今更戻れと言われても、醜いカエルの追放聖女の私がやっと元の姿になれたので、もう二度と戻りません。【コミカライズされました】

藍上央理

第1話

「アレイシア! おまえとの婚約を破棄する!」


 いきなり王宮に呼び出されて、聖女である私に、ガリウス王子が言い渡した。急遽集められた貴族たちの前で、私はポカンとするしかなかった。


 王子の隣には美しい公爵令嬢ミリアム様がいて、私をおぞましいものを見るような目つきで見下ろしている。


 婚約者のガリウス王子はもとより、それは周囲の貴族たちも同じ意見のようだ。


「おまえのそのカエルのような醜い姿、見ているだけで吐き気がする。聖女と偽り瘴気を発する体で、この国に危険を及ぼしているのは分かっているのだ!」


 醜いと言うだけで私は王子から婚約破棄を言い渡されたのだろうか? それとも、聖女と偽って瘴気を発しているという理由で、婚約破棄されたのか?

 でも、王子の隣に公爵令嬢がいると言うことは、王子は国の義務を放棄して、ご自身の恋愛を優先されたのだと分かった。


 元々生まれる前から定められていた、聖女と王族との血脈を守る約束事。

 大昔、この国に地獄に通じる大穴が空き、ただならぬ量の瘴気が吹き出して、王国は滅亡の憂き目に遭った。

 そのとき、聖女が天より降臨し、王国の瘴気を押さえ、この国を守ったと言われている。

 代々、国王は聖女と婚姻することで、王国を聖女に守護してもらう約束を果たしてきた。


 もちろん私も生まれる前からその約束のために、王子との婚約は決められたものだった。王子とは従兄弟同士で、数多くの従兄弟姉妹の中で、唯一私が聖女の力を持っていたからだ。

 まるで示し合わせたように、いつも代々の聖女と王子は従兄弟同士と決まっていた。だから、気心も知れた幼馴染みのようなものだと思っていたけど。


 王子も大人になったら、やっぱり美しいものを好むようになるのねと、私はぼんやりと考えながら、王子の御託を聞いていた。


「よって、おまえを国外追放に処する!」


 はぁ……、呆れてものも言えない。私だって好きでカエルみたいな不細工でいるわけじゃない。聖女になる女性は、生まれたときから醜いのは決まっていることじゃないの。

 一緒に育ってきた姉妹や従兄弟たちは目を見張るばかりに美しいのだけど……。


 多分聖女の力のせいとは思うけど……。


「アレイシア様、ご安心なさって。ガリウス様はこれからはわたくしが支えていきますから」


 ミリアム様が誇らしげに私に言った。別に彼女に何かしたわけじゃないのに、どうも嫌われているみたいだ。

 何も言わない私にガリウス王子が、哀れむような目つきで付け加えた。


「おまえから何か言い訳することはないか?」


 いや、言っても聞いてくれそうにないじゃないですか……。と、私は首を振った。

 横目でチラチラ貴族たちの様子を見ると、彼らも王子と同じ思いらしい。

 私は深いため息をついて、このことをどう母に伝えたものやらとそのことだけが気になった。



***



「何ですって!? 最近、国王と王子の言動がおかしいと思ったら!」


 案の定、母と姉妹たちは大騒ぎした。


「仕方ないわよ、私が醜いのをガリウスは小さい頃からいやだったんじゃない? 私はガリウスと結婚するのは決まり事だから受け入れてただけだし……」

「失恋の痛手は負ってないみたいで良かったわ」

 姉がしみじみと言った。


「でも外見でアレイシアを判断するなんて、王子は馬鹿ね」

「近日中にこの国から退去するようにってお達しだから、明日中には出て行かないといけないみたい」


「はぁ!?」


 姉妹だけでなく、母さえも呆れたような声を上げた。


「そんな馬鹿な話、あって堪るものですか! こうなったらおまえ一人でこの国を出させやしません! わたしたちも一緒に隣国に出て行きましょう」


「いやいや、お母様、この屋敷を出て行ったあとどうなさるの? 隣国にわたしたち家族が住めるような場所があるのかも分からないのに……」


 すると、母が片目をつぶって見せる。

「アレイシア、そのための一族よ。わたしたち聖女の一族はいつでも一心同体。隣国の国王に話をしてみるわ」


 と言うわけで、母は一族の長たちと会合を開き、夕方には隣国の国王と内密の連絡を取り合って、屋敷に戻ってきた。



***


 

