本文

 【聖魔歴 四万七千、四十二年。逢魔の月】


 ――天界と魔界は終わりの見えぬ争いにより、幾多の犠牲を払い続けた。いつしか【果てなき戦】と呼ばれたそれは、天界で五度、魔界で三度の衝突を経、人族たちの住む塵界へも大きな影響を及ぼしていた。


 そして、第四次魔界戦役。

 天界と善に目覚めた人族の連合は深淵魔界への史上四度目の進攻を果たし、ついに七つの枢軸悪を司る一角、【傲慢】の根城へとたどり着いた。


 聖人連合らはその途中、各地で人族の奴隷と彼らの囚われていた砦を開放し、前線を押し広げるとともに【傲慢】のその力そのものを大きく削ぐことに成功した。かの魔神はそれでもなお恐るべき力を秘めていたが、彼女の使役していた奴隷たちの畏れからくる信仰は、その大いなる力の根源となっていたのだ。


 今や、かの魔神のもつバース・ストーンの光は失せはじめ、その拳の中で妖しく明滅を繰り返すばかりであった。


 *


「ふん。惨魔バルガスもやられたか。もう少しやるかと思ったが、とんだ見込み違いだったわけね……」


 退屈気にひじ掛けへとその腕をあずけ、魔神ルシファーは呟いた。

 金糸に縁取られた絹の衣、黄金の鎧にその豊満な身を包み、白銀の髪が肩へと流れる。手には明滅するバース・ストーンの結晶を握り、不遜な態度でその口角を上げてみせている。


 その玉座から眺めるかの魔神のまなざしの先には、魔水晶から投影された戦場の風景が映っていた。


 つい先刻ほどまでは彼女を畏れ、額を地につけ祈りを捧げていた人族の卑しい奴隷たち。今や襤褸ぼろ切れの旗を掲げて砦の開放を歓び、下級の天使たちと勝鬨かちどきをあげ叫んでいた。この数百年間、砦はルシファーが支配をつづけ、その場の誰一人【傲慢】の魔神の治世しか知らぬはずだというのにもかかわらず。


 脆弱な死にゆく肉体を持つ、人間どものなんと移り気なことだろう。


 しかし、また彼女が真の力を見せてやれば、その移り気な心はすぐさま恐怖の色に染まるはずだ。それどころか連合の兵としてやって来た人族の戦士たちも、すぐさま【傲慢】魔神の軍門に下るはずだった。


 所詮、彼女にとって人間とはその程度。この魔界の地に積もる、塵や砂粒と等しい存在だった。


「奴は傲魔四将のなかでも最弱! 人族の勇者に討たれるとは、我々魔族の面汚しめ!!」


 と、忌々し気に言葉を吐くのは、豪刃サイレス。

 血気盛んな傲魔四将のひとりで、その若さにもかかわらず多くの天使たちをその手にかけた実力者である。


 赤い髪を振り乱し、黒炎竜の鱗皮を用いたスケイルメイルに身を包み、背には身の丈ほどもある大剣を負っている


「ルシファー様。報告によれば、奴らはゾーグ砦を落としたあと、幾匹かの枢軸徳の勇者たちの少数で、こちらに向かっているとのことです」


 言いながら、鋭い視線で映像の一点を示したのは、計略のレミオレス。ルシファーとも似た金糸と薄灰の衣を身に纏い、スレンダーな片腕に薄い魔力石板を抱えている。


 その顔立ちは先ほどのサイレスと変わらぬ若さにも見えるが、【傲慢】のルシファーに仕えるなかでも最古参。その知性、美貌によって多くの天使、魔族さえも翻弄して見せた、【傲慢】魔神の最も信頼する懐刀である。


 彼女の言う通り、その映像の風景の先には数名ほどの人族と、彼らに加護を与えた天使たちの分霊が、少数の手勢でもってこの城へと向かっていた。いまだ【傲慢】配下の軍勢はその動きに気づいておらず、すぐにでもこの場へ現れるだろう。


「はっ……それで私に挑むつもりか? たかが数個の砦を落とし、家畜をちょっと逃がしたくらいで?」


「おや。これでは【傲慢】殿の名折れでござるな。あちらの方が、よほど驕っているとみえる」


「よせ……バラキエル。堅物のお前の冗談など、流石の私も肝が冷える」


「これは失礼でござった、ルシファー殿。クハハハ……」


 牙を剥く狼か獅子かのような獣面で、逆心のバラキエルは喉を鳴らして笑って見せる。元は【傲慢】の食客であったが、いつしか死線を共にして、この通り今では無二の朋友であり、傲魔四将へもその名を連ねていた。


