バイオレンスガールはスクリーンの外に生きる


チカチカと

電灯の明かりが眩しい

ここは、狭いボロ屋の中


「——で、オレは死ぬのか」


半ば自暴自棄の様な態度で

オレは花岡……いや、男に聞く


「死にませんし、殺しませんよ」

「じゃあ警察に突き出すのか?」


「それ、本気で言ってます?」

「いいや?」


「ですよね、あと

なんでまたナイフ


持ってるんですか、もう

カーチェイスしてないですよ


向けないでください

それ、トラウマなんです


血止まんなかったんですからね

戦ってる時に、痛くて仕方なかった」


まくし立てるように

文句を言われてしまった


オレがこれを持ってるのは

なんでだろうな、自分でも謎だ


手放しては行けないような

強迫観念に囚われている

とでも言うべきか


「で、お前の本名言えよ

殺し屋さんよ」


「……あ、偽名バレてましたか」

「殺し屋は認めるんだな」


「隠すの無理でしょ、流石に

あんだけ派手に色々やれば」


まあ、確かに

あの時はオレも色々

おかしい状況にいたから


分かっていなかったけど

今思えば異常性の塊だった


だって

目の前の女は

今しがた人を刺したんだぜ?


そんな奴

普通車に乗せるか?

ありえないだろ普通


よく考えれば変なことだらけだ

コイツがまともな人間な訳がねえ


「名前は、特にないです

その時々で変えるので


本名何てものは

初めからありません

好きに呼んでください」


「そうか、じゃあクソ男」

「……ぶち殺しますよ?」


殺す


そう口にした男の言葉には

ちょっと、普通ではない迫力があった


その辺のチンピラが

脅しでいうみたいな

感じとは全然違っていた


オレは

そんなものを向けられて


「おぉーっ」


素直に感心していた

なるほど、こういう感じかと


「……なんですか、その反応」


毒気を抜かれたような顔で

男は、俺に向かって言った


「いや、ホンモノから向けられる

殺気?ってこんな感じかぁ、って」


「変な女ですね」

「あぁ〜よく言われるな」


今まで3人と付き合って

全員から同じ理由で振られている


`お前、おっかないんだよ`


要するに変ってことだ

オレ、尽くしてたんだけどな


「なに、落ち込んてるんです?」

「いや、古傷が爆発しただけだ」


「……恋愛のやつ?」


「お前、なかなか鋭いみたいだな

コイツと良い勝負しそうじゃねえか


どうなんだよ、えぇ?」


右手の凶器を

キラキラさせながら

ジリジリと近付いて行く


「あ、いや、ごめんなさい

やめて、あの、刺さないで」


「身体に穴空いたら後で

塞げば良いよなぁ?」


「は……?ちょ、まじで——」


ダンッ!と踏み込んで

奴は壁を背にしている


コレでは逃げられまい

いくら相手が殺し屋でも

この距離からでは恐らく


成す術がないだろう

もし、コレで殺られたら


うん、その時は諦めよう

でも、もしそうならなかったら

オレはこの先の覚悟を決めよう


……なんて


はた迷惑な決定があって

世界一物騒で斬れ味のいい

コイントスが始まる


オレはアイツの

所に走り寄って行って


ナイフを

大きく振りかぶって


「——ん」


そのまま

唇を奪い取った


ドスンッ!と

ナイフが床に突き刺さる

抵抗は無かった、オレは生きてる


目論見は上手くいった

あぁ、この感触、久しぶりだな


そうそう

男ってのはこうして

唇をいきなり重ねちまえば


大人しくなるもんだ

昔、母親に教わったな


「ほはへ、ひすへははは

(お前、キス下手だな)」


「ひふひたははひゃべんな!

(キスしたまま喋んな!)」


動揺ゆえか怒りゆえか

敬語が崩れ去っていた


その事について

感動すら覚える


「っぷはぁ!」


唇を離す

呼吸が苦しかったんだ


唇から唇にかけて

まるで橋を渡すように

艶かしい糸が引いていた


「お、おま……いえ、あなた!セナ!

い、いきなり……なにをっ……!!」


「反応、案外可愛いんだな

もしかしてお前、ウブか?」


「……コイツ!