 私は隣国から迎えに来た馬車に乗る前に、自分が生まれ育った屋敷を見上げた。

 寂しくないと言ったら嘘になる。悔しくないかと言われると、それに関してはどうか分からない。

 今まで受けてきた聖女教育から解放されるのは嬉しいし、ほっとする。


 それに、幼い頃から醜いだけでなく、とにかく私は体が弱かった。

 今だって体の節々が痛い。

 いつか体や顔だけでなく全身がカエルに変化するかも知れない。

 でも仕方ない。それが聖女だもの。


 そう、私は聖女という役目に絶望してもいたのだ。


「さぁ、馬車が出るわよ、アレイシア」


 姉に言われて、私は隣国の国王が用意した馬車に乗って、隣国に出発した。



***



 王都から遠のくほど、私の気持ちは晴れやかになっていく。

 無気力だった気持ちが、これからは新しい人生を送るのだというわくわく感に変化していくのが分かった。

 今まで味わったことがないほどの開放感!

 それに体の痛みまで消えていくようだ。


「アレイシア様、そろそろ、国境です」

 

 一緒に乗車している隣国からの使いの男性が、私に告げた。


「わぁ!」

 

 私は車窓から、外を眺めた。

 生まれ故郷を囲む深い森がひらけて、花が咲き誇る果てしなく広い草原が現れた。

 

「下りて、お花を近くから見たいわ! お願い」

 

 我が儘かも知れないけれど、私は心から花を愛でたいと思ってお願いしてみた。


「いいですよ」


 急ぐ旅ではないから、と使者は笑い、馬車を街道沿いに止めてくれた。


 私は急かされるように馬車を降り、花畑へ走って行く。

 なんだか体が軽い。馬車の中でなんとなく感じていたのは嘘ではなかった。

 節々の痛みが消えて、背中のこわばりがなくなった!


 私は久々に伸びをしていた。

 空気がすがすがしい!

 花の香りに包まれて、私は解放された嬉しさでくるくると踊るように軽やかな足取りで回って見せた。


 ダンスを踊ることも出来なかった私が、こんなに軽やかに踊ることが出来るなんて!


 嬉しくて嬉しくて、何だか涙が溢れてくる。息を吸っても苦しかった肺いっぱいにすがすがしい草原の空気を吸い込んだ。 

 花を摘もうとかがみ込み、そっと花の茎に触れたとき、私は初めて気付いた。


「え?」


 手が……指が……なんだか違う……。


 灰色でイボだらけだった私の手が……透き通るほど白いすべすべとした肌に変化している。爪は桜色で、節くれ立っていない、スッと伸びた長い指。手首から腕にかけて視線を動かしていく。


「え?」


 イボだらけで、硬い皮膚に覆われてひび割れていた私の腕が、すらりとした細く滑らかな肌に変化しているではないか!


 思わず、私は自分の顔に手を当てた。


 ゴツゴツとした頬、突き出た顎と眉間、吹き出物とイボが混じり合った灰色の肌が、指先でなぞっただけで全く違うものだと自覚できた。

 唇まで違う。今指で触れているものはぷるぷるとした柔らかなもの。ひび割れて固く分厚い唇じゃない。


「嘘……」


 何かが大きく変わったことだけは分かる。でも、それが実際に自分の身に起きているのが信じられなかった。


「使者さん!」


 馬車で待っている使者を振り向くと、彼も驚いたような目で私を見ていた。



***



 隣国の王家に迎えられて、私と聖女一族は王宮にほど近い土地と立派な屋敷を与えられた。


 何不自由ない生活を保障されたので、私としては何か見返り的なものを要求されるかと思っていた。けれど、隣国の国王は母国の国王やガリウス王子のような人としてどうかと思うような人物ではなく、とても慈悲深くて心穏やかな方だった。


 それに、国王も、私が味わった母国での辛かった日々を労ってくれているのか、最初の何ヶ月かは私をそっとしておいてくれた。と言うか、私の力は無意識に周囲を広範囲にわたって浄めるものだったから、私が頑張ったり気を遣ったりしないようにという心遣いだったんじゃないかな。


