脇役令嬢のはずなのに、なぜか悪役令嬢にヤンデレられて困ってます~王太子からの顎クイは結構です

嶋野夕陽

一話目

 多分私の人生は二度目だ。


 覚えていないだけで、間にオケラとかになっている可能性はあるが、記憶にある限りではそのはずだ。死んだ理由までは覚えていない。しかし最後はアラサーの女性だった気がする。上下どっちに振れていたかは乙女の秘密。


 その乙女だが、現在は伯爵家の令嬢として学校に通っている。今では「おほほ」と「ですわ」を標準装備した立派なお嬢様だ。多分上手に擬態できている。


 幼いころはとんでもない世界に来てしまったと思い、必死に勉強したものだった。理解力が高かったせいか、神童扱いされたこともある。

 しかし、前世の常識とかが邪魔をしたせいで、お勉強は特別できなかった。おかげさまで二桁年齢になるころには、すっかりただの人扱いになっていた。情けない。


 この世界、実は「ヤンデレ男子」を落とす乙女ゲーの世界だ。涙あり、感動あり、剣と魔法あり、監禁あり、血しぶきあり、殺戮ありの、やべー世界である。


 伯爵令嬢こと私、ソフィー=ステュアートは、ステュアート家の長女だ。跡継ぎに関しては、素敵なお父様がお外でお作りになった、金髪碧眼の可愛らしい弟君が継いでくれるので心配はいらない。

 ちなみにこれに関して弟君への嫌味は一切ない。本当に実に可愛らしいので、小さなころからお砂糖マシマシで甘やかしている。


 長々と現実逃避をして、生まれてからのことを思い出していたのだけれど、私はこれが走馬灯でないことを願っている。

 そっと伏せていた顔を上げてみると、冷たい印象を受ける美少女が柳眉を逆立てている現実は変わりなかった。


「そうですか。ソフィーは、あの薄汚い女の味方をされるのですのね」


 教室の温度がぴしぴしと音を下げて低下し、夏も近いというのに吐く息が白くなる。

 殿下の許嫁であらせられる、公爵令嬢アメル様が、紫色の冷たい瞳で私のことをじっと見つめた。滅茶苦茶な美少女だから余計に怖い。どちらかと言うと狸に似ている(いい意味で)私は、寒さに自分の身体を抱きしめる。


 ゲーム内のアメル様は、主人公に滅茶苦茶な嫌がらせをしてくるキャラクターだった。しかし、ちょっと悪事がばれただけで、ここまでぶちぎれるかな!?

 私が知らなかっただけで、ゲームの描写外では案外こんなだったのかもしれない。そうだとしたら、長年彼女のことを勘違いし続けてきたことになる。

 攻略対象がヤンデレばかりだからって、あなたまで病まないでください! でも案外お似合いかもしれない。暴力をふるって愛を確かめる王太子とは、案外お似合いかもしれない!


「だんまりですか。許せませんわ」

「あの、お怒りはごもっともなのですが、アメル様も私も、立場のある身ですわ。落ち着いて話し合いませんこと?」


 これでも幼少期から長いこと仲良くやってきたのだ。

 小さなアメル様はそれはもう天使のように可愛らしかったので、弟同様甘やかしまくってきた。

 本当は王太子との結婚も、幸せになれないかもしれない可能性を考えて、心の底では応援したくなかったのだ。しかし、彼女があまりに真剣だからまじめにアドバイスを続けてきた。互いに親友と言ってもいい関係だと私は思っている。


 だからこそ、彼女が身を亡ぼす原因になるいじめは、私が全部阻止してきた。

 ある時は汚した靴を新品に取り換え、またある時はぼろぼろになったテーブルを朝までに綺麗に磨いておいた。水を被せようと用意しておいたバケツを間抜けなふりをしてひっくり返したこともあるし、なんならキレて魔法を直接ぶち込もうとしたとき、転んだふりをして我が身を犠牲にしたこともある。

 死ぬ程ではないとわかってたとはいえ、あれには勇気が要った。


 で、今それが全部ばれたっぽい。もしくはバレてて堪忍袋の尾が切れたのかな?

 もうダメかもしれません。

 でも、こんなイベントはゲームシナリオにはなかったはずだ。アメル様のコバンザメ、小物伯爵令嬢ソフィーは、シナリオ終了までは死ななかったはずなのに。


「あなただけは、絶対に裏切らないと思ってましたのに。殺すしかありませんわ。あなたを殺して私も自害いたします」

「ころ、じがい!?」


 なんでそんなことで思い切っちゃうんですか? ヤンデレる相手間違っていませんか? そういうのは殿方に見せてこそ魅力的になるので、私相手に発揮しないで欲しい。愛と信頼の深さを私に見せないで欲しい。


 私はアメル様のことを嫌っているわけではない。むしろ大好きだ。

 ひたむきで、素直で、美しくて、努力家で、魔法の腕が立つ。

 ただ欠点としては、少し思い込みが激しくて、ちょっと短気なところがあるくらいだ。その欠点のすべてが、今私に向けられていた。


「飼い狸に噛まれた気分ですわ」


 認識に違いがあるようだった。私はアメル様のことを幼馴染であり、妹のようにも思っていたのだけれど、あちらは私のことを飼い狸と思っていたらしい。逆切れしても許される気がする。


「ちょっと待ってください、アメル様。私の話も聞いてくださいませ。実は……、実は、あの王子、恋人に暴力をふるうタイプのやばい奴だって噂がありますの! アメル様がそんな方とご結婚されるのが、私心配で心配で、あの子に押し付けてしまえばと」

「そんなこと知っていますわ」

「そう、知ってますわよね! ですから……え?」

「知っていますと言ったんですの。そんなどうでもいいことより、私は貴族間の暗黙のルールを守らないあの娘に教育をしてやろうとしただけですの」

「どうでもいい!?」

「身を挺してでもあの娘のことを守るんですもの。ずっと一緒にいた私のことより、娘のことの方が大事ですのね……。許せません、絶対に許せませんわ……」


 アメル様が言葉を止めて、ふと微笑んだ。

 対する私は多分引き攣った笑顔だ。


「だからあなたを殺して私も死にます」


 わぁ、めちゃくちゃ決意が固い時の顔してますわ。もうほんとにダメかも。

 そのくそでか感情は、一体どこで育まれたんでしょうか?

 幼いころに、犬に襲われたのを助けたとき?

 それともダンスパーティで、男の子たちにいじめられてるのを助けたとき?

 イベントで首に小さな怪我を負うはずだったのを思い出して、代わりに私が手に怪我を負ったとき? それともそれともそれとも。


 思い出しているうちに、十分私に罪がありそうな気がしてきた。だって可愛かったんだもの、アメル様。もちろん今もとても美しい。


 アメル様の背後に氷柱が並び、その切っ先がすべて私に向いている。もしかして私、これからあれにぐさぐさにされて死ぬのだろうか。いくら可愛い相手からとはいえ、流石に殺されたくはない。何とかならないものか。


「ソフィー、私もすぐに逝くわ」


 いい笑顔で言わないで欲しいよ、ちょっとドキッとするから。いよいよダメかと思った時、教室のドアが勢いよく開けられた。


「何してんだ、てめぇ」


 おお、いつもだったらさっさとどっか行けと思う王太子様の登場だ。

 過去一いいタイミングに、わずかながら私の中の評価上昇。小さい時アメル様を率先していじめて、私に水までかけてくれたのを、今なら許してやってもいい。

 王太子の登場に、アメル様が魔法が解く。体の震えが少しずつ収まっていく。


「ヘンディ様、こんなほこりくさい教室にどうされたんですの?」

「お前こそ、その女と二人で何してんだよ」

「私は……、私とソフィーは友人ですので。二人だけで話したいこともありますわ」

「嘘つきやがれ、全部外で聞いてたぜ」

「……悪趣味ですわね」


 ぼそっと呟いたアメル様の言葉に、私は目をむいた。アメル様が王太子に毒を吐いた姿を初めて見た。


 王太子がつかつかと歩いてきて、私の前に立つ。燃えるような真っ赤な髪に、少し吊り上がった気の強そうな目じり。歯を見せてにっと笑うと、肉食獣のような八重歯が少しチャーミングだ。

 その王太子が、私の顎をくいっと持ち上げる。

 目と目が合って、もう寒くもないのに私はわずかに震えた。

 いきなり何をしでかそうというのだ、このDV王子は。モテる奴はやることが分からなくて怖い。


「やっぱり、面白れぇ女」


 その笑顔は魅力的ではあったが、アメル様との関係や、本人の性格、未来の行動を知っていると、まったく嬉しくない。というか、この状況を脱しても、最終的にアメル様に殺される可能性が高まった気がする。やっぱりろくでもない王子だ。さっきの評価上昇取り消し。


 パンと音がして、王子の手が弾かれる。驚いたことにその手を払ったのはアメル様だった。


「この子は、私のものです。勝手に触らないでくださいます?」

「うるせぇな。俺が気に入ったって言ってんだろ」


 背の高い二人が、私の頭の上でバチバチとにらみ合いを始める。

 何かがおかしい、何かがおかしいのだけれど、緊張感が溢れるこの場で考えがまとまるとも思えなかった。

 私はこっそりと魔法で足音を消して、気配を薄くし、抜き足差し足二人から距離を取った。


 暴力王太子が開けっ放しにしておいてくれたドアをくぐる。

 二人とも立場のある身だ。放っておいても流石に殺し合いにまでは発展しないだろう。いくら王子といえど、公爵令嬢を気軽にどうにかできるものではない。


 そういえばこの二人の仲が良くないというのもまた変な話だ。ゲーム内の主人公に落とされるまでは、割と二人の関係は良好だった。


 ゲーム内のアメル様は、許嫁として割とちゃんとヘンディ王子のことを好きでいたような気がする。だからこその嫌がらせだったはずなのだが、今はそれほど好きでもないらしい。

 これが現実とゲームの違いであるとするのなら、先の予測が立てづらくなる。

 とはいえイベントらしきもの自体はちゃんと発生しているから、まるで違うというわけでもないのが難しいところだ。どこまでがゲーム準拠で、どこからがそうではないんだろう?


 そんなことを考えながら私は消音の魔法を解くと、旧校舎を抜けて購買へと足先を向ける。

 アメル様に呼び出されたおかげでまた昼食を食べていない。可愛そうなお腹がきゅるきゅると鳴いているので、私はまずその子のご機嫌取りをすることにした。

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脇役令嬢のはずなのに、なぜか悪役令嬢にヤンデレられて困ってます~王太子からの顎クイは結構です 嶋野夕陽 @simanokogomizu

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