第155話

 館に入るとアイリスは、由香里を椅子いすに座らせて傷の手当をした。由香里の座った石の椅子が、木の椅子に戻ってゆく。本の館が生き返る。

「んー、消毒しょうどくするわよ。しみるわよ。んー、オッケー。これでよしっと。お風呂に入ってもらしてもいいけど、こっちの腕は使わないでね」

「あ、うん。オッケー」

 由香里の腕に包帯ほうたいを巻くアイリス。その横で、猫に戻ったチャシュがバリバリと、木の本棚ほんだなで爪をとぐ。チャシュは胸いっぱいに本のにおいを吸い込んだ。その中に、かすかにネズミのにおいがした。

「久しぶりにネズミを食べれそうだね」

 チャシュが嬉しそうに目を光らせる。

「ネズミなんかほっといて、まずは私でしょ」

 アイリスが、ぶーっとふくれて猫を抱き上げた。

「由香里、行くぞ。あいつらはほうっとけ。二人の世界だ」

「あ、うん。そうなんだ」

 アズキは由香里の手を引いて、木の部屋へ戻った。

 由香里はベッドに腰をおろすと、ふーっと息をもらした。木のぬくもり、ふかふかのベッド、手触てざわりのいい寝具しんぐにホッとする。アズキも隣に腰をおろした。

「疲れたか、由香里」

「うん。ちょっと」

 アズキのあたたかな手が、由香里の髪をやさしくなでる。

 アズキはそっと由香里のうなじに顔を近づけにおいをかいだ。うーん、いい匂い。由香里の匂いは最高だ。……本当は今すぐ抱きたいけれど、由香里の体のことを考えても、抱いた方がいいのだけれど。それでも今は、食べて眠った方がいいのかもな。

 由香里に、ツガイモとして女神を抱いたと思われたくない。由香里のケガや疲れをいやすためにツガイモの精を注いだと思われたくなかった。俺はただの男として、由香里自身を愛してる。

「由香里、風呂にするか? めしにするか? それとも少し横になるか?」

「……アズキにする」

 アズキの緑色の目が、驚きで丸くなる。

「好きだよ。アズキを愛してる」

 由香里はアズキにキスをした。


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モルモフの女神 塩田千代子 @nan5

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