 隣国にも瘴気の影響があって、森や山深い場所で旅人や商人のキャラバンを襲う魔物が出現していたけれど、私が入国してからしばらく後、そういった襲撃報告もめっきり減ったそうだ。


 隣国でも私はやはり聖女の力をなくしたわけではなかった。でも、母国にいたような辛い過酷な役目ではなく、ほんの少しの力で自分の周囲を、王都から遠い、魔物が出る地域を全て浄化出来た。疲れたらひと晩眠るだけで体力も力も回復できた。


 そんなあるとき、国境で魔物を現れて、旅人を襲っているという話を耳にした。かなり母国の近くらしく、私が赴かなければ抑えきれないだろうと両親が私に告げた。


「あなたが、無理をして国境まで行く必要はないのよ? かなり地獄の穴に近いところだから、そこへ行けば、あなたに影響がないとは言えないから」


 そう……、私がまた醜いカエルのようになってしまって、体を壊すことを両親は心配してくれているのだ。

 でも、この国の民が苦しめられているなら、居場所を作ってくれた恩に報いる為にも、私は行かねばならない。

 寝てれば治る私の代償と、他人の命を天秤にかけられないし。


「討伐隊を向かわせているから、そなたは屋敷にいなさい」


 隣国の国王は、私の体を心配してそう言って下さった。


「この国にも優秀な魔法使いは大勢いる。彼らに浄化を任せて、そなたは安全を第一に王都にいなさい」


 国王も私が遠隔の地にも影響出来る力の持ち主だと言うことは分かっている。でも、地獄の穴が近くにあってはいくら優秀な魔法使いでも疲弊してしまい、最悪命の危険もある。


「国王様、一日あれば、国境に結界を張れるはずです。そうすれば、この国に限り瘴気から守られると思います。是非、行かせて下さい」


 私が国王に何度も進言すると、とうとう国王も折れて、第一王子のジュード王子に命じた。


「ジュード、聖女の身辺を護衛しなさい」

「はい、父上」

 無表情でジュード王子が返事をしたのを見て、私はちょっと冷めた目で、と言うかガリウス王子の件もあって、ジュード王子も父親に言われて仕方なく護衛してくれるんじゃないかなと思った。


 でも、それは間違いだった!


 現場に近づくにつれて私の体が悲鳴を上げて変化し始めた。十何年もかけてカエルのようになったのと違って数時間で瘴気を吸い込む負荷に私の体が悲鳴を上げた。


「うう〜〜〜」


 呻いてうずくまる私の体が、ジュード王子の目の前で見る間に醜く変わっていく。

 私は構わないけれど、ジュード王子はさぞかし気味悪く思うだろうな……。ガリウス王子とミリアム様のおぞましいものを見る目つきを思い出した。


 それなのに、ジュード様は私を抱き上げていったのだ。


「お辛いようならすぐに戻りましょう」


 まっすぐな黒い瞳で私を見る心配そうな面持ちは、嘘偽りのないものだった。


 いや、でも、ほっといたら、この国の人達が困るでしょうが! 私は痛みを我慢して勇気ををふるった。


「いえ、このくらい慣れてますから。ここで戻ったら、結界なんて張れないでしょう? 結界さえ張ってしまったら、瘴気はこの地から消えます」


 王子はしばらく思案して困った顔をしていたけれど、

「もう一度、倒れたら、そのときはどんなことがあろうと王都に連れ戻しますよ」

 と言って、私を抱きかかえたまま、魔法使いたちが準備した魔方陣へ連れていってくれた。


 もちろん、そのあと、私は見事に結界を張って見せて、この国から瘴気を断ってみせた。


 それでも、私の体から瘴気が抜けるのに少しだけ時間がかかったけれど。ただ、意外に思ったのは、ジュード王子の醜い私と元に戻った私を見る目が、全く変わらないことだった。


 それ以来、少しジュード王子に対して気持ちが変わっていったように思う。



***



 あれから、一年が経った。


 今日はジュード王子の誕生日だ。侍女の力を駆使して、ジュード王子の誕生日を調べさせた。サプライズをしようと考えたけれど、ジュード王子の好みではないものをプレゼントしたら迷惑かも知れない。

 

