⑳ 決戦! ノーブルヴァンパイア 後編


 ガキンッ

 ガキンッ

 ガキンッ



 一合二合三合―――


 爪と槍が交差する。


 その度、外の世界から隔絶されたかのような静粛な坑道内に硬質な音が反響した。


 くぅっ、槍と爪が激突するたびに衝撃で手が痺れる。攻撃が重い。しかも、矢継ぎ早に繰り出される。やっぱり、攻撃力と素早さの能力値の差が表れてるな。


 でも、俺はこいつの攻撃パターンを熟知してる。挙動を予測できるから、腕力と速度が劣っていても対応は可能だ。


「むぅ、やりおる! ここまで吾輩と渡り合うとは!」


 激しい攻防の最中さなか、ノーブルヴァンパイアが驚嘆きょうたんする。


「まさか、吾輩が実力を見誤るとは……。だがそれより、これは思いがけぬ収穫だ! 貴殿ほどの強者の血ならば、さぞや我が主は気に入ってくださるであろう! 多少、傷モノでもよいか! 貴殿も我が主・セレナーデ様への供物にするとしよう!」

「そいつはごめんだ!」


 両者の実力は拮抗きっこうしていた。


 しばし互角の攻防が続く。


 だが、まもなく膠着状態は破られた。


「ぐむっ!?」


 くぐもった呻き声がノーブルヴァンパイアの口からもれる。


 俺の槍が、ヤツの腹部へ突き刺さったからだ。


 こいつは爪をフルスイングしたあとに隙ができるからな。そこを狙ったのさ。

 

 ヴァンパイアへの特攻がある銀の槍での攻撃だ。一撃でHPを4分の1以上は減らせたはずだ。


「むぅ、予想以上にやる! ならば、これでどうだ!」


 ノーブルヴァンパイアが、今度は左手の爪も伸ばして襲いかかってきた。ゲーム通りだな。HPが4分の3以下になったときの挙動だ。予習済み。だが……


「くっ、ぐあっ!」


 単純に相手の攻撃回数が2倍になると、さすがに攻撃パターンが分かっていても体の動きがついていかず、すべては回避できなかった。


 まず左肩、次に右脇腹を引っかかれる。傷は浅いが切り口が鋭く、俺の体内から血がドクドクと外へ流れ出した。


 それからも俺の体に赤い線が引かれていった。HPが少しずつ削られていく。俺は徐々に壁際へ後退させられ、追い詰められていった。


「ふっ、ここまでよく食い下がったが、そろそろ限界が近いのではないかね!?」

「くっ!」


 ノーブルヴァンパイアは左の口端をつり上げた。だが、その笑みもすぐに消えるさ。


 俺は、再びオーバーアクションで攻撃を繰り出してきたところでヤツの爪をかいくぐり、横を通り抜ける間際に脇腹を一突きしてやった。


「がっ!」


 ノーブルヴァンパイアの表情が苦悶に歪む。


「はっ、油断大敵ってやつだな」


 さて、これでHPを半分以上は減らせたな。ということは、そろそろ―――


「……よくも……よくも高貴なる吾輩の体にこれほどの傷をつけたな!」


 そいつは両目をつり上げ、すさまじい憤怒ふんぬの形相をしていた。


「殺さぬように手心を加えていればつけ上がりおって! ええい、もうよい! 我が主への供物にするのはやめだ! 貴様はここで死ね!」


 その表情……思った通り、暴走状態に突入したようだな。ノーブルヴァンパイアに一定のダメージを与えると発動するモードだ。一時的に、防御力が下がる代わりに攻撃力と素早さが増す。


 こうなったら、通常モードに戻るまでは遠距離から光魔法や弓で攻撃するのが定石だが、今はそれらを使えるオフィーリアやシエラを頼れない。ちょっと前の俺なら、かなり厳しい戦いになっただろう。


 でも、今の俺には心眼がある。


「切り刻んでくれるわ!」


 激昂したノーブルヴァンパイアが地面を陥没させるほどの勢いで踏み切った。人間では身体構造的に不可能な、変則的で俊敏な動きで襲いかかってくる。


 ここを先途せんどと、俺は心眼を発動させた。その瞬間、視野が広くなり、相手の動きが緩やかに見えるようになった。自分だけ存在する次元の位相がズレたような感覚だ。おかげで、ノーブルヴァンパイアの攻撃を容易く避けることに成功した。


「むっ!? 動きがさきほどまでとは違う! 貴様、なにをした!?」

「さあな!」


 上下左右から縦横無尽に放たれる爪をひらりひらりと回避していく。


 ノーブルヴァンパイアを完全に手玉に取っている。


 そうして身をひるがえしながら、俺は反撃のタイミングをうかがった。


 今はヤツの攻撃が激しすぎて、こちらが攻撃するために動きを止めると危険だ。だから早まらない。急がば回れだ。


 焦る必要はない。俺は暴走状態時の攻撃パターンも知りつくしている。こいつはラッシュの最後に貫手ぬきてを放ってくるんだ。


 その攻撃は大振りだ。付け入る隙がある。反撃するならその瞬間だ。


 俺は緩やかに流れる時間の中で、じっと機会を待った。


「これでどうだ!」


 やがて、そのときは訪れた。ヤツは左手を大きく振りかぶった。


「はああああああ!!!」


 俺は裂帛れっぱくの気合とともに前へ出る。


 ヤツの爪と俺の槍が平行にすれ違う。


「があっ!」

「ぐぶっ!」


 俺の槍がヤツの鳩尾みぞおちに、ヤツの爪が俺の右胸に穴をあけた。


「が、ぐぅ……お、おのれ……」


 ノーブルヴァンパイアの姿が霞み、色を失っていく。存在が希薄になり、白い水蒸気となって霧散した。突き刺さっていた槍が、カランと音を立てて落ちる。


 俺はそれを拾い上げると、すぐさま踵を返し、後ろにいる四人の元へ走った。


「みんな、伏せろぉ!」


 肺に穴があいているため満足に息を吸えなかったが、できるかぎり声を張り上げた。


 俺の叫びから一拍遅れて、四人が慌てて腰を屈めた。


 彼女たちの頭があった辺りに霧が集まっていく。


「そこだ!」


 俺は濃くなっていく霧の中央へ槍の穂先を運ぶ。


 それは、ちょうど実体となったノーブルヴァンパイアを射抜いた。


「ぐがああああああ!」


 ノーブルヴァンパイアが叫喚きょうかんする。


「へへっ、残念だったな、回復できなくて」

「な……なぜ吾輩の狙いが……分かった……?」


 お前は深いダメージを負うと、いったん霧になって姿をくらませ、こっそりと女性キャラのそばへ移動して吸血し、回復しようとする。


 ヒロインを一人も仲間にしていない場合は鉄格子の中にいる女性をターゲットにするが、ヒロインがいる場合は優先的に狙ってくる。だからきっと、アメリアたちを襲うだろうってことは分かっていた。霧になったままじゃ血が吸えないことも知っていたから、あとは実体化したところを狙えばいいだけだった。


 まあ、律儀に教えてやることもないか。


「さてね。答えは、あの世で考えろよ」

「あ……ああ……セレナーデ……さま……」


 それだけ言うと、ノーブルヴァンパイアは爪を残し、光となって頭の先から陽炎かげろうがゆらめくように消えていった。


 俺の脳内でレベルアップを告げる女性のアナウンスが流れる。


「ふぅ。いっちょあがり」







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