 彼の背に掛けた二振りの大太刀は、かつてはその背に生えた翼であった。天使の側としてその生を受けたバラキエルだったが、己の目指すべき徳が戦場の無常の流れにあると知ったとき、彼はその翼を折って魔界の炎に投げ入れ、九つの晩をかけて鍛え上げた。


 この場の四将は皆、ただ無心に高みを目指す【傲慢】に惚れ、己を投げうち彼女に従っていた。彼らにとって、天と魔の統一を目指すルシファーの見せる夢は、この世界の誰の元にも見出せぬ彼らの支柱となっていた。


 たとえそれが万の犠牲によって築かれる血塗られた道であろうとも、たとえ己がそのなかの一片の屍になろうとも。彼ら四人(一人は先ほどやられたが)は、【傲慢】の魔神ルシファーに忠を尽くすと誓ったのだ。




 ――ガチャリと、その謁見の広間の扉が開かれた。


 どうやらあの勇者と天使の手勢たちが、配下の魔族を倒しこの広間にたどり着いたようだった。


「ようこそ、塵芥ども。それに、小うるさい天界の蠅どもよ」


「黙れ、恐れを知らぬ魔神! 七大悪の一柱よ! 今日こそお前の最後の日だ。これ以上人界の民を、お前たちに苦しめさせるてなるものかっ!!」


 と【純潔】大天使の加護を受けた勇者が、その白銀の刃を向ける。


 天界の七大徳のうち四柱。【純潔】【忍耐】【勤勉】【謙譲】らの分霊と、それぞれの加護を受けた人族の勇者たちが、この広場に躍り出た。聖別された武具を纏い、分霊によって魔界の瘴気の影響を受けぬようにして。


「オイオイオイ……好き勝手言ってくれてんじゃねぇぞ、さっきからよぉ!?」


 血気盛んなサイレスが、まず啖呵を切って横目で【傲慢】へと同意を求めた。


「いいだろう。まずは我が配下、豪刃サイレスが相手になる。塵芥どもがここまでこれた事は感心するが、所詮それまでだ!」


「皆気をつけろ!! いつも通りでいい、互いの全力を尽くすんだ!」


「「おおう!」」


 分霊と勇者たちは互いに励まし合い、構えた。

 豪刃サイレスがその広間の中心へと進み出て、その背の巨大な剣に手をかける。


「さあ、やろうぜゴミども! 俺様が、片付けてやるからよぉ!!」








 ――ぐわぁああああ!!


「はぁ……はぁ……やったぞ! 傲魔四将の二人目も……」


「これは、いけるかもしれんのう」


「……むぅ。よもや、豪刃までやられるとは」


 さしもの【傲慢】もこれには驚きを隠せなかった。

 彼女にとってみれば塵と変わらないたった数人の人族に、傲魔四将の半数がすでに破れたことになる。


 しかし、もはや次はないだろう。

 人族の勇者は先ほどの戦いで満身創痍。おまけに残る二将は彼女の配下の中でも、抜きんでた実力を持っている。先ほどのサイレスも恐るべき戦闘力を持っていたが、所詮はただの脳筋だった。


「あらあら、油断したしたみたいね豪刃の。では次はこの私が……よろしいですね、ルシファー様?」


「いいだろう。行け」


 つぎに名乗りを上げたのは、静寂とも呼ばれたレミオレス。

 彼女は様々な知略、あらゆる戦術に長けており、たとえ加護を得ようとも人族ごときに後れを取るとは考えられない。


「さあ、やれ!! レミオレス!」


 ルシファーは内心で勝利を確信すると、足を組み替え、溜息を吐いた。


 しかし……








――いやあぁぁぁああっ!?