 ここは率直に訊ねてみるべきだろうか。


「アレイシア様、ジュード王子がお見えです」


 侍女が自室で読書をしている私に告げた。


 ジュード王子はこの国の第一王子だ。第一印象はとても真面目そうで感情を表に出さない人に見えたけれど、親しくなってきて、それは見かけだけだと分かった。


 今日も何かのついでと、たまたま屋敷の近くを通ったからという理由で、花やお菓子や果物を手土産に、訪れてくれる。


 第一王子だし、聖女の私に気を遣ってくれているのだろう。だから、知り合いのいない私を気遣って様子見をしに来てくれていると、あとから知ったときは優しい人だなと思った。あったばかりの頃は、ジュード王子に対して特に感じることはなかったけれど、国境の瘴気の一件以来、彼のことが気になってならない。


 こんな気持ち、ガリウス王子にすら抱いたこともないし、ましてや他の男性にすら感じたことがなかったせいで、ジュード王子と会うたびに、自分が気難しい顔をしてないか、素っ気ない態度になってないか、気になって気になって……。ましてや、ジュード王子と目が合ったときに赤面していることがばれてないか……。


 わたわたしながら本を置くと、私は急いでジュード王子を出迎えた。


「ごきげんよう、ジュード様」


「今日もお元気そうで何よりです」


 ジュード王子の受け答えはいつも簡潔で、何を考えているのか分からない。

 でも外見で私を判断しない人だと言うことは分かってるから、それで充分。好きとか気になってますとか、それを面と向かって言うのは憚られるけど。


 居間に案内して、お茶をもてなした。手土産は巷で流行っているお菓子だったのでそれを茶菓子として振る舞う。


 ジュード王子を意識すればするほど、私は口数が減っていく。元々ジュード王子も口数が少ない方だから、気まずいような空気が流れる。


 でもいつまでも黙っていては、誕生日を祝えない。


「あ、あの……ジュード様」


 私が口を開くと、ジュード王子の瞳がより一層私を見つめてくる。


「あの……、お誕生日、おめでとうございます……、もしジュード様が欲しいものなどありましたら教えていただきたいのですけど……」


 すると、ジュード王子が驚いたように目を見開いた。綺麗な黒い瞳がキラキラと輝いて見える。

 そっと節目になって、ジュード王子は俯いた。


「あ、あの……、失礼を言ってたら私……(ごめんなさい)」

 と言い切る前に、ジュード王子が赤らめた顔を上げて小さな声で答えた。


「これから先のあなたの時間を私にわけて下さい」

「え?」


 ジュード王子の控えめな言葉の意味が分かるまで、多少の時間がかかった。



***



 ジュード王子に見初められて、私は彼の婚約者になった。



 今私はすごく幸せだ。愛する人と、そして私が守りたい人々に囲まれて、何不自由なく暮らしている。

 親族のほとんどが隣国に移住してきて、母や姉といつでも会える。


 そして、みんなが私を見て言う。


「聖女様はなんて美しいんだ。まるで天から下りてきた女神のようだ」と。



***



 今、母国だった国は大変なことになっているそうだ。

 地獄の大穴から吹き出る瘴気が全国に蔓延して、国のあちこちで魔物が出ては人々を襲っているらしい。

 国王も押さえ込もうと努力しているらしいが、全く効果がないそうだ。


 そんななか、一通の手紙が私の元に届いた。

 ガリウス王子からの手紙だった。


『私が皆悪かった。おまえに是非戻ってきてほしい。私の国を助けてほしい』


 えっと……、こういうのを一般的になんて言いましたっけ?


 虫が良すぎる。


 今更戻ってきてほしいと? 聖女としてあの尋常でない瘴気を一身に背負って生きろと? 


 いいえ、私は本当の私になって分かったの。

 私を必要とする人達の側にいる。

 私のおかげで齎された恩恵にあぐらを掛いて、あまつさえただ醜いからと追放し、いわれなき罪を着せた国がいくら謝ろうと、それは無理な話。

 多分あの国にいれば私は近いうちに死んでしまったかも知れない。

 戻っても、私を道具としか思ってない人達と、暮らしていくことは出来ない。

 私の人生をかけるだけの意味がない。


 だから今更戻れと言われても、もう遅いの。私は二度と戻らないと決めたの。私はこの国で新しい人生を歩んでいるんだもの。

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今更戻れと言われても、醜いカエルの追放聖女の私がやっと元の姿になれたので、もう二度と戻りません。【コミカライズされました】 藍上央理 @aiueourioxo

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