒に……」


 一緒に帰ろうぜ、と俺の口は紡ごうとしたが、その前にもうマルスの姿は見えなくなっていた。







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 最後までお読みいただきありがとうございました。


 これで第一章は終了です。


 ……と同時に、悲しいお知らせをしなければなりません。


 本来なら、これから第二章を投稿するところですが、重大な問題に直面して断念せざるを得なくなりました。


 実は、第一章⑬で急激に読者様が離脱を始めまして……。ここがボトルネックになっているせいで伸び悩んでしまいました。


 このまま続きを投稿したとしても、おそらく持ち直すことはないと考え、打ち切りという運びになった次第です。


 これまで支えてくださった皆様には本当に申しわけないと思っております。


 次回作はこのようなことにならないよう、今回の失敗の原因を究明し、改善に努めます。


 応援、ありがとうございましたm(_ _)m


 ※打ち切りに至った経緯をより詳しく知りたい方は【詳細】というタイトルの近況ノートをご覧ください。

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ゲーム序盤で命を落とすモブに転生したので、原作知識を活かして死にイベントを潰したら勇者のハーレム要員に次々と惚れられた件 ~ヒロインたちは俺についてくるそうだ。無能クズ勇者は一人で魔王討伐してくれ~ マルマル @sngaoyama

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