お前、ひょっとして


「……死ぬかと思った」

「……腕取れるかと思った」


追っ手を振り切って

隠れるために飛び込んだ


暗い廃工場の傍らで

車を止めて、オレたちは

揃って深い溜息を着いた


その原因はもちろん

お互いに、あるのだが。


「飯食ったばっかりだぞ、オレ

あぁ……気持ち悪ィ……おえ」


胃の中がぐちゃぐちゃだ

ついでに頭の中もめちゃくちゃ


なんか色々

かき混ぜられた気がする

なんかもう、死ぬ気がする


「……見て下さいよこれ、このナイフ

直角ですよ、垂直に刺さってますよ……


抜くの痛いだろうなぁ

血、沢山出るだろなぁ」


揃ってグロッキー

気分は最底辺も最底辺


まるで冗談みたいな1幕を終えて

オレたちの疲労はピークに達していた。


「ひでぇ運転しやがって

殺す気か?てめぇ……」


「アナタが刺すからでしょう

……ていうか、このナイフ

あの男を刺したヤツでしょう?」


そう言いながら

自分の肩に刺さったモノを

顎で指して言った


「あぁ?……まぁ、そうだな

ソレ、首に突き刺したヤツだよ」


オレがそう答えると男は

頭を抱えて、ハンドルに寄りかかった。


「あぁ……なんてことだ……

もし感染症とか移ったら……」


「そン時はオレが、責任取って

1から100まで看病してやるよ」


「……まじですか?」

「おぉ?おお、マジだ」


なんだ、突然

目ん玉キラキラさせて

嬉しそうにしやがって


そんなに嬉しいのか?

オレに?看病されるのが?


「……新手のナンパか?これ」

「金かけすぎでしょ、いくら何でも」


「まぁ……確かにそうだなぁ……」

「絶対アイツ、死にましたよね」


アイツとは多分

オレが刺したやつの事だろう


「けっこー思いっ切り行ったからな

たぶん、止血ムリなんじゃねぇの?」


「罪悪感とか無いんですか?」

「あぁ?ねぇよ、全然ないね」


「イカれた人ですね」

「……あんな運転しといて、よく言う」


運転以外にも

言いたいことは色々ある

なんでオレを助けたんだ、とか


肩に刺さったナイフの事

もっと怒んなくて良いのか、とか


あとは、そうだ

一応オレは犯罪者だ


きっと警察に追われるだろう

そうなったとき、共犯だろ?

迷惑だろ?放り出さなくて良いのか?


とか


そういう、色んなことを

オレは聞けずにいた。


「……ところで、なんですけど」


「……な、なんだよ」


まさか、放り出されるのか

それとも、殺されでもするのか?


意図が読めなくて

頭がやや混乱した



「いつまで、抱き着いてるんです?

いや、僕としては、嬉しいんですけど」


「……あぁ」


なんだその事かよ、と

かなり大分、結構ホッとした


「嬉しいんなら

良いじゃねぇか」


「なるほど……?」


なんて、言ったけれど

実は心の中ではこう思っていた


このままコイツ殺して

車奪って逃げるべきか?



コイツは目撃者だ

きっとオレは追われる事になる

味方かも分かんねぇコイツは危険だ


ひょっとしたら

アイツらの仲間かも知れない


頭が悪いオレには

深いことは分からない


だから

怖かった


得体の知れないコイツが

一体何者なのか、分からなくて


助けてくれる理由は不明

この後の展開も、不透明


今の密着状態なら

たぶん、殺れる


なにかされる前に

これ以上悪くなる前に

やるべきなんじゃないのか?


「あ、胸当たってますよ」

「……おぉ」


「……誘惑してるんです?」

「……かも、しんねぇ」


適当に答える

中身は無い


ほぼ、反射だ


「アナタ、名前は?」

「……セナ」


「綺麗な名前ですね」

「……うっせ」


反射、だったけど

会話は続いていた


結局オレには

こいつを殺すなんて選択は

ハナから取れないっていう事だ


たった

いっときの疑心暗鬼で

そんな選択に踏み切る事は


出来ない


現状、命の危機は感じてない

叩きのめす必要も感じてない


昂った感情は

徐々に、徐々に


まるでお湯が冷めるように

ゆっくりと元に戻ってきている


「……お前とこうしてると

なんか、落ち着いてくる」


「それ、初対面の相手に

言うやつじゃないですよ


1年とか2年とか

一緒に暮らした上で


こう、危機を乗り越えて

なんか不安抱えたりして

ようやく出る台詞ですよ」


「事実なんだから、仕方ないだろ」


「……魔性ですね、あなた」


「せっかく名前教えたんだ

名前で呼べよ、ですます男」


「花岡です、僕の名前」


「なんだその、悪徳な

政治家みたいな名前は」


「恐ろしい偏見ですね」

「……てか、助けてくれてありがとな」


「まあ……はい、どういたしまして」


「なんで助けたか、とかは聞かねぇ

どうせ聞いても、理解できないし」


「そうですか」


ただ、そうですかと

ひと言だけ男は言った


きっと色々聞きたいだろうに

さっきファミレスで起きた事とか

財布の話とか、オレがした事とか


なのに

コイツは


花岡は何も聞かねぇ

何にも聞いてこねぇ


なんだかムズムズするけど

でも、今はそれが何故か

ありがたいと、思えた。


「そうだ、セナ

もしよかったら——」


ガオン!