どういうつもりだ!

ハニトラか!?なんなんだ!


突然ファミレスで

人殺したと思ったら


さっさと逃げるでもなく

モタモタして、つい声をかけて

助けてしまって、それで、それで


なんか、懐かれるし

全然怖がってないし


殺し屋か?なんて

普通、言い当てて来ますか?


しかもイキナリ

き、キス……とか!


抱きついてくるし!

ほんと、なんなんですか!」


ちょっと

やりすぎたかもしれない

完全にぶっ壊れちまった


目がヤバい

なるほどそんな風に

オレのこと思ってたのか


なるほど

思わず本心が聞けた


「キス、嫌だったか?」

「……それは、いいえ」


「なんだ、もっかいするか?」

「それも!いいえ!です!!」


なぜキレられるのか

オレにはさっぱり分からない


素直にしたいって言えば

幾らでもしてやるのに


照れてるのか?

よく分からんやつだ


「……それで、あなた

これからどうするんですか」


「……あぁ?」


「身の振り方ですよ

出頭とかするんですか?」


「本気で言ってるか?」

「……まあ、そうですよね」


初めからわかってました

と言わんばかりの態度だ


これはひょっとしてアレか?

わざと、遠回りに聞いてるのか?


いや、いったん

話の流れを見よう


「誰か、匿ってくれたり

身寄りとかないんですか」


「……オレは、一人暮らしだ

両親もとっくにあの世に行った


親戚は……まぁ、アレは

もう死んだみたいなものだ


なんと、彼氏もいねぇ!」


なぜ強調するんですか……と

アイツは呆れ顔だったが


そんなの決まってるだろ

アピールだよアピール


分かれよそんくらい

それでも男だろ?


「そうですか……」


まただ

また、その顔だ


`そうですよね、知ってましたよ`

アイツの顔にはそう書いてある


なんだ?オレのこと

初めから知ってたのか?


分からねぇ

分かんねぇけど

何か、違う気がする


オレには察せない

何かだって予感がする


「学校の友達はどうなんですか?」


「あぁ?ゆっちゃんか!?アイツは

そうだな、うん、オレの親友だぜ」


「その子の、家に住むのは」


「……無理だな

アイツの親父DVだ


オレが行ったら、ゆっちゃん

たぶん……殺されちまうよ」


「……はぁ」


今度の顔は

それまでとは違った

まるで受け入れ難い現実を

何とか飲み込もうとしているような


自分に何かを

言い聞かせている顔


その、顔を見て

何故か、希望が湧いた


——もしかして


そんな、淡い希望


ともすれば消えてしまいそうな

存在を確かめようとすれば、フッと

砂漠の蜃気楼のように掻き消えて


なくなってしまうかのような

儚くて、実態のない希望


オレは……


「……じゃあ、提案なんですが」


「——待て、話しがある」


その希望を


「なんですか、遮って」

「頼む、良いから聞いてくれ」


待つのではなく


「そうですか、じゃあ

はいどうぞ、良いですよ


言ってください」


自分から掴みたいと

あの時、コイツの開いた扉に

迷いなく飛び込んだ時のように


「お前、オレを全部、貰ってくれないか?」


一世一代


あるかないかの大告白をした。




そしてオレは確かに聞いた

後々になっても思い返せる


この上なくハッキリと

耳の奥に形として残る

幸せの幕開けになる


あの、言葉を





「——じゃあ」




「——この部屋も狭くなりますね」



✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ 


ぺちぺちと

だらしなくぶっ倒れて

寝ている男の頬っぺを叩く


「おい、起きろクソ男

7時から仕事なんだろ?」


「ん……うるさいですね……

眉間に穴ァぶち空けますよ……」


「エプロン姿のオレを

見るんじゃなかったのか?」


「なんですって!?」


バタバタ!

ドッタンバッタン!


ホコリを巻き上げながら

クソ男が勢いよく飛び起きる


そして


「……着てないじゃないですか」


オレに騙された事を知り

深く、それはもう深く肩を落とす


「ハッハッハ!ばぁか!


てめぇが呑気に寝坊してる間によぉ

とっくに朝飯は、作り終えてんだよ!」


「くそ……っ!ちくしょう!

