第154話

 光が消えて、由香里が目を開けると、宮殿は消えていた。

 灰色のもやは晴れ、灰色の厚い雲におおわれた見渡みわたかぎりの石と砂、灰色の世界が広がっている。

 アイリスの青い杖の下、灰色の石の地面の上に、真っ白な本が横たわっていた。本はふわりとき上がり、青い光に包まれて、すうーっ、と消えた。

「んー、終わったわ」

 アイリスが伸びをする。

「ありがとう、由香里。あのまま力づくで本にしてたら、呪いの本になってたかもしれないわ。でも、彼女たちは納得なっとくして本になった。落ち着いた本になるわ。ちゃんとした本になるには、もうしばらくかかるけどね。彼女たちが思いのたけをつづり終えたら、女神の本、として由香里の前に現れるわ」

「……そうなんだ。私が読むことで、彼女たちのとむらいになるといいのだけど……。彼女たちの魂が安らかに、この世界で眠ることができればいいな」

「そうなるさ」

 アズキは後ろから由香里を抱きしめた。

「モルモフは女神を受け入れる」

 トクン。

 二人の足下あしもとでモルモフの大地が脈打みゃくうった。

 由香里の裸足はだし足裏あしうられる石の感触かんしょくが、やわらかな土に変化する。

「……え?」

「由香里、僕を石から出してくれた光は、君だね。ありがとう」

 チャシュがほほむ。

「え、あ、どういたしまして。自分でもよくわからないけど。うん。チャシュが戻ってきてよかった」

 由香里はうれしそうにはにかんだ。

石化せきかけはじめたよ。モルモフがゆっくりと眠りからさめる」

 チャシュがそう言って空を見上げた。

 灰色の雲のすきまから一条いちじょうの光がさし込んで、由香里たちをらし出す。

「んー、戻るわよ。由香里、館に戻ってその腕の手当をしないとね」

「由香里、お姫様抱っこしてやるよ。それともおんぶがいいか?」

「どっちもヤダ。自分で歩けるから。アズキがウサギの姿に戻ったら、抱っこしてあげるよ」

「お、おう。それじゃあ」

「アズキ、君は歩け。甘えるのは今じゃないよ」

「るっせーな、チャシュ。わかってるよ。由香里、ほら。手つなぐぞ。チャシュ、てめー、なにニヤニヤしてんだよ!」

「んー、由香里。宮殿もなくなっちゃったことだし、傷が治ったら一緒にモルモフを旅しない? 絶景ぜっけいや絶品グルメがたくさんあるわよ」

「へー、そうなんだ。うん、いいね」

 にぎやかな帰り道。由香里の歩いた後から、足跡あしあとにそって石化が解けてゆく。大地が息を吹き返す。

 前方に古い洋館が見えてきた。本の館だ。



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