嫌な音が、聞こえた

さっき散々道路で聞いた

あの、聞き覚えのあるエンジンの音は


「まさか、追い付いて来たのか」

「……どうやら、そうみたいですね」


「どうする、逃げるか?」


「……いいえ」


「なら、隠れてるのか?」


「残念それも、いいえです」


ならば一体

どうするというのか

オレには第3の可能性は


とても考えられなかった


そして、きっとそれは

例えヒントを貰っていても、オレでは

絶対に導き出せない答えだっただろう


何故なら

それはあまりにも

この花岡という男に

似合わないモノだったから


「……なら、どうするんだ?」


質問には

回答が付き物だ


切っても切り離せない

2者の関係は、時たまに

蔑ろにされてしまうけれど


今宵この時に限って言えば

全くもって例外では無かった。


花岡は


「——始末してしまおうか」


そんな

笑えない冗談を

言いやがった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


ブォン……!


暗い暗い廃工場に

けたたましく鳴り響くエンジン音


それは、バイクのものでは無い

オレたちが乗ってきた車のモノだ


2度、3度と

同じ音が鳴った


まるで存在を

アピールするように

獲物を誘き寄せる罠のように


「……」


オレは物陰で息を潜める

アイツらが、来るからだ


花岡はオレに言った

`奴らの姿が見えたら、この番号に掛けろ`


どんな意図があるのかは

何となく、分かるけど


その後、花岡が

どうするのかは

オレは知らされていない


あの男は言った

始末する、と


まさか、殺すのか?

いや、まさかな……


思考がグルグルする

足りない頭がフル回転で

そろそろ限界が来そうだ


やめよう

今はただ目の前の

アイツに頼まれた事に集中しよう


待つ


待つ


待つ


ひたすらに待つ

物音を立てないように

文字通り、息を殺して


——そして


「……こっちから、聞こえたよな?」

「シッ!静かにしろ……声上げるな」


居た


でもまだ姿は見えない

まだか、まだか、まだか


足音が近づいてきた

耳を済ませ、よく聞け


姿を隠せ

呼吸を止めろ



……見えた!


オレはすぐさま

事前に教えられた番号に掛けた

それと、事が起こったのは

ほとんど同時だった。


「なんだ!?」

「おい静かにしろ……っ!」


遠くの方で

携帯の着信音が鳴った

それに対して男たちは


あからさまな反応を見せた

そして、ドタドタを足音を

消すことも忘れて走っていく


「……アイツら馬鹿だ」


オレは

頭が悪いけど

それでも分かる


こんなの誘い出しに決まってる

どうして、何も考えずに動く?


オレは物陰から這い出て

奴らが遠ざかって行った

方向に、ゆっくりと向かう


着信音は

まだ鳴り止まない


ゆっくり、ゆっくり

気配を出さないように

確実に、寄っていく


音が聞こえてくるのは

この曲がり角を超えた先


……少し、嫌な感じがした

でも、その正体が分からなくて


足を止める理由には

至らなかった。


心臓が早鐘を打つ

緊張感が高まっている


そして


オレは


`その現場`に到着した


「——なんだコレ」


床に転がるのは

かつて命だったもの


それが、無様に

無惨に散らされていた


誰がどう見ても

死んでいると分かる姿で


1人は

首がおかしな方向に折れ曲がり


もう1人は

夥しい量の血の海に沈み


医者でなくてもわかる

あれは、もう死んでいる


彼らのすぐ近くに

男……花岡は立っていた


黒い手袋を

ジップロックに詰めて

涼しい顔をしながら


「……」


目が合った


人が変わったように

冷酷で、残酷な瞳だ


命をなんとも思わない

その、堂々とした佇まい


花岡は既に

オレの知ってる

花岡では無くなっていた


「……マジか」


こういう場面は知っている、散々

スクリーンの向こう側に見た光景だ


思い返せば

妙に納得がいった


ファミレスでのひと幕

さっきのカーチェイス


この狡猾な誘い出しの手口

そして、アイツのあの目と

奴らの死に様


そんなはずは無い

現実にあるわけない


オレの脳みその

冷静な部分はそう叫んでいるが

オレは、それを、認めなかった。


生存本能に抗う


それは古来より決まっている事

目撃者、正体を知るものは消す

という、至極単純な安全策の話


フィクションにハマった

ことがある現代の人間なら


絶対に知っている

お約束のうちのひとつ


死ぬかもしれない

そんな考えを無視して


オレは、言った


「……お前……ひょっとして


——殺し屋なんじゃ、ないか?」



「……そう来ましたか」


男は


感情の読み取れない表情で

ただ、そう呟いた……。

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