また、見損なった……!!」


それはもう

本当に悔しそうに

全身に感情を顕にして

男はベッドを殴り付ける


「……おい、ホコリ出るだろ

お前がドンパチしてる間に


誰がこの部屋を

掃除してると思ってんだ?


えぇ?おい……」


「……それを言われたら

うん、僕も弱いですね」


反論の余地もあるまい

これぞ、主婦の特権だ


「良いからさっさと飯食え

冷めるだろうが、まったく」


「はい、分かりましたよ」


テーブルに移動し

小さな食卓を囲む


手を合わせて元気よく

いただきます!と言う


コイツには何回か

それ恥ずかしいので止めませんか?

と提案されたが、尽くを切り捨てている


そのうち向こうも

渋々言うようになったのだ

可愛いヤツめ、好きになるだろ


「ああ、セナ?」

「ん?なんだ?」


「昨日、アナタに街で声を掛けて

何度も地面に叩きつけられた男ね


あれ、死にましたよ」


「あぁ、アイツか

勿体ない死に方だよな」


「アナタがやったんですけどね」

「いきなり尻を触ってきたんだぜ?」


「……なんでもっともっと

苦しめなかったんですか?」


「凄いな、1秒で矛盾しやがった」


「後で触らせて下さいね」

「あぁ?まぁ、良いけど」


「仕事から帰ったら、ね」

「あーもう帰って来ねぇな」


「不吉なこと言わないで下さい

あと、殺し屋止めようと思ってます」


「おいおい、結婚して1年経つ前に

もうオレは、未亡人になんのか?」


「そうならない為に!

辞めると言ってるんですよ!


今回の案件が終わったら

まとまったお金も入りますし」


「だから、死ぬだろお前」

「死にませんよ、絶対に」


たぶん


この瞬間までのやり取りで

ハリウッドスターが、6人は

感動的な最後を迎えたに違いない


「セナを残して、死ねませんからね」

「あぁ、7人目だ……もうダメだな」


お墓に備える花って

なんだったかな?


後で調べておかないと


「……愛してますよ」

「オレのが愛してるよ」


「まっ……!真顔で、あなたは

そういう事を平気で言う……!」


「事実、だしな

先に惚れたのはオレだし

告ったのもオレの方だった


プロポーズも確か

オレから、だったよな?」


「……あなたのアレをプロポーズと

呼んでもいいのか、甚だ疑問ですけどね」


アレ、というのは

コイツが寝てる所を襲い

縛り上げ、初めてを頂き


疲れ果てたところに

無理やり薬指に指輪をはめて


`結婚しないと刺し殺す`

と、実に感動的なプロポーズを

した時の事を言っているのだろうか


「指輪のサイズ、間違ってたし

あの後作り直す羽目になったし」


「直せたんだから良いだろ」

「考えなしなんですよ!セナは!」


「……そんな所も好き……

なんだろ?ダンナサマ?」


「……離婚しましょうか」

「再婚すれば済む話だな」


「再離婚します」

「じゃ、また結婚だな」



「……はぁ」

「いい嫁貰ったな?」


「押し付けられたんです」

「嘘つけ、喜んでた癖に」


「いいえ!僕は——」


言い合いは


それは、今まさに扉をくぐり

彼が殺し屋の仕事に出掛けてしまう

という、ほんの数秒前まで続いた。


もっとも


喧嘩と呼ぶには、2人とも

あまりにも楽しそうなので


きっとこれはただ

イチャついていた、だけなのだろう


現に


「じゃあ、行ってらっしゃいだな」

「……必ず帰ってきますよ、セナ」


と、いうやり取りの後

熱烈な口付けを交わすのだから

始末に終えないって話だと思う


もちろん


スクリーンの中の

ヒーロー達のように


必ず帰ると誓った者が

帰ってこられない、なんて


そんなフィクションみたいな話は

全くもって、起こりえないのだが


だって、何故ならここは

疑いようもなく現実なのだ。


例えそれが



「——なんだ、お前帰ってきたのか」

「——アナタの顔を思い出しまして」


血まみれで、傷だらけでも

否応なく生還するのだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バイオレンスガールはスクリーンヒーローと出会う ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