第4話 茜色に染まれ

由夏は柵の向こうで宙づりになった。私は重力に逆らえず、柵が体に食い込んでいく。


「っ……」


 固く掴まれた右腕は、由夏の重さを受けて抜けてしまいそうだった。


「早くおいでよ」


 由夏の向こうには小さな校庭が広がっている。沈みかけの太陽に視線の先を照らされて眩暈がした。しばらくそのままでいると、由夏の手は段々と私の腕から滑り落ちていく。


「ねえ理央……一緒に来てくれない?」


 私はそれに頷けなかった。それは自分の命が惜しいからでも、由夏へのいじめに終止符を打ちたくないからでもなく。


「学校楽しいよ?」


 由夏の目が怖かった。丸い目には何故か光が宿っていて、希望さえ感じた。今となってもまだ、由夏は学校が好きなのだ。学校が好きだから、ずっと学校にいたいからこの場所を選んだ。死ぬならばもっといい場所がある。飛び降りるならもっとふさわしい場所がある。学校なんていう最悪の場所ではなくてもっと納得できるような、そんな場所。私はそう知っている。


「ごめん……」


 こんなのはおかしい。いじめられたら誰かに助けを乞うべきだ。苦しいと、辛いと泣き叫ぶべきだ。君が笑っているなんて、そんなのはおかしい。


「いけない……っ!」


 思い切り手を振り払う。重さが消える。反動で後ろに倒れそうになり、柵を掴む。由夏は落ちていく。


カン。


 鼓膜に届く金属音。そして柵を通じて下から伝わる振動。

 落ちていく由夏は、確かに柵を掴もうと手を伸ばしていたのだ。

 一瞬、目が合う。

 今度こそ由夏は、絶望に満ちた顔で落ちていった。



 学校のこと、嫌いになったかな。

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茜色の向こうへ 一色みらい @isshiki_future

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