第8話 魔界、昏きアスタルテ書房
見ず知らずの少女を引き連れ、新幹線の長旅になり、僕と少女は京都駅に辿り着いた。
コロナ禍で人影がまばらな京都駅の雑踏を抜け、タクシーに乗り、希死念慮に虜になった少女の介抱をしながらアスタルテ書房の闇へ行く。
繁華街の四条河原を抜け、寺町通の狭間の路地裏へ歩いたころにはもう、夕闇がほんのりと迫っていた。
晩夏とはいえ、京都の夏はまだまだ暑い。
ちょうど、今日は大文字焼きがあるらしく、コロナ禍であっても、人混みが増え出している。
今年は数年ぶりの開催らしい。
「あなたって、太っ腹ね、あたしを旅行に連れて行ってくれて」
一人の死にたがりの少女に僕は奢ったのだ。
馬鹿らしい。
アスタルテ書房は分かりにくいビルとビルの狭間にあった。
人づてに聞いてやっとたどり着いた魔界は、江戸川乱歩が好きな耽美、ミステリアスな弑逆を愛する僕らを排除しなかった。
身体中、汗だくになりながら、その古書店の灰色の門扉を開けると、死にたがりの黄昏少女は、アッと小さな歓声を上げ、僕ら一行はその魔境に流れ着いた。
「すごい。ここ、全部、残酷な本がある」
うず高く積まれた耽美系の本がずらりと狭いビルの店内、に深紅の血が混ざり合うように並んでいる。
残虐さをアプローチする古書は僕にとっても刺激的だった。
「ここには江戸川乱歩の初版本もある」
少年Aと宿命づけられぬ、僕らにはこういった文化的で退廃的な、古書店にたむろするしかない。
あの少年殺人者のように僕らは死への欲動を抑制できない筈だった。
ただ、勇猛さが足りないのだ。
その白刃を徹底的に呈する強気が僕らにはない。
ナイフを購入した夜に床の間に飾るのが関の山だ。
まるで、三島由紀夫が愛した日本刀じゃないか。
名刀でもない西洋型ナイフを逆に殺人鬼の上等手段としても使えず、自傷行為の道具として、惨めな僕らは用いるのだった。
「すごいね。腸詰殺人事件の話なんかしたら、学校のみんなは白い眼で見るのにあなたは、あたしの煩悩を真摯に聞いてくれた。あたしの命の恩人」
アスタルテ書房の店頭に模型の髑髏があった。
「この後、大文字焼きを見に行かないか。宿屋にはその頃、戻ろう」
未成年を偽って止まった宿屋で夜半、家でした少年と少女が何をやるのかって?
それは空蝉の文を業火の炎に焼き尽くすんだよ?
知ったことか。
「大文字焼きの起源は死者の出迎えなんだ。彼岸へ逝くように」
少女にブラックジョークは通じるのか、長旅に浮足立った少女には聞こえない。
「あたし、抹茶パフェ食べたいな」
少女が希死念慮そっちぬけで京都観光を楽しんでいる。
レジの前に置かれた骸骨の窪んだ眼窩から怪しく、人魂が見えた気がした。
もちろん、これはレプリカだと思う。
いや、レプリカじゃなくて、実は……。
空蝉の文 希死念慮を抱えた17歳の逃避行 詩歩子 @hotarubukuro
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