後編 格好悪い女
「確かに僕は三つ星レストランとか、フレンチのマナーとか、旅行計画とか柄じゃ無い。でも君に僕でよかったと思って欲しかったんだ。」
それからも彼は背伸びし続けた。
徐々に私は嫌気をさしていた。
あの日、私は口をついて出てしまった。
「もう、無理。」
ハッとした。つい口を抑えてしまった。貴方はみるみる顔を曇らせる。
「ごめん。迷惑だったね。君の気持ちを考えられなかった。」
「私は背伸びされるような人間じゃないから。」
と言い残し衝動的に家から出ていった。
それからしばらく経った日、会って話をした。
「貴方に無理に背伸びされるのが耐えられない。別れてほしい。」
顔が見れなかった。どんな表情で、何を考えているかわからなかった。
「わかった。でも最後にいいかな。」
「何?」
「この前言っていた三つ星レストラン。予約取ったんだ。こんなことなると思っていなくて。ごめん。でも僕は行かないから、友達かご両親を誘って行ってね。日付は10月6日ね。ごめんね、急になっちゃったけど。今までありがとう。楽しかったよ。」
と貴方は立ち去った。
ほら、また、空回り。そう言うところが、嫌なんだ。
そんな気持ちとは裏腹に視界は滲んでいた。
その時にはもう気づいていた。かけがえの無い存在だったんだと。背伸びされるような私ではなくて、等身大の私を愛して欲しかったと。
でもそれを言わなかった。いや、言えなかった。絶望されたくなかった。気持ちが変わってしまうのが怖かった。変わってしまうくらいなら、言わないままでいよう。愛していたからこその選択だった。いや、愛されたいからこその言い訳だ。
貴方は私に見合わないからと私と向き合ってくれていたのに、私は貴方によく見てもらおうと逃げていた。言えばもっといい方向に変わっていたかもしれない。でも終わってしまった。私が終わらせてしまった。
そんな後悔がずっと頭にいっぱいだった。
『大切なものは失って気づく』なんて25年も生きていれば何度だって体験するし、その度に次こそは、次こそは大切にって思うのに、25年間結局『大切なもの』は失ってばっかりだ。
いつの日かの私はいつも格好つけて空回る貴方が愛おしくて大好きだった。
どれだけ慣れた器用な人が計画するデートより、貴方が間違えて買った3時間後の映画のチケットと、空いた3時間何するか話し合っている時間の方が。堅苦しい息が詰まるようなパーティーより、間違えて多く頼んだジャンクフードと、「お腹いっぱいだ。どうしよう余ったやつ。」と笑い合っている時間の方が、私にとってはかけがえの無い大切な宝物だったのに。
そのゆっくりと流れる時の心地よさと暖かさに気づかなかった。
その上、私は貴方を否定し、怒ってしまった。
確かにあったその気持ちと愛情を突き放してしまった。
そんな私は誰よりも愚かだ。
しかし、私は誰かに背伸びされるような人間ではない。
掃除は苦手だし、スタイルも抜群とは言えない。勤勉でもない。そんな私を貴方は過大評価した。実際とは違う私を投影して勝手に見合う人になろうと背伸びして格好つけようとする。
誰よりも格好良くて、格好悪い貴方を大切にできず、保身に走っていた私は誰よりも格好悪い女だ。
そんな格好悪い女は最後に精一杯の背伸びをすることになった。
着慣れない露出の多いドレスを着て、履き慣れない高いヒールを履いて、ある場所に向かって一人で歩いている。
10月6日、貴方のいないフレンチの三つ星レストランへ。
カッコ悪い貴方へ しなの くらげ @sinano-kurage
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