第9話 Helo Agein

◇◇◇◇




「よお、千海。ひさしぶりじゃん」



今、自分が夢を見ているのだと、それだけ千海は理解出来ていた。目の前にいる人間とはもう、夢でしか会えるわけはないのだから。



「アンタも好きだね。普通、高校生の休日って友達とかと遊んだりするもんなんじゃないの? なんでまた、こんなガラの悪いインディーバンドの箱に通い詰めるかね」



ボンボン、ボン。耳を通じて、脳へ。そして脊髄を震わす心地の良い重低音。



千海は、そのベースの音が好きだった。いや正確にはーー。



「こら、聞いてる? ダメだよ、アンタ。学生のうちは学生らしいことをしないとさ。



目の前には、また女がいた。彼女のささくれひとつない、しなやかな指が4本の弦を魔法のように駆ける。



「ーーアハ。なーんつって。まあ、ワタシのせいか。怒んなよ、千海。ワタシは嬉しいよ。アンタが見にきてくれるの。ま、ほかの奴も練習来るまで時間あるし、どうする? なんか飲む? って未成年か」



忘れる訳がない。忘れることが出来る訳がない。


バチバチに決められた耳ピアス。クマが目立ち、気だるそうに垂れているのに、鋭い目つき。雑にしか手入れされてないのに目を離せなくなる銀と黒のツートンヘア。



「アハハ。そ。物好きだね。まあ、うん。いいよ。年端も行かない高校生をたぶらかすの楽しいし。……音合わせるから聞いていってよ、千海」



また、鳴り響く音。ピックが上下する度に、腹の底が揺れる感覚。脳が痺れる感覚。



千海にはとにかく、そこが心地よくて。



「ああ、楽しいな……。これがずっと続けば良かったのに。ね、千海」



音の海の中、彼女の声が聞こえる。その言葉が叶わないことを千海は知っている。



たのしい時間は、幸せな時間は決して続かない。いつか、終わりが来るということを。




「ワタシのこと、忘れんなよ」

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異世界ライフに幸せを! 私は何度死んでも諦めない〜35歳独身男性が"死に戻り"しながら優雅な早期リタイア生活を目指し異世界でヴァンパイアの奴隷から成り上がります〜 しば犬部隊 @kurosiba

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