罪の代償~妻子を奪われた男の復讐とその悪夢~

卯月

悪夢の夜

 コロナのせいでもう数年会っていないんだけど、俺にはオカルト方面の師匠と呼べる人がいます。

 もういいかげん長い付き合いで、年は四捨五入すると六十くらいになる。

 髪も口ひげも白髪が混じったオヤジだ。

 職業はフリーのカメラマン。


 職業柄、旅先でおかしな物事に遭遇そうぐうしてしまうことがちょくちょくあるらしい。

 俺たちは定期的に仲間内で集まって酒を飲み、面白おかしく師匠のオカルトトークを聞かせてもらうって間柄あいだがらでした。

 そんな会合もコロナのせいでずいぶんお休み期間が長くなってしまいました。もうそろそろ解禁しようか……なんて話はみんなしてるんですけどね。


 ま、それはともかく今回は、師匠がそのまた師匠に聞かされた話ってのを書いてみようと思う。


 師匠が若いころ聞かされた話だっていうことなので、そうとう昔の話になります。

 師匠の師匠はとあるお寺のお坊さんだったそうで。

 由緒ゆいしょある古いお寺のことを古刹こさつと呼ぶらしいんですが、その古刹の景色が撮りたいってんで良い場所を探している時に偶然めぐり合ったんだと。


 師匠いわく。

「あんなに優しい人を他に見たことがない。本当に仏様のような人」

 だったんですと。


 その仏様みたいに優しい人が体験した、恐ろしくて不思議な夢のお話です。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



 お坊さんがお寺の住職になってすぐの頃。

 わりと近所に住んでいる中年の旦那だんなさんがちょくちょく悩み相談というか、愚痴ぐちを吐きに来ていたんですって。そういうの聞くのもお坊さんの役割なんですかね。


 その男性というのが非常に可哀想かわいそうな方で、お嫁さんとお子さんをすでに亡くされている。

 それもいわゆる押し込み強盗によって二人とも殺されてしまったのだそうな。

 犯人はまだ捕まっていない。未解決のまま。


 旦那さんも到底とうていじっとしていられなくて、本人も犯人の手掛てがかりがないかどうか探し回っているっていうんだけれど、素人にそうそう見つけられるわけもない。

 何年も何年も成果が上がらないまま無駄に時間ばかりすぎていく。

 それでたまらない気持ちになった時に、フラッとお寺をたずねてきてよわつらみを吐き出してはまた帰っていくんですと。

 

 お坊さんとしてもそんな可哀想な人を突き放すわけにいかなくて、なんとか心が安らぐような方法を探すんだけど、そんな都合のよい方法なんてあるもんじゃない。

 結局は一時間か二時間くらい話を聞いて、その後で


「仏様の教えの中にこういうものがありますよ」


 なんて言って多少なりと救いになるんじゃないかと思える言葉を伝え続けていたそうで。 

 まあ、実際に多少の効果はあったのか、相手の旦那さんも繰り返しお坊さんのもとへ足を運んでいたんですって。


 ただ、やはりものすごく辛い思いをさせられてしまった人だからか、時々お坊さんでもゾッとするような恐ろしいことを口にしていたそうなんです。


「絶対に殺してやる」とか、「この手で地獄に送ってやる」とか、「死んでも追いかけてたたってやる」とか。

 そういう言葉ですね。まあ仕方ないかもしれませんね、状況が状況だけに。


 でもそういうのは仏教的な考えとしては本人のためならないので、お坊さんは何とか人として本来あるべき方向にみちびこうとする。

 でも頭ごなしに否定しても納得してくれないだろうし、変な言い方をしたらもう二度と来なくなってしまうかもしれない。

 だからお坊さんは遠回しに、根気強く旦那さんと対話を続けたそうです。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



 そんなある時、お坊さんは恐ろしい夢を見たんですって。


 お坊さんも人間なので、睡眠は必要です。

 自分の部屋で寝ていると、誰かが障子しょうじたたいてガタガタ音をたてて自分を呼んでいる。


 ガタガタガタ! ガタガタガタ!