「ばか……な、鮮血のレミオレスとも呼ばれたこの私が……」


「なん……だとっ!?」


 ルシファーは驚き、思わす玉座から身を乗り出した。


「やった……のか!?」


「私は大丈夫。つらいけど、あなたといれば……」


 満身創痍に見えた【忍耐】の勇者だが、【謙譲】の聖女が声を掛け癒しの魔法を唱えると、その傷は癒えてまた立ち上がる。先ほどまではまるで劣勢に見えた勇者たちは驚くほどの粘りを見せて、ついに四将の三人までを倒してしまったのだ。


「次は、拙者でござるが……油断はせぬつもりだが、あるいはこ奴らに」


「冗談は寄せ! 気味が悪いと言っただろう……」


 すると背の双刀に手をかけて、逆心のバラキエルが進み出る。

 ルシファー自身もよもやバラキエルさえも負けるなどとは考えていなかったが、今は慎重な彼の物言いが、彼女に嫌な予感をおもわせた。


「クハハ……すまんでござる。さあ、いざ尋常に――」









 ――ぐふぅ……っ!! 


「よもやこのバラキエルが、人ごときに後れを取るとはな……ふっ」


「やった、ついに傲魔四将をっ!!」


「ふっ……ちっ塵芥どもが、すっ少しは驚かせてくれるじゃないか……」


 さしものルシファーも、思わず声が震えることを抑えることができなかった。いくらなんでもこのような現実、受け入れることは出来ないではないか。


「【傲慢】の魔神よ……次はお主じゃが、覚悟は良いか?」


「覚悟……覚悟とは? この期に及んで、私が何を覚悟すればいいというのだ?」


 しかしルシファーは、それでも表情を崩さない。

 先ほどは彼女が驚いたと本文に書いたが、それはあくまで内心での話である。


 少しばかり驚くことがあろうとて、自らがこの人族の勇者に敗れるなどと、彼女は微塵ほども思ってはいない。


「さあ、行くぞ【傲慢】!!」


「来いっ、勇者とやら! 我が蹴散らしてくれるわっ!!」





 ――ぐわぁああああっ!!


「ばっ、バカな!? 何故この私が人間ごときにっ!?」


 ルシファーは己を崇めるはずのこの玉座の間に、はじめて膝をつき絶叫した。

 まさかこの魔界の七大悪の【傲慢】が、人族の戦士にやられるとは。


「……わからないのか? お前たちが踏みにじってきた者たち、彼らが俺たちに力を与えているんだ!」


「なに……!? では、お前らも開放した奴隷どもを、また恐怖に陥れてやったというのか? 自らに従わせ、その信仰を己が力としたというのか!?」


「そうではない、哀れな魔神よ……」


「なんだと!?」


「私たちは、彼らに応援されている……そうやって彼らが力を分けてくれているのよ」


 それはルシファーにとってあまりにバカげた話だが、彼らはそう信じているようだった。他者から力を分けられて、まるで精神の澱を糧とする彼ら七大魔神のように、人族の勇者たちは天界の加護以上に、なにかの力を持っていた。


「それの何が違う! お前たちも形は違えど、他者を己の力にしているだけだ! 他のものを食い物にしているだけのはずだ!!」


「ほんとうに……哀れね、あなたは力はあってもそんなにも臆病。知識があっても、何も知らないんだわ……」


「我を見下しているつもりか? 人間風情が? ふざけるなよ、天界の蠅にたかられる土くれどもがぁ!!」


 ルシファーは怒り、玉座へと掲げられたバース・ストーンへ力を請うた。魔神である彼女の力の根源たる、人々の畏れ。精神の次元に満ちる負の感情を、彼ら魔神はその砕かれた至高の石の欠片から得ているのだ。


「無駄だ、もう君を畏れる人間などいやしない」


「ふぉっふぉっふぉ。お主らの魔水晶、この【勤勉】の賢者にかかればこの通りよ」


「バカなっ? 人間風情が、我々の技術をっ!?」


 見ると先ほどまでは彼女が戦場の風景を見ていた魔水晶が、今度は逆に各砦へとこの広間の風景を送信していた。


 それにより魔界各地で苦しめられていた人々が希望を持ち始め、塵界での暮らしを知らなかった奴隷たちまで、今や聖人連合の勇者たちへエールを送りはじめている。【傲慢】の築き上げた恐怖を打ち破り、正義の名の元に力を束ね、彼らに対し祈っていた。


「さあ、もう終わりだ【傲慢】よ! お前を崇めるものなどもういないっ!!」


「あなたの驕りも、もはやこれまでです。貴女も地に伏し、倒れるときが来たのです……」


「馬鹿め、天界の蠅どもに騙されおって。貴様らに我は決して倒せぬ!!」


「何を言う? お主はもはや虫の息ではないか!?」


「では、こうして私を見下している、お前たちの心にあるものはなんだ……? こうして解放した家畜どもがへつらうのを、己が力としているその姿は何なのだ!? 例え貴様らが天使どもの加護を得ようとも、決して人に魔は倒せぬ。魂に闇の側面をも持った人族に、我らを殺すことはかなわぬのだ!!」


