第3話 親友なんだから

私が教育を始めて三か月ほど経った頃、由夏が学校を休んだ。しかし由夏がいなくとも関係はない。

 私たちは由夏の机の上に砂をかけて遊んだ。汚す対象は、由夏が関係するものなら何でもよかった。


帰ってきたら、由夏驚くかな。



 それから二週間経った後、放課後に帰ろうとしていると、一通のメッセージが届いた。


『502のベランダに来て』


 由夏からだった。

 私は少し期待していた。由夏は私がやったことを怒っているだろうか。悲しくて、もうどうしようもないくらいに傷ついているだろうか。そして彼女が大好きだった学校を、疎ましく思っただろうか。由夏の言葉を聞くのが楽しみで仕方なかった。


 夕焼けに染まった教室に入ると、揺れるカーテンの奥に、見慣れたこげ茶色の髪がなびいている。

私はワクワクしつつも、ほんの少しの緊張感をもってベランダに出る。


「来てくれたんだ」


 こちらを振り向いた由夏の顔は、あの日と同じように晴れやかだった。久しぶりのその表情にどきりとする。


「う、うん……」


 なぜだか居心地が悪い。由夏はどうして笑っているのだろう。


「覚えてる?」


 由夏は夕日を睨むように見つめる。


「私って、学校好きだからさ」


 私は反射的に視線を横にやる。そして自分の行動原理を思い返す。


「ずっと理央と一緒に学校にいたいんだ」


 その言葉は私に深く押し込まれる。それは、私が始めた教育が何一つとして意味をなしていないことを示していた。この三か月間は、私がやってきた仕打ちは、正しいものを形作ることはできなかったのだ。

 由夏はまだ学校が好きだ。

 私ははっとして由夏を見上げる。


「だからさ、そうしようかなって」


 少女はそう言うと、ベランダの柵に手をかけてその上に座った。その行動の意味が、私には分かっていた。何故ならそれは、自分がそちらに立たされた時、真っ先に思い付いたことだったからだ。

 柵の上から私を見下ろす由夏は背後から夕焼けに照らされて、表情がよく見えない。


「いいよね?だって私たちは」


 ただ呆然と由夏を見つめることしかできないまま、右手が強い力で引かれるのに抗えずに体が柵に強く打ち付けられる。

 鈍い金属音と重なった乾いた言葉は、私の心を溺れさせた。


「親友なんだから」

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