寒くなるのも悪くない

CHOPI

寒くなるのも悪くない

「この時間に、もう夕日になるのかー」

 先輩のその言葉を聞いて腕時計を確認すると、確かにまだ16時過ぎだった。随分と日が落ちるのが早くなったなぁ、と思う。

「ここ最近、気温が下がるのも早くなりましたもんね」

 そう答えれば、先輩も同意の頷きをしながら、言葉を返してくる。

「朝晩は随分寒くなったよなー」


 秋もだいぶ終盤に差し掛かっている。紅葉も随分と色づいて、日中も温かいとはいえ羽織が手放せなくなった。学生時代はこの時期になると、着られる服のバリエーションや合わせ方のバリエーションらが増えるから大好きだったけど、今は毎日代わり映えのしないスーツに身を包んでいるせいか、そこまでのワクワクは無くなってしまったように思う。……どちらかと言えば休日しか着る機会のない私服にはあまりお金を割かなくなった、と言うほうが正しい気もしないではないけれど。


 先輩と二人、久しぶりの外回り。ちょうどお昼の時間帯に先方との打ち合わせが入っていたから、お昼ご飯がまだだった。

「先輩、お時間あればですけど、遅いお昼でもどうです?」

 そう声をかけると先輩は『お、いいね。久しぶりに行くかー』と言って、駅に向かっていた足をくるっと反転させる。

「ここさ、近くに美味しいうどん屋さんがあるんだよ」

 そう言って歩いた先、少し入り組んだ路地裏に、先輩おすすめのうどん屋さんがあった。


「へぇ……、いい雰囲気のところですね」

「だろ?」

 引き戸を開けて中に入っていく先輩の後を追いかけて、自分も店の中へと入る。お店のつくりはカウンターとテーブル席が選べるシンプルな作りで、先輩が奥のテーブル席へと着いたので、先輩の目の前の椅子へ腰かける。

「何食う? ここ、どれもマジで美味しいから」

 先輩がそう言いながらメニューを広げてくれたので、メニューをのぞき込んでみると、定番のたぬきうどんから変わり種のうどんまで様々な種類があった。

「へー、色々ありますねー!」

 その中でひときわ目を引いたメニューがあったので、今回はそれで即決だったけれど。


「お待たせしましたー」

 そう言いながら運ばれてきたのは、味噌煮込みうどん。ここ最近、だいぶ寒くなってきたから、メニューを見た瞬間に『絶対これ!!』と即決だった。先輩も頼むものが決まったところで、お店の人を呼んでお互いに注文をすれば、先輩から『いいところつくねー』と謎に褒められた(ちなみに先輩は温かい天ぷらうどんをチョイスしていた)。テーブルの上に置かれた土鍋の蓋を、火傷に気を付けながらゆっくりと開ければ、熱々の湯気がもうもうと立ち込めて、やがてそれが落ち着くと覗いた赤茶色の汁の中、煮込まれて幾分茶色くなっているうどんが姿を現した。……もうすでに、美味しい……!


「「いただきます」」

 先輩と二人、各々のうどんに舌鼓を打つ。箸をつけた煮込まれたうどんの、味噌の香りと少し濃い目の味付けが、自覚なしに冷えていた身体に優しく染み渡っていくのがわかる。

「あー……、うまー……」

 思わず漏れ出た感想を聞き逃さなかった目の前の先輩は、『だろ?』と自慢気に笑っている。先輩の頼んでいた天ぷらうどんも、天ぷらの一つ一つがしっかり大きくて、丁寧な仕事ぶりが伺えた。


 あまりの美味しさに、あっという間に完食して、少し食休みを挟んで席を立つ。

「ありがとうございましたー!」

 送り出しの言葉を背に店を出る。外は、店に入った時よりだいぶ暗くなっていた。先輩と二人、駅の方へと向かって歩き始める。

「いいところ、教えてもらいました。美味しかったー、また行こうっと」

「はははっ、気に入ってもらえてよかったよ」



 外が寒くなってくると、ごはんが温かい、それだけなのに幸せになれる。

 だから、寒くなるのも悪い事ばかりじゃないな、なんて思うのだ。

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