 【傲慢】はよろよろと立ち上がり、玉座へと掲げたバース・ストーンへと手を伸ばす。もはや光を失ったその石からは、禍々しい瘴気が漏れ始めていた。


「さあ、石よ! 我に力をよこすのだ!! この者らの傲慢さえも力とし、我に尽きぬ力を与えるのだっ!!」


 魔神の渇望に応えるように、石は歪むような悲鳴をあげ始める。


「まずい……バース・ストーンが!!」


「おおぉぉおおっ!! この我に力を! この塵どもを掃う力をよこせぇえ!!」


「みんな、気をつけろ! 石が、砕けるっ!!」


「でも、このままでは【傲慢】も――」


「今はアイツにかまってはいられない! はやくここから逃げなければっ!!」


 ――ゴゴゴゴゴ……






 その日。果てなき戦と呼ばれた、永き大戦は終わりを告げた。


 力を求めた魔神のその驕りによって、再び世界の石の一片は砕かれたのだ。


 聖魔宇宙の次元は裂け、【傲慢】魔界の城はその歪に飲まれ、消失した。


 その日、はじめて聖と魔と、そして人の、宇宙の均衡は破れ去り、その終わりの無き宿業の戦いは沈黙した。そしてこの恐るべき宇宙の破滅への対策が、聖魔を超えて話し合われることとなったのだ。


 それは四万七千と、そして四十二年の時を経て、ようやく再び開かれた、古き評議会の招集だった。




 ***


 ――ここは、どこだ? 我は、どうなったのだ……?


 我はあの石に、力を求め……そして、その力の奔流は開かれた。確かに我は、あの恐ろしいほどの力を得たはずだ。


 しかし、なぜだ。

 この身体はあまりに重く、恐ろしいほどに力も感じぬ。


「……うーん、ぎゅう……どん」


 それに、ここは見慣れぬ部屋だ。いや、物置か何か……なのだろうか。


 薄暗い、狭い、部屋の中。

 そこかしこに何か……妙に色の鮮やかな、薄い絵画の紙が飾られている。しかも、薄い板で組まれて飾りもない簡素な棚には、これも妙に造形の複雑な、小さな色のついた彫像がいくつも並べて置かれている。


 なんなんだ、ここは……?


「じゃあ……かいせんどんっ!」


 ここはあまりに我の知る世界とは違っていて、それに我自身も、あまりに小さく感じるではないか。


 いったい、なんなのだ……ここは!?


「う~ん。むにゃむにゃ…………なら、やきにくでもいいですけど……」


 ――っていうか、さっきからうるせぇ!! 


 なんじゃ、ギュウドンって? なんじゃ、カイセンドンって!?

 なら、ヤキニク……って何を言っておるんじゃ、こいつ!!?


 さっきから、この狭い部屋の壁の向こうから、訳の分からぬ言葉が聞こえてくる。なぜかその方面だけは薄い壁に隔てられたこの部屋の隣から、おかしな声でおかしなことを話しかけてくる奴がいるではないか。


 いや、まあいい。


 待っておれ、人族の勇者よ。我を愚弄したことを、すぐさま後悔させてやらねば。


「なんなら、だしてくれるわけ……?」


 我が力を開放し少し脅せば、隣の部屋の馬鹿者からいろいろとこの場所のことも聞けるだろう。とにかくこのごちゃごちゃした部屋からでて、この建物のことを知らなければ……。


 そして再び魔界に戻って、あのクズどもを焚きつけた天使に、目にモノを見せてやらねば気がすまぬ。


「ねえ……てんしなんでしょ? おねがい、きいてくれるんじゃないの?」



 *



 この建物は、どうやらそれほど広くはないらしい。


 というか、家畜小屋のように狭かった。


 あの物置のような部屋から出れば、狭い通路のすぐ隣の扉をとおって、うるさいアホの部屋まで幾歩も離れてはいない。先の部屋よりは小奇麗だが、狭くるしい部屋に薄い板で作られた装飾の無い家具が並んで、このアホはその寝台の上にいた。