「お坊さん、見つけたんですよ! お坊さん、とうとう見つけましたよ!」


 呼んでいるのは例の旦那さんだったんですね。

 こんな深夜になんだろうと思って障子を開けると、見たこともないくらい目をギラギラさせた旦那さんが立っていたそうです。


「見つけたんですよ! 女房と子供を殺した奴を!」


 えっ! とお坊さんはビックリしました。

 だって警察ですら見つけられない犯人ですよ。

 なにを根拠こんきょに、どういう方法で見つけたというのか、見当もつかないわけです。

 でもまあ夢ですからね。

 旦那さんは細かいことを抜きにして今にも飛びだして行こうとするんです。


「今から行ってきますんで!」


 止めても無駄な雰囲気ふんいきだったので、お坊さんは旦那さんについていく決心をしたそうです。

 そこまでする義理もなさそうですが、乗りかかった舟というやつですかね。まあ優しいお坊さんだからほうっておけなかったんでしょうね。

 

 さて外に出るとそこはもう真っ暗闇。

 夜とはいってもここまで暗くはなかったはずだけどなあ、というくらい何も見えない真っ暗闇だったそうです。

 その暗闇の中を旦那さんはズンズン先へ進んでいく。

 後ろへつづくお坊さんはそのうち方角もなにも分からなくなって、必死に旦那さんについて行ったそうです。もう来た道も分からなくなってますからね、はぐれたら最期です。


 そのまま旦那さんの後ろ姿を追いかけ続けること一時間くらい。

 徒歩一時間の距離とはずいぶん近場ちかばというか何というか……まあ夢なのでね。

 旦那さんとお坊さんはすごくご立派な純和風のお屋敷にたどり着いた。

 屋敷の入り口なんてまるでお城みたいに見事な門構もんがまえがドーンと立っていたそうで。


「本当にここですか?」

「ここなんです」

 

 旦那さんはうなずくと大きな正門の横にある小さな入り口から中へ入っていってしまいます。

 そして玄関ではなく庭の方へ足をむける。

 

