33

 あの出会いから数ヶ月が経った。出会った次の日、私は鈴佳先輩に会うのが怖かった──何故俺のことを知らないのだと罵られるような気がして──が、鈴佳先輩はニコニコしていた。


 鈴佳先輩がそんな様子だったから、無意識のうちに張り詰めていた気もプシュッと抜けてしまったのは何らおかしくはないだろう。


 あの日のことは考えないように、とお互いが振る舞っていれば、数ヶ月経った今はそれが普通になり。まあまあ平和な時間を過ごしている。


 今日も昼休みを使って鈴佳先輩と会っていた。


「鈴佳先輩、勉強教えてくださいよー」

「良いよー。でもその代わり俺を崇め奉るべし!」

「えー?」


 そんな冗談も交えながら私達は交流を深めていた。私がナニカを忘れているからと気を遣ってくれている部分もあるのだろうが、そんな優しい鈴佳先輩のことが最近気になるようになっていくのは自然なことだった。しかし私はそれを見ないフリして、今日も一日を過ごしていく。


 さて、私は見ないフリをする為にも忘れたナニカを思い出そうと力を入れてみたりしたが、その度に頭が痛くなってしまっていて、どうにもならない状況だった。


 どうにもならないことにヤキモキする気持ちばかり先行し、結局ナニカが何者かは分からずじまい。






「ちょっと、あなた。」

「……もしかして私ですか?」


 鈴佳先輩に勉強を見てもらった帰り。午後の授業を受けるために自分の教室に向かっていると、見知らぬ誰かに話しかけられた。


 ああ、またか。と内心げんなりしながらも、表向きはそれを悟らせないよう笑顔を作る。ここでまず見知らぬ人の逆鱗に触れないために。


「あなた以外にいるわけないでしょう? さっさとついて来なさい!」

「……分かりました。」


 本当はついて行きたくない。どうせまたいつものように一方的に暴言を吐かれて終わるだけなのだから。こちらに利がない行動は取りたくないものだ。


 そう内心で思っていても、抵抗する術も持ち合わせず、ついて行かない選択をした時の逆鱗をかわす術も持ち合わせず、どうすることも出来ないのだ。


 これでついて行かなかった際の被害を考えるなら、ついていくしかない。憂鬱だと内心ため息をつく。幸せが逃げそうだ。







「あなた、何故連れて来られたか分かってるかしら?」


 入学してからたびたびこうして呼び出されることがあった。それらはいつも同じ理由で、だ。今回もそれだろう。


「……」

「あら、ダンマリかしら? 良いけどね、それでも。そちらがそんな態度なら、こちらも態度を改めなければならなくなるけれども、よろしくて?」


 そう言ってニヤリと顔を歪める見知らぬ人は、私の肩をドンと押す。想定していたよりもずっと強い力で押され、私は尻餅をつく。


 何だあれ、本当に女子の力だろうか。そんな明後日な方向に思考が向く程の力だった。まさかこの女子、ゴリ……ゲフンゲフン。


「本題だけれども、あなた、鈴佳君に近づかないでくれる? 何度も忠告したわよね? あなたみたいなのが近くをウロチョロして良い人では無いのよ? 鈴佳君は。」


 明らかなる言いがかりと負の感情を理不尽にぶつけられ、私はそれにどこか既視感を覚えていた。


 あれ、以前もこんなことあったっけ。あの頃は確かノリ悪いガリ勉で気持ち悪い、とか何とか言われて……


 あれ、待って。それはいつの話? 十五年生きてきてそんなこと言われた記憶は無いのに?


 何度も殴られ蹴られながら、頭の中では混乱を極めていたのだった。

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死神ちゃんと天使くん 君影 ルナ @kimikage-runa

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