「う~ん……これは、たべられないよぉ……」


 無防備な顔をして、無防備なままの薄い衣類。

 それほど寒いわけではないが、腹を出したまま無防備にこの馬鹿者は寝こけたまま、手足を投げだし夢を見ていた。


「てんしさま……おねがいです。もっと、おいしいものはないんですか……?」


 先は天使と聞いて嫌な予感もよぎったが、どうやらただ夢を見ているだけらしい。


 そしてこの顔を見ると、なぜか我の腹はムカムカし、嫌な感情が湧いてくる。

 どうやら我の魂が入ったこの身体が、この者に対しよからぬ感情を抱いておるようだ。


 おそらくはこの人間の家族か何かだと思うが、いまの我の肉体よりも、この眠ったアホは幾分か体躯が大きい。母親か、姉か……それとも我の肉体は、この人間の家の召使なのか。あの物置のような部屋やこの肉体の感情を読み取るに、どうやらあまりいい関係ではないと見た。


 この通り言葉は通じるし、ある程度集中すれば、この肉体の学んだ常識程度は思い出せる。しかし今は、そのような些事にはいちいち関していられない。


 ――どうやら世界の石の欠片たるバース・ストーンの崩壊に巻き込まれ、我の知るものとは別の世界へ迷い込んだようである。霊体となって一時この宇宙にとどまるため、この次元の低い肉の身体に落ち着いたというのが、一番理屈の通る推論だろう。


 すでに我の魂が、それでも幾許かの力を残していることは、わかっている。出来るだけ速やかに力を取り戻し、すぐにでも魔界に帰らねば。


「なに? チートのうりょくでも、くれるって……?」


 まずはこの知性の欠片もない顔で寝ているクズを叩き起こし、この場所と我の客観的な現状を聞かなくては。


 しかしそれにしても、なんとこのアホは寝相が悪い。

 夢の中の天使とやらと話しているのに、寝具を蹴って、腕を振り、まるで子供のような寝姿で寝台の上で暴れている。


「えっと、じゃあねぇ……」


 不用意に怪我をさせたいわけではないが、この分だと多少はしつけてやらなければ、まともな話は出来ないかもしれないな。


 我は慎重に手を伸ばし、その胸倉を掴もうと……。


「じゃあ、とりあえず……ぜんすてーたす、カンストとか……?」


 しかし突然、勢いを増したこのアホの拳が、不意に私の顔面へと向かってくる。


 やばい。これ、避けれな……


 ――ふベしっ!!?


 ドッと重い、衝撃。

 頭の芯までキーンとした耳鳴りが貫いて、我はその場で気を失った。




 ***



「――なあ。妹よ、なにを見ている?」


「あ、ねぇ様。ほら見てください、地上の者らを」


「そんなにあの者らが面白いのか? なにも成せるような力もなく、老いて死すべき仮初めの命……我はあの者らに、哀れさしか見出せぬ」


「そんなこと……でも、おねぇ様。あの者らは何故、この世界にやって来たのでしょう? そして何故、わたしたちも……」


「そんな感傷に浸っている暇があるか? お前も、我も。いつかこの世界を、再び全きものにしなくてはならないというのに」


「でも――」


「でも、は無しだ。さあ、行くぞ妹よ。我々は、ただ精進せねば」



 *



「また、あの土くれどもを観察しておるのか? 妹よ」


「ほら、見てください。彼らは先にその命を終えた者らを、ああして敬い祀っているのですよ」


「……下らん。あいつらは本気で、無知蒙昧な迷信に縋っているというのか? 貴い精神の力を、あんな無駄なものに注いでか?」


「わかりません……でもあの者らは、ああして皆でその精神を分けているのではないでしょうか? それにより、皆がその力を使えるように――」


「だから、下らんといっているだろう! そんなことをして、何になる!? 己が精神は己で精進するべきものだ。他のものになど目をくれるな」


「でも、おねぇ様。あの者らは……」


「他のものらに目をくれるな! 妹よ……お前のために、言っているのだぞ?」


 *


「おねぇ様。ほら、見てください」


「くどいぞ! お前は本当に、己の使命をわかっているのか……?」


「いえ……でも、その……」


「考えろ。至高の石が、何故砕けたのか……我々は何故、分かたれたのか! それがわかれば、我々は再び全きものになれるのだぞ?」


「でも、だったら……今いる、わたしたちはなんなのです? ああしてこの世界に生を受けた、あの者らはいったい……」


「でも、は無しだ! 妹よ、些末なことに目を奪われるな。真実を見るのだ!」


「おねぇ様……でも、そんな」


「くどい、と言っている!」


 *


「大切なのは、結果ではないのだ。妹よ」


「それは、わかっています。でも……」


「でも、は無しだ。相手の言葉をつかまえるな……己の思うところを口にせよ」


「……でも、おねぇ様。私たちは、もっとこの世界に現れたものを見るべきでは? この世界が、なにを起こそうとしているのかを――」


「…………それで?」


「いえ、ですから……その。この世界が、私たちに何を求めているのか……何を生み出そうとしているのか。例えばあの者らが、今では私たちも興じている様々な娯楽を生み出したみたいに……そうやってむしろ、先の者からではなく後の者からも、私たちはもっといろいろな事を学べるのではないかと」


「ふむ……それで。つまり我々はあの者らを導いて、さらにその先を学べると? むしろ彼らに教えを請うて、それによって大いな進歩を望めると?」


「そうです! そうなんです。ですから、私たちはもっと……」


「――それは、つまり。姉が妹に頭を垂れるようにして、ということか?」


「えっ……!?」


「それはお前の驕りだぞ、妹よ。お前は、身に合わぬ栄誉を欲している!」


「いえ、違います! 違います、おねぇ様っ!!」


「……これでお前が、何故あの者らに肩入れするかが分かったな」


「ですから、それは誤解です!!」


「くどい! これ以上、この話を蒸し返すことは赦さぬっ!!」


 *


「馬鹿馬鹿しいっ! 正気か、お前たち!?」


「私は、己の思うところを口にしています」


「――では我々が、奴らに頭を垂れろと? 天へ昇る火より生まれし我々が、落ちゆく土くれから生まれしあの者らに、伏して教えを請えというのか!?」


「それが、必要ならば。今や彼らの知恵は我々のそれにさえおよび、我々は彼らをより善い方へと導かねばなりません」


「いいや。奴らの驕りは、やがてこの世界の均衡を脅かしかねない。我々が奴らを支配し、統率せねば!」


「平行線ですね……おねぇ様」


「評決を決める、皆。各々の票を入れよっ!」


 ――票は七対七。同数。


「そんな、これではっ……皆、もう一度話し合いましょう!」


「ふん……お前がまさか、これほどの野心を持っていたとはな」


「違いますっ! それは誤解です。私はこんなことになるなんて……」


「評決で決着がつかぬ以上、これは戦いによって決めねばならん! 評議会は停止する! 我に続くものはついてこい。これ以上は、しきたりによって剣で決するっ!!」


「おねぇ様……そんなっ!?」


「妹よ……次に見えるときは、戦場でだ」


「おねぇ様……おねぇ様……っ!!」



 ***



「――ねえ、起きて! 優佳! ねぇ、ねえってば!」


 うっ……ここは?


「お願いっ……起きて! 起きてよ、優佳!」


 うおっ……というか、なんて馬鹿力!

 我の身体を、このように揺さぶるとはっ……!?


「優佳! ねえ、お願い優佳っ!!」


 だめだ、また意識がもうろうと……くそっ!

 何とか、この拘束から逃げ出さねば……また意識が持っていかれる!?


「ねぇ……お願いだから。ねえってば……」


 だめだ、引き剥がせん……なんて馬鹿力だっ!

 我の力でも、びくともせんのか!?


「ああ、もしかして気が付いた!? 優佳……優佳、よかった……」


 我は何とか息をととのえ、意識を保って現状を把握する。

 どうやらいつの間にか気を失っていた我の身体に、目の前の人間が襲い掛かっていていたらしい。


 いったいなんなんだ、こいつは?

 今は私の胸に顔を埋め、ユウカ、ユウカと何かの言葉を繰り返す。


「よかった、優佳。気が付いて。それにやっと、部屋を出てきてくれたんだね?」


 顔をあげ、訳の分からぬことを言うその相手は、昨晩アホ面で寝こけていたあの人間の女だった。そして、その”ユウカ”という謎の言葉は、どうやらこの肉体がもつ名前らしい。


 これらの記憶が特に意識した訳ではないというのに、我の内に流れ込んでくる。


 しかも――


「お、おねぇ……?」


 ふと、目の前の人間風情に我がはなったその言葉は、いつかどこかで聞いたような、そんな気がする言葉だった。

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①【プロコン】うわっ…私の魔力、低すぎ…? 異世界魔神様、転生Vtuberとなって信者1000万人目指します!! 黄呼静 @koyobishizuka

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