 迷いのない旦那さんの動きを見て、どうやらお屋敷に住んでいる人と話は全部ついているみたいだなーってお坊さんは察したそうです。


「さあ、こっち」


 旦那さんが手招てまねきするのでおそるおそる中へ入ってみると、庭には十文字になわしばりつけられているはだかの男がいた。


「こいつ、こいつなんですよ! こいつがかたきなんです!」


 旦那さんがまさに怒髪どはつてんく、っていう形相ぎょうそうで男をにらむ。

 相手の男はもう恐怖にふるえて涙を流していました。


「待って下さいよ、本当にこの人で間違いないんですか」


 勘違いだったらとんでもないことなので、お坊さんはあえて旦那さんにたずねます。


「間違いないんですよ、絶対そうなんです。

 だって閻魔えんま様がそう言うんですから!」


 旦那さんは確信めいた顔でそう言うと空を見上げました。

 月も星もない、完全に真っ暗な空です。

 暗闇の奥から、恐ろしく響く声が降ってきました。


『間違いない。お前の妻と子を殺したのは確かにその男だ』


 まるで雷がゴロゴロと鳴る時のような、腹の底まで響いてくる恐ろしい声。

 この声がドーン! と降ってきた時どれほどの恐怖を味わわされるのか、想像したくもないと思ったそうです。


 閻魔えんま大王って最近ではまず聞かなくなった名前なので一応説明させていただきます。

 閻魔大王とは地獄を支配する王様で、死んだ人間が生前におかした罪をすべてあばいて地獄に落とす恐ろしい方です。

 小さな罪も許さない、本当に厳しいお方です。

 昔々は子供をしつける時に「ウソつきは閻魔様に舌を引っこ抜かれるぞ」とおどして教育することなんかもあったようで。

 いわゆる恐怖の象徴しょうちょうだったわけですね。


 その閻魔大王さまが今、真っ暗な空の上から一部始終をごらんになっている。

 お坊さんはなにも悪いことをしていないのですが、それでも身の引き締まる思いをしたそうです。 



「よくも女房を!」


 旦那さんが男にむかって怒鳴どなりました。

 するとボッ! という音とともに周囲にかがり火がつきました。

 旦那さんの怒りの炎でしょうか。


「よくも息子を!」


 もう一度怒鳴る旦那さんの手にはいつの間にか日本刀がにぎられていました。

 旦那さんのうらみが形になった物でしょう。


 うおーっ! と大声で叫びながら、旦那さんは日本刀で男の身体を斬り裂きました。

 大量の血が噴き出して旦那さんの全身が真っ赤に染まります。

 すさまじい悲鳴をあげて男が泣き叫びました。


「助けてくれ!」


 男が命乞いのちごいをします。

 自分勝手な言葉を聞いて旦那さんは顔をくしゃくしゃにし、泣き出してしまいました。


「俺の家族も同じことを言わなかったか! ええ、どうなんだ!」

 

 大粒の涙が両目からあふれ出して、その部分だけが顔についた血の汚れを洗い流していました。

 しかしまだ旦那さんの気はおさまりません。


「俺はずっとこの時のことだけを考えて生きてきたんだ!」


 そこからはもう滅茶苦茶だったそうです。

 顔といわず身体といわず、旦那さんはとにかく刀を振りまわして出鱈目でたらめに相手を切り刻んで止まりません。

 男は奇妙にも激痛に泣き叫ぶばかりで、死ぬことも気を失うことも無い。

 悲鳴をあげながら助けてくれ、許してくれと懇願こんがんしていた。

 男も旦那さんも、どちらも血まみれになりながら泣き叫び半狂乱の有り様。

 まさに地獄の光景でした。

 見ていたお坊さんは恐ろしさのあまり声をかけることもできなかったと言います。


 やがて旦那さんは力がつきたのか、血だまりの中に四つんばいになったまま、動けなくなってしまいました。

 ゼエ、ゼエと息を荒くしてしゃべることもできません。

 いつの間にか手にしていた日本刀も消えていました。


『気は済んだか』


 天上から閻魔様の恐ろしい声が響いてきます。


『ならばこの男は連れていく』


 次の瞬間、空の上からとてつもなく巨大な手がのびてきました。

 そしてズタズタに斬られた男を捕まえると、そのままどこかへ連れ去ってしまいます。

 きっと行き先は地獄でしょう。


 ああこれで終わったんだな。


 お坊さんはそう思いました。

 あまりにも恐ろしい出来事だったのでつい、ホッとしてしまいます。

 しかしそうではありませんでした。

 もう一人、この場にはさばかれなくてはいけない人間が残っていたのです。


 それは復讐をはたした旦那さん、その人でした。


 閻魔様は腹の底までふるえるような恐ろしい声で、身の毛もよだつようなことを旦那さんに告げました。


『お前は今、人殺しという大罪を犯した。

 ばつとして「今お前自身がやった事とまったく同じ苦しみ」を与える』


 復讐を終えてぼう然としていた旦那さんは、閻魔様のおさばきを聞いて飛び上がらんばかりに驚き、そしてふるえ上がりました。

 自分も同じように全身を切り刻まれるというのです。

 相手の男はとてつもない悲鳴をあげて苦しんでいました。

 他人をあんな目にあわせた罰として、自分も同じ目にあえというのです。


「ま、ま、待って下さい!」


 お坊さんは勇気をだして空に叫びました。


「この方は、ご家族を殺されてしまった可哀想な方なんです。

 もう少し罪を軽くしてあげるわけにはいきませんか!?」


 空から閻魔様の言葉が重々しく返ってきました。


『ならぬ。その男の事情はすでに考えての上だ。先の男はこれからも地獄で苦しみつづける。その男はおのれの犯した罪を己が受け止めるだけで許してやろうというのだ。これ以上罰を軽くするわけにはいかぬ』


 すでに抒情じょじょう酌量しゃくりょうの後だったようです。

 しかしそれでもお坊さんは食い下がりました。


「だったら私がこの人の罪をいくらかいます!

 ですから、どうか!」


 しかし閻魔様のさばきはくつがえりませんでした。


『ならぬ。その男の罪はその男だけのもの。お前のものでは無い』


 たしかにその通りです。

 閻魔様の態度はまるで巨大な岩山のように強固で、人間にはとても動かせそうにないものでした。

 しばらくだまったまま後ろで話を聞いていた旦那さんは、とうとうあきらめたように笑いだしてしまいます。


「なるほどなあ……。あんまり話がうますぎるから、なんか裏があるんじゃねえかとは思っていたけど……。なるほどなあ……」


 旦那さんはやたらと「なるほどなあ……」とくり返します。

 それはまるで自分を納得させようとしているようでした。


「なるほどなあ……。自分でやったことを、自分で。そうだよなあ、それくらいのことをやっちまったんだよなあ……。なるほどなあ……」

 

 旦那さんは身体をブルブルとふるわせています。

 これから自分の身におこることを思えば、無理もないでしょう。


「あの、旦那さん、あのですね」


 どんな声をかければ良いのか分かりません。

 旦那さんは困っているお坊さんを見て、悲しそうに笑います。


「いいんです、いいんですよ。こりゃ私が悪いんです。因果いんが応報おうほうってやつですよね?」


 ガタガタと身をふるわせながら。

 ポロポロと涙を流しながら。

 それでも旦那さんは笑いました。


「これまで本当に、本当に色々、お世話になりました」


 旦那さんが頭を下げた瞬間。

 また空から巨大な手が降ってきて、旦那さんの身体をさらっていきました。


「ウワアーッ!!」


 とうとう忍耐の限界がきたのでしょう、旦那さんは絶叫します。

 しかしどうすることもできず暗闇のむこうにさらわれていきました。

 死の恐怖におびえる旦那さんの声を最後に聞いて、お坊さんは目をさましたそうです。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 

 びっしょりと寝汗をかいて目を覚ましたお坊さん。

 居ても立ってもいられず、すぐに旦那さんに電話をかけました。すっかり顔なじみでしたので、連絡先などは知っていたわけですね。


 しかし何度かけても電話に出ません。


 数日後、どうにか予定を調整して旦那さんのご自宅を訪問してみました。

 しかしご不在のようです。

 近所の方にお話を聞いてみたところ、この数日姿を見ないとのことでした。


 気になって仕方がなかったので、それからもお坊さんは旦那さんに連絡をし続けました。

 しかし電話料金が支払われていないのかやがて電話はつながらなくなって、自宅にもまったく帰ってきた様子はありませんでした。

 あの恐ろしい夢の日から、旦那さんはぱったりと行方不明になってしまったのです。

 

 あんな夢は単なる偶然で、本当はどこか知らない場所で幸せに暮らしているのかもしれません。

 そう思わずにはいられない体験だったそうです。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



 私の飲み仲間でありそしてオカルトの師匠であるカメラマンのおっさん。

 この人はその昔、超がつく個人主義者で、他人の迷惑などまったくお構いなしの出鱈目な人間だったそうです(今でもあんまり……)。

 性格も短気で人ともめ事をおこすこともめずらしくなかったとか。

 それを見かねた師匠の師匠が上記のお話をされたのだそうです。


「確かに世の中には悪い人間がいる。我慢できないときもあるだろう。でもね、それでも一歩踏みとどまって考えてから行動しなさい。今あなたがしようとしているおこないは本当に適切な行いなのか。己の身に返ってきたとき、それで納得がいくような行いなのか。それを考えないといけないよ」


 こんな風に説教されたという。

 そんなことを言っていたら我慢ばかりしてしまって一方的に迫害される人間になってしまいそうだが。

 それでもまあ、一歩踏みとどまることは必要かなあとも思う。   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

罪の代償~妻子を奪われた男の復讐とその悪夢~ 卯月 @hirouzu3889

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