民の質

結騎 了

#365日ショートショート 302

 虫の音が聴こえる、ハロウィンの夜の出来事。首相補佐官が血相を変えて官邸に飛び込んできた。

「なんだねこんな時間に。騒々しい」

「首相!それどころではありません!ミサイルです!」

 内閣総理大臣はワインを味わっていた。

「ほう、発射されたのか」

「つい先ほど海上保安庁から緊急の無線が入りました。またもやK国です。それも、どうやら今度ばかりは威嚇ではありません。この東京を目指して飛んでいます」

 ごくり、とワインを喉に流し込み、首相は落ち着いた声色で答えた。

「だろうな。あと物の数分で着弾だ」

「何を言っているんですか!まさか、この事態を予見していたとでも!」

 おもむろに立ち上がった首相は窓の外を眺めた。秋の夜、その特有の空気に草木が揺れている。

「君は知っているだろう。私の真の政策を。私はね、本気で国を変えたいのだよ。そのためには何が必要か。いつも教えているだろう」

 それどころではい。が、首相の落ち着き払った様子に怯み、それをぐっと呑み込んで…… 「もちろん存じています。大切なのは民度。民のクオリティだと、貴方はいつもそう仰っています。これに対する批難の声も大きいですが、あなたの意思はお強い」

「そうだ。やれ金だ、やれ子供だ、やれ経済だ。そんなものは小手先に過ぎん。大切なのは民そのものの質だよ。これを底上げできれば、どんな国難も乗り切ることができる」

「しかし、首相」。補佐官は腕時計を何度も確認する。「もうまもなく、その、ミサイルが……」

「放っておきなさい。私がK国に裏で頼んだのだ。そのまま落としなさい」

 口をあんぐりと開けた補佐官は、絞り出すように尋ねた。

「まさか、着弾地点は」

「渋谷だよ」

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民の質 結騎 了 @slinky_dog_s11

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