⑲ 決戦! ノーブルヴァンパイア 前編
「あ、あいつ……とんでもない魔力よ」
ノーブルヴァンパイアを視界に入れた途端、魔力探知に優れたシエラが後ずさった。
「エリック……私、怖い」
アメリアが震える体を寄せてくる。野性的な感覚で分かるのだろう。相手の恐ろしさが。
「まさか、これほど魅力的な淑女たちが訪ねてきてくれるとは! なんという
天を仰ぎながらハイテンションに言葉を紡ぐ。
あー、俺のこと完全にアウトオブ眼中だな、こりゃ。別にいいけどさ。
「ふっふっふっ、それにつけても、見れば見るほど美しい! 貴女がたは特別に、吾輩の
「っ!」
妖しく光る真紅の瞳を向けられてリンの体がビクッと跳ねた。彼女もヒューマンにしては感覚が鋭い方だ。相手の底知れなさを敏感に悟ったんだろう。
「フハハハハハハ! ではこれより、吾輩の高貴なる血を注ぎ、眷族に加えるとしよう!」
「「「「!?」」」」
言い終えると、ノーブルヴァンパイアが動いた。オフィーリア目がけて猛突進していく。俺は即座に彼女の前方へ移動し、槍を突き出した。
「ずりゃっ!」
「むっ!?」
槍の穂先が触れる寸前、ノーブルヴァンパイアが横っ飛びで距離をとった。
ちっ、やっぱり回避率が高いヤツは攻撃を見切るのが早いな。俺の存在に気づいてなさそうだったから、ワンチャンそのまま畳みかければ倒せるかと思ってたんだが、そう上手くはいかないか。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
心の中で悪態をついていると、背後からオフィーリアの感謝の声が届いてきた。
「気にするなよ」
俺は視線をノーブルヴァンパイアに固定して
「し、信じられない速さだわ」
「……まるで力量が違う。拙者の及ぶところではない」
「ちょっと! あんなのとどうやって戦えばいいのよ!?」
アメリア・リン・シエラの間に絶望感が漂っているのがうかがえる。だから俺は「大丈夫だ」と言って安心させようとした。
「みなさん、お静かに」
けれどその前に、オフィーリアの凛とした声が響いた。三人が押し黙る。
「ここはエリックさんに任せましょう。彼だけが敵の動きに対応できました。倒せる可能性があるのはエリックさんだけです」
四人の視線が俺の背中に集中するのが分かる。俺はつとめて陽気に答えた。
「ああ、ここは俺に任せとけって。あんなヤツ、ちょちょいのちょいだよ」
それでみんなの不安もいくらか解消されたのだろう。声色から険がとれた。
「そうよね、エリックなら……。頑張って、エリック。私、あなたなら勝てるって信じてる」
「武運を」
「負けたら許さないわよ」
「心配ないって。そんじゃ、ちょいと片づけてくるから、みんなは下がっててくれ」
もともと一人で戦うつもりだったから、そういう方向に舵を切ってくれたオフィーリアには感謝だな。
胸中でオフィーリアに頭を下げつつ、俺は
そいつの後ろの壁には鉄格子で仕切られた場所があった。ロウソクの灯りで照らされたそちらへ、見るともなく目を配ると、拐われた女性たちの姿が確認できた。みんな一様に虚ろな表情で座り込んでいる。
そして、鉄格子の手前にはタルが一つ置かれていた。おそらく、あれにマルスが入れられているのだろう。そう推測していると、ノーブルヴァンパイアが口火を切った。
「ふっ、吾輩としたことが。美しい女性たちに出会えた喜びで舞い上がり、貴殿のことを見落としていたようだ。申し訳ない」
そいつは丁寧な言葉づかいで謝罪してきた。
「お詫びに、吾輩から一つ提案をしよう」
「提案?」
「貴殿の彼女たちをおとなしく吾輩に差し出してはくれまいか? そうすれば、貴殿は無事にここから生きて外へ出られる。約束しよう、吾輩の主に誓って」
後ろの四人は俺の彼女じゃないんだが……いや、そんな些細なことをいちいち訂正しなくていいか。
「(か、彼女だなんて……そんな……えへへ)」
「(失礼ね、まだ彼女じゃないわよ!)」
「(まだ、ですか。うふふ)」
「(ちょっとオフィーリア! なに笑ってんのよ!)」
「(……女三人寄れば
背後で四人が会話しているようだ。けれど俺は、ノーブルヴァンパイアの挙動を注視していたし、彼女たちとの距離が離れていたため内容は聞き取れなかった。
「せっかくだが、そいつは無理な相談だな」
「ほう? 命が惜しくはないのかね? 先ほどの槍さばきを見るに、そこそこ腕は立つようだが、吾輩に勝てるほどだとは思えぬ。貴殿は間違いなく命を落とすことになるであろう。それでもイヤだと?」
どうやら、さっきの俺の攻撃を見て戦力差を悟り、勝ちを確信したようだ。そりゃあ、ステータスだけ比べるなら、お前の方が上だ。でも、そんなに大きな差はない。そういう場合は、知識と経験で十分にハンデを覆せるんだよ。
まあ、それはそれとして、ここはモブキャラらしく、あまりカッコよくなりすぎない感じで答えておくか。
「生憎だけど、俺は小心者なんだ。もしここでみんなを犠牲にして自分だけ助かったとしたら、きっとものすごい罪悪感に襲われるだろう。ずっと胸の痛みを抱えたまま暮らさなきゃならなくなるんだ。そんな生活、耐えられないよ」
俺は槍の穂先をノーブルヴァンパイアへ突きつけた。
「だから、あんたの提案は断る。俺は末永く心身ともに平穏に暮らしていきたいんでね」
「そうか……。交渉は、決裂だな」
そう吐き捨てると、ノーブルヴァンパイアは右手の爪を伸ばした。一本一本が研ぎ澄まされた剣のように鋭い。
「では、腕ずくでいただくことにしよう」
その五指を振り上げたかと思うと、そいつは瞬時に距離を詰めてきた。俺は迎撃しようと刺突を放つ。
ノーブルヴァンパイアの爪と俺の槍が激しく衝突し、火花が